144-3 シナリオなんてクソくらえです(フィローラ視点)
エランド様が壊されてしまう。
はたき落とされて、地面に這いつくばりながら、エランド様が魔力を奪われて苦しむ姿を見る事しか出来ない自分の不甲斐なさを憎んだ。
エランド様はとても強くて優しい人です。得体の知れない私からの助けての声を無視出来ずに救出してお側に置いてくれました。
愛した女の子の幸せを優先して、自分の心は抑え込んで、どうかいつまでも幸福に笑っていて欲しいと見守る方です。
弟であるメティス様を守れなかった日の事を今でも悔やんでいるのを知っています。自分のせいでメティス様が襲撃されたのだと心の隅でいつも抱えています。だから、メティス様が魔王様の生まれ変わりだと知っても尚、貴方は弟を守りたいと願う筈。
そんな誰よりも優しい人の心につけ込まないでください。
初代国王の生まれ変わりがなんですか、ルーパウロの主様との契約がなんですか、私はそんなものよりも今のエランド様の心に従って幸せになって欲しいです。
メティス様を今度こそ、絶対に守りたいと願うお兄様です。そんな方に勇者なんて称号を背負わせて殺させようとしないで。
本当は、メティス様が魔王だろうが殺人鬼だろうが守ってあげたいと思っているエランド様の心を壊そうとしないでください!
体に力が入らない、けれど立ち上がりたい、無力な自分なんて大嫌い。
今なら、初代聖女の気持ちが少しだけ理解出来そうです。
貴女もきっとそうだった、だから力が欲しいと望んだんですね……生まれ変わった貴女が力に執着しているのは、前世で守りたい人を守れない無力であったから。
「わたしも……エランド様を守りたいですっ」
守られているだけじゃいや、何故エランド様はいつも身を削ってみんなを守るんですかっ、貴方ばかりその優しさで傷つかないで不幸にならないで。
「私にも守らせてください!」
叫んだ瞬間、私の体を照らす魔方陣の魔力が私の声に共鳴した。
エランド様の魔力を奪おうと魔法を発動させている奪われた私の体、その下で邪悪に光る魔方陣の中に懐かしい力を感じた。
そう、そうでした、ここは……メティス様が、ルーパウロの主様の生まれ変わり様が捕まり、魔力を注がれて無理矢理覚醒させられそうになった儀式の場所。
私を創ったあの方の魔力が少しでもここに残っているなら、その力が穢れていなかれば、私の願いをルーパウロの主様が否定しなければ、私の体が魔方陣を起動している今なら使えるかもしれない。
「ルーパウロの主様、お願いですっ、どうか……!」
最後の力を振り絞って、残された魔力の全てを魔方陣にぶつけた。
「エランド様を守る力を私にください!」
魔方陣に残されたルーパウロの主様の魔力に触れ、私の体に魔力が通じる。
瞬間、私の命は小鳥の体から離れ真っ暗闇の中へと誘われる。ここで体を取り戻せなかったら私はまた暗闇の中へと封じられてしまうでしょう。
「私の体から出ていってください」
私の体を操るシロツメクサの君の魔力へ向かって叫ぶ。
「貴女が描いたシナリオはもう破綻しています! もう誰もっ、貴女のシナリオ通りに運命を壊されたりしないです! エランド様も皆さんも、貴女に奪われた幸せを今度こそ手に入れるんです!」
『泣きながら封じられるだけの弱小な存在だった癖に』
暗闇の先から地鳴りが聞こえる、シロツメクサの君が怒っている証拠です。
この方には名前がありません、だからシロツメクサの君と自分を表現するしかできない。
私や、アイビー様のように名前を頂けなかった。傲慢で強欲な貴女はあの日消える筈だった。シロツメクサ、そのお花をルーパウロの主に一度だけ貰った事があるから、それに貴女は固執しているんですね。
「私わかります、メティス様の魔力は穢れていなかった、だから私は魔力を繋げる事ができました。つまり、今のメティス様は誰も殺してなんかいないです、貴女が先程エランド様を惑わした言葉は全部デタラメです!」
『デタラメなものか! 今までのシナリオではその通りだったのに! メティス様は多くの命を奪ったのに! 人間を滅ぼして全て消して……手に入れようとしていた』
暗闇の先から巨大な岩を地面に叩き付けるような、ドン! ドン! という暴力的な音が聞こえて足がすくみそうになる。
