146-1 未来は変えられる
「うっ……」
「エランド様!」
目を開けるとラフィの顔が視界の全てを占領していた。
「ラフィ……?」
「気がつきましたか?! あれから丸一日眠っていたですよ!」
どうやら気絶していたらしい。俺を心配しての事だろうが、ラフィはずっと間近で俺の顔を眺めていたんだろうか。
「ここは……」
「お城の薬草臭い箱の中です! 広くて豪華です!」
「ああ……王族用の治療室か」
シロツメクサの君と戦った最中で腹を刺されて魔力を宿した瞳を奪われかけた。そして、時輝という名の少年が現れた……までは鮮明に覚えている。
ラフィの顔がよく見えるという事は、魔力も瞳も奪われずに済んだという事だろう。
「俺はどうやって帰ってきたんだろうか?」
「光がぶわーっと二つ! 跪いてました! 壁がどどどど! って壊してエランド様助けました! その後お城の人、来ましたです!」
最終的にあの騒ぎを聞きつけた城の者に助け出されたようだが、その前の情報がよく分からない。光が二つ……とはなんだったか。
エランド【陛下】と呼ばれた気がする……俺はまだ即位していないというのに。
それよりも、ラフィが人の姿のままだ。奪われた体を取り戻せた事は分かったが、どうやって城まで付いてきたんだろうか。
「お前は……何者なんだラフィ」
「ルーパウロの主が定めたエランド様の契約する光ですよ!」
体を取り戻したせいか、知りうる知識が増えているようだった。確かにそんな事をシロツメクサの君も言っていたが。
「光の大精霊が、お前なのか?」
「人が私をなんと呼ぶかはわかりませんが多分そうです!」
「お前が歴代勇者と契約して魔王を……倒していたのか?」
「私、誰とも契約してません!」
それは……そうか、ラフィは俺が助けるまで封印されていたのだから。そうだとしたら、大きな矛盾が生まれてしまうが。
「エランド様、魔王が気になるですか? 大丈夫ですよ、まだ復活してませんから!」
「復活……?」
「人、殺してませんから! 穢れてませんからまだ復活してないですよ! 安心ですね!」
シロツメクサの君は人を殺したのだと、取り返しが付かないと言っていたが。ラフィの言葉を信じるなら魔王は人を殺していない、それ故にまだその力は眠ったまま。
メティスはまだ、人としてそこにいる。
「……よかった」
「エランド様の大切なもの、無くさないようにラフィも頑張るですよ!」
ベッドの縁に顔を乗せてパクパクと口を動かしている。仕草は鳥の姿のラフィのままだ。
「そう思うなら、あの時のように俺を庇って前に立つのは止めてくれ」
「ラフィ、エランド様守ろうと思ったです! だからこれからも守るです!」
「俺の大切なものを無くさないように頑張ってくれるんだろ?」
手を伸ばして桃色の髪の頭を撫でる。俺よりも随分と小さな女の子の頭だ。
「ラフィも俺にとって大切なものの一人なんだから、自分を大切にする事も覚えてくれ」
ラフィは目を何度も瞬かせて、嬉しそうに破顔して笑った。
「えへへ~、うふふっ、ラフィもエランド様の大切の一つです! 嬉しいです!」
頭を撫でていた俺の手に自分の手を添えて擦り寄ってくる。
「ラフィは生まれてきてよかったです!」
「生まれてきてくれてありがとう、ラフィ」
「えへへ~、エランド様もエランド様として生まれてきてくれて、あざます!」
ふはっと噴き出して笑う。その言い方はラフィなりの「ありがとう」という言葉だ。
巡り会えた奇跡を、互いに幸福に思えた出会いを、感謝しよう。
どうしてか、俺を守りたいと立ち向かった背中が脳裏に焼き付いて離れない。
「頭がどうにも上手く働かないな……一度起きてから今までの事を整理して」
起き上がろうとした時、廊下から誰かの足音が聞こえてきた。この部屋に向かっている。
「あ! ゼノ様の足音です、ラフィ覚えました」
「足音で誰が来たのか分かるのか」
「きっとエランド様を心配して来てくれたですね! ラフィはもうゼノ様にお願いしなくても扉開けられるですって自慢します!」
