145 敵でもなく味方でもない者
瞬くと歪んでいた視界がハッキリと見えるようになって、目の前には俺に微笑む少女の姿があった。
先程まで俺の魔力を奪い、瞳を奪おうとしてきた敵の筈だったのに、その口調と眼差しの純真さに既視感を覚えた。
この少女はラフィだ……体を奪われたと言っていたが、戻れたのか?
「ぐ……っ」
「エランド様! 動いちゃ駄目です、今お怪我を治しますからっ」
「お前ラフィか? 体を取り戻す事が出来たのか、だがどうやって」
「ここの魔方陣にルーパウロの主様の力残ってたです! それを貰って体を」
何かに気がついたようにラフィが振り返り、光の魔法壁を張った。そこに黒い稲妻がぶつかりバチバチと弾ける音を鳴らす。
「馬鹿な子……私のシナリオを変えられると思っている。自分に助けられると思っている」
攻撃を仕掛けてきたのはシロツメクサの君だった。赤黒い魔力が渦巻く片手をかざしながら怪しく笑う。
「足掻いた分だけ苦しむ未来が訪れるだけだというのに!!」
「エランド様!!」
ラフィは魔法壁を二重に張り巡らせ、何度も襲い来る攻撃をそれで防いだ。
「うぅっ」
「体を素直に明け渡していれば苦しまずに消える事が出来ただろうに。
そう、そんなに苦しみたいの? 別にお前がどうなろうが私には関係なかったが、私が受けた苦しみをお前達も同じ分だけ味わうと良い!」
ドンドンと爆発音が何度も響き、その度にラフィの魔法壁が揺れた。ラフィは苦い顔をしながら震える手でなんとか攻撃に耐えている。
「ラフィっ、俺なら自分で避けられる! お前は先に逃げろっ」
「いやですっ」
俺の腹部から流れる夥しい血の量を見てラフィは涙を浮かべながら首を振った。
「ラフィはエランドさま守るです!」
「もう十分守られた! お前一人ならこの結界の外にも逃げられるだろう!」
「優しい貴方が傷ついてばかりの世界でなんて生きられないですっ」
ラフィの瞳が金色に輝き、体からも金色の光が溢れ出す。そして、シロツメクサの君を睨み付けながら魔法詠唱を試みた。
「倒せなくても、エランド様一人お守りする力なら今の私にもっ」
「やめろラフィ!」
共倒れ覚悟というラフィの態度に止めろと手を伸ばす。
「みーっけ」
誰かの声が聞こえたと思った瞬間、シロツメクサの君が張った結界が粉々に砕けた。
シロツメクサの君は驚きながらも、出入り口の開いた扉を睨み付けた。
「どういうつもりだ時輝……!」
「どうもなにも、フィローラにそうなられると話が変わるんだわ」
瓦礫を蹴り飛ばして、煙が舞う中を一人の少年が現れた。茶髪に茶色の目、口元はマスクで隠している。年齢は十二歳位か? 何故こんな場所に子供が?
時輝と呼ばれた少年はシロツメクサの君の前に立ちふさがり、大人びた様子で話す。
「あのな、何万回も言ったと思うけど、俺は誰の味方でもないの、おわかり?