『何故……聖女に裏切られた記憶しかない筈なのにあの方は何度繰り返しても聖女を憎みながらも求めるの。人類を滅ぼしてでも聖女を手に入れようとするの。
何故憎んで恨んで殺そうとしない! 何故愛する事をやめない!!』
空間が揺れ動く、怖い、怖いけど逃げない。もう少しです、もう少しだけ動揺を誘わなくては。
『わたしは……メティス様の傍におりますのに』
「何故というならそれは貴女のせいですよ」
殺気を帯びた視線が突き刺さる、それでも誰もが言いたくても言えなかった言葉をシロツメクサの君へとぶつけた。
「貴女がメティス様と聖女様から、生涯を寄り添い共に歩む筈だった未来を奪ったからです。二人の誓いは貴女には壊せません、ですからメティス様はその身を魔王に堕とされたとしても、永遠に聖女様だけを求めて探して甦ります。
魂に刻まれた愛する二人の絆を、貴女なんかが引き裂ける訳がないんです!」
『黙れ!!』
ぐにゃりと空間が歪み、相手の魔力が酷く乱れました。その好機を逃さずに自分の体へと通じる魔力に手を伸ばす。
『シナリオは! 私が描いたシナリオは! メティス様が全てを壊して邪魔な奴等もみんな消して最期に私がメティス様をっ』
「奪い取って手に入れたものになんの意味があるんですか!」
強欲に心が欲しいと足掻けば足掻く程、相手の心は離れてしまうでしょう。自分の望む形ではなくとも、相手を大切に想いその気持ちを慈しめば必ず想いは優しい形で返ってきます。
これは、貴方が教えてくれた優しい人間の心の在り方です、エランド様。
「貴女の封印が解けない事を祈ります」
私の体に繋がるシロツメクサの君の魔力を無理矢理引きちぎって、自分の場所を入れ替える。本来有るべきだった場所へ戻る。
「シナリオなんてクソくらえですよ!」
いつだか、ゼノ様が訓練中に口走っていた言葉を真似て思い切り叫んだ。本当にそう、周りを不幸にして自分だけが笑う世界なんて虚しいだけです。大切な人が大切な人と笑っている。そんな世界が幸せだと感じれない貴女は本当に、可哀想です。
光が弾けて視界がクリアに広がりました。
私の手はエランド様の顔を掴んだまま固定されている。私は自分の体を……取り戻す事が出来ました。
「エランド様、わたし、分かりますよ」
エランド様の顔を見ていると涙が溢れてくる。もう大丈夫です、私の体に悪いことはさせませんから。この体は本来貴方を護る為に創られたものです。そして私の心は、貴方が育ててくださった。
「メティス様、まだ人を殺してないです。憎いって思ったりもしてるでしょうが、人殺してないですよ」
「お前……まさか……ラフィ?」
「分かりますよ、だって、ここで捕まっていたメティス様の魔力が穢れていませんから、ラフィの体と繋がれるような純粋な魔力、この魔方陣に残してくれていましたから」
これは偶然なのか、意図的なのか、はたまた運命なのか分かりませんが。ルーパウロの主様の魔力が私を導きました。それはまるで、この歪んだ運命を壊せと言っているようで。
私も同じ気持ちです、この罪を許してはいけないと。
「消えてください!!」
光魔法を行使して叫ぶと、破裂音を響かせて光の甲冑達は跡形もなく消えた。
そしてもう一度、今度はシロツメクサの君の本体に向かって同じ言葉を叫んだ。
「シナリオなんてくそくらえ! ですよ!」
「貴様……」
片目を押さえながら驚いた様子で私を見上げているエランド様を抱きしめる。
「ウィズ様もメティス様も、そして貴方に従う皆様も、エランド様が皆様に対していつも優しくて、向き合ってくれて、守ってくれたからこそ、皆様が貴方の傍に集い貴方を慕うのです」
エランド様にメティス様は殺させません。貴方には苦しまないで欲しいから、貴方には幸福の中で笑っていて欲しいから。
「国王だとか、勇者だとか関係ないです。私もエランド様が大好きです、だから」
エランド様の瞼にキスをおとして、奪った魔力をお返しする。
「私は貴方から不幸を遠ざけます、ですから、エランド様は誰よりも幸せになってください」
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