今まではゼノがラフィの行きたい場所の扉を開けてやっていたなとか、花だった頃からの仲だから人の体の構造になれたことが嬉しくて報告したいんだなとか、そんな検討違いな事をぼんやり考えていた辺り、目覚めたばかりの俺の頭はまだ働いて居なかったらしい。
それに気がついたのは、ラフィが扉の取っ手に手をかけた後だった。
「あっ、待てラフィ! 開けっ」
「ゼノ様おはまーーす!」
俺が開けるなと言う前に勢いよく扉がラフィに開け放たれた。その前に立っていたゼノは扉を開けようと伸ばされた手の形そのままに固まってしまった。
ラフィを凝視して瞬きも出来ずに硬直している。
「ゼノさま! 見て下さい! 褒めて下さい! ラフィもやれば出来る子ですよ!」
「……え」
そして真っ青な顔になって俺を見た。
「エランドお前っ?! 病室に女を連れ込むなんてどういうつもりだーーっ?!」
「違う誤解だ!!」
◇◇◇
「吐きそう……」
俺が目を覚ました事はまだ周囲に伏せてもらい、その時間を長く使ってゼノに今までにあった事を全て説明した。話せば話す程にゼノの眉間に皺が増えていき、真っ青になって頭を抱えて、項垂れて椅子に座っていた。
「俺の情報処理能力の許容範囲を大幅に超えていて吐きそうだ……」
「信じられないと思うが、本当の事だ」
「お前がこんな壮大な嘘をつく訳ないだろ……信じてるよ」
ただ情報量が大きすぎて処理しきれないとまた同じ台詞を言う。
「ゼノ様褒めてください、ラフィ待ってますよ!」
「お前! 花なのか鳥なのか人間なのかなんなんだ!」
「ラフィは人じゃないです。人はラフィを精霊と呼びますがラフィは精霊じゃなくてルーパウロの主様から創られた光の欠片です! 純度は人が呼ぶ精霊というものよりも高いですよ!」
「わけわかんねぇ!!」
このままではゼノの思考回路が情報量についていけずに壊れそうだ。
「とりあえずラフィを褒めてやってくれゼノ、さっきからずっとゼノに褒められるのを待っている」
「何を褒めるって?! 人がたになっておめでとうってか?!」
「二足歩行できて両腕があって頭がついてて臓器がついてておめでとうしてくださいゼノ様!」
「祝い方が気色悪い!!」
ゼノはヤケクソでラフィの頭をぐしゃぐしゃと撫でて片言で「オメデトウ!!」と叫んでいた。少々人とは思考回路が違うのだから慣れて欲しい所だが……ゼノの女嫌いが加速しない事を祈るのみだ。
「お前を信用しているから全て話したんだゼノ」
「ああ……え? 俺でも分かる所だと、メティス殿下が魔王の生まれ変わりって所か?」
「そうらしいんだが、信じがたい事だろう」
「いや寧ろ凄くしっくりくるんだが。魔王と言われても何も意外性がない」
ラフィと一緒になって息ぴったりに頷いている。なんだかんだ仲が良いままだ。
「ルーパウロの主なんて聞いた事ないぞ、俺達が通う学園の名前と同じって事位しか」
「俺もそこが気になっていた、ラフィ曰く学園の場所が終焉の場所とかで……一緒に調べてくれないか?」
「構わない、けど少し情報を整理させてからにしてくれ、今は本気で頭が痛い……」
「分かった」
ゼノは足を組んで何もない天井を見ながら「あー」と意味を成さない声を漏らしている。そんなゼノの後ろに周り込んでラフィはゼノの肩を叩いていた。多分、ゼノが疲れていると思ってマッサージしているんだろう。
「メティスが魔王という話……お前は何か思う所はないか?」
ゼノの生真面目な性格の事だ。反感を強く持たれる事も覚悟していたが、今の所この事でゼノが畏怖を感じるような素振りはない。
「まあ……思う事がないと言ったら嘘になるけど」
「けど?」
「子供の頃にさ……俺、お前を酷く傷付けた事があっただろ? その……メティス殿下はお前の敵だって言って、お前がメティス殿下を倒すんだとか言ってた」
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