お前が勝とうが、魔王が復活しようが、初代聖女が想いを叶えようが、どーーでもいいんだよ。お前のシナリオが一番俺の望みに近かったから利用してただけ」
「私がお前を野放しにしてやっているのをいい事に生意気な」
「まだ俺に死なれると困るもんなー? 大切な物奪って合体しちゃってるから俺の体。だから時が来たときに殺したいんだよなー?」
時輝は笑う、馬鹿にしたようにそして恨みを込めた瞳で笑う。
「俺の大切な妹を異世界から勝手に召喚して利用しやがって」
懐から水晶玉のような物を取り出し掲げて見せる。そして、わざとらしい動作で演技を始めた。
「白うさぎは慌てる『遅刻しちゃう! 遅刻しちゃう! 早くしなくちゃ!』アリスは白うさぎを追い掛けて異世界に迷い込んだ、案内人のチェシャ猫を惑わし、帽子屋のお茶会を台無しにして、ハートの女王の薔薇の園の薔薇を全て白色に変えて」
呆気にとられている俺にようやく振り向き、意味の分からない問い掛けをする。
「さてここで問題だ、どうして白うさぎは急いでいたんだろうな?」
「は……」
「分からないだろ? そうそれでいいんだ、分からないままでいい、ただ俺は」
時輝は水晶玉を放り投げた、それはゆっくりと地面に落下していく。
「異世界に迷い込んだ白うさぎを元の世界に戻せたらそれでいい」
水晶玉が地面に叩き付けられて割れた瞬間、爆発音が何度も重なって響いた。
「なんだっ」
「エランド様!」
ラフィは咄嗟に俺に抱きついて守ろうとしたが、爆発したのはこの部屋ではなかったようだ。しかし、かなり大きな音が響いた事から、この地下空間のどこかで間違いないだろう。
そしてすぐに建物全体が揺れ始め、天井から小石や砂が落ちてくる。
「この建物の居たる所に魔法爆弾を仕掛けてそれを起動させた。あと数分もしない内にこの建物は崩れるだろう」
「なっ?!」
「儀式はもう諦めなシロツメクサの君」
時輝はわざと笑いを堪えきれなくなったというように噴き出して笑う。
「お前のそのやり方、痛いから」
「……」
シロツメクサの君は殺意の籠もった目で時輝を睨んでから、すぐにラフィを見た。
「自由になったと思わない事だ」
降り落ちる天井の瓦礫に紛れて、シロツメクサの君の姿が段々と見えなくなる。
「お前のその体は、まだ私と繋がったままなのだから」
ズドンと爆音を響かせて天井が落下して辺りに砂埃が舞う。俺の周りはラフィが光の障壁を張ってくれたお陰でなんとかしのげたが、立ち上がろうにも血を流しすぎて思うように体が動かない。
「死にかけてんの?」
気がつけば、俺の目の前に時輝がしゃがんで俺を見ていた。初対面の筈だというのに……既視感を覚えた。
「お前……どこかで会った事が」
「お前が死にかけていると分かれば奴等は助けにくるぜ、良かったなぁ、だからお前はシナリオの中でも死ぬ事はなかった。守られてよかったなぁ」
時輝は自分の発言の何かにひっかかったのか眉を顰めた。
「いやぁ、前はそう思ってたんだけどなぁ。お前さんの性格を知ったら守られてよかったとは、自分だけ助かって良かったとはならなさそうだ……それはお前にとっては、拷問に近いかもしれない」
どんどん崩れていく部屋、もう逃げ場などないというのに時輝は余裕なままだ。
「お前は一体誰なんだ……」
「お前が審判者と呼ばれるなら、俺は泥棒かな? 怪盗かな? はたまた逃走者? かっこいいから怪盗にしとこう」
笑って、笑って、時輝は俺の手を握り、去り際に耳元で呟いた。
「シロツメクサの君はポジェライト家の聖石を探している。それの居場所は今まで誰も分からなかった。あれが奴の手に渡るのだけは防いだ方が良いぞ、でなきゃ奴の封印が解かれてしまうだろうから」
「待てそれは」
握られた手に違和感を覚えて自分の手を見ると、上級ポーションが入った瓶を握らされていた。どうして俺にコレを。
「いない……」
先程まで目の前にいた筈なのに居なくなっている。ラフィは防壁を張る事で精一杯で時輝がどこへ消えたのかなど分からないだろう。
「エランド様どうしましょうっ、出入り口が塞がれます! ここ地下でしたから、私達埋まっちゃいます!」
「待て、今……」
『エランド陛下』
『陛下』
二人分の声が頭に響き、埋まりかけていた空間に雷鳴が轟く。
新緑の香りが降り注ぎ、巨大な穴が開いた天井からは二つの光が舞い降りた。それは微笑みながら、俺の前に跪いた。
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