144-2 シナリオなんてクソくらえです
桃色の少女が手をかざすと、結界の四方から光輝く鎧の騎士が現れた。光魔法で作られた中身のない騎士だろう。それは規則的な動きをしながら俺を取り囲んで剣を構えた。
「いいですかエランド様、貴方のお仕事は学園に入学して私と恋に落ちる事です。そして私と共に魔王の痕跡を追っていって、魔王の正体がメティス様だと気がつきます! 貴方はとても苦悩しますが私が支えるので安心してください!」
楽しそうに楽しそうに笑いながら桃色の少女は台本の言葉を吐き続ける。
「そしてそして、メティス様が沢山の人間を殺していた事と、今後はもっと大勢の人の命を奪い、この世界すらも滅ぼすという事を知り貴方は遂にメティス様を倒す決意をします! そんな私達に悪役令嬢のウィズ様が立ちはだかりますけど大丈夫です! 私達は運命に負けずに魔王メティス様を討ち滅ぼすのです!」
「俺がメティスを殺すと、そんな馬鹿げた事が起きうると本気で思っているのか!」
「魔王様はルーパウロの主であった時に前世の貴方と契約を交わして特別な役割を託しましたよね?【王の執行人】という役割を」
脳内にラフィの魔法の影響で視た前世の光景が浮かび上がる。前世のメティスは確かに言っていた……自分と契約すれば堕ちた時に唯一ルーパウロの主を殺す事が出来るようになると。
まさか……歴代勇者は前世の俺の子孫達であったから、赤目と堕ちたルーパウロの主、つまり魔王を倒す力を受け継いでいたという事か?
「あ! その顔は気づきましたね? 勇者は魔王を倒すものです、堕ちたルーパウロの主を殺す事が出来る勇敢な者の事を勇者と呼びます!
なので繰り返した未来では物語の攻略に使った男性は違う事もありましたけど、必ず最後は貴方が魔王様を殺していたんですよ」
桃色の少女がにんまりと怪しく笑う。
「でも、今の貴方ではシナリオのエランド様よりも強くなってしまっていて厄介なので、やっぱり力の半分を私達が奪って、貴方は弱い操り人形になってくださいね!」
桃色の少女が投げキッスをすると、それを合図としたように光の甲冑が動き出し一斉に俺に襲い掛かってきた。
「ラフィ! 傍を離れるな!」
「は、はいぃぃっ!!」
剣を振るい、攻撃をなんとか食い止める。しかし相手は一体だけではない、無数の光の騎士が四方から俺に襲い掛かってくる。
「エランド様の力が半分になれば私の魔法も効くようになりますから、まず都合の悪い記憶は消去して~、メティス様が巨悪であると貴方に植え付けて殺すという判断をさせるようにしますね」
このラフィの体を操っているのはシロツメクサの君なのだろう、ラフィの口調を真似ているが、この発言は全てシロツメクサの君の意思という事だ。
「エランド様とメティス様を幼少期から仲違いをさせる為に国の中枢機関も弄って心を弱らせて、操りやすく壊そうとしていたのに、今の時点でお二人が仲良しだなんて有り得ないんですよ?」
「ま、さか……! 紅蓮院と水龍院が権力を欲して啀み合っているのもお前が関係しているのか!」
「はい! シロツメクサの君はむかしむかーしから待っていたんですよ。お二人が生まれてくるこの時間軸を」
ラフィの体は両手を打って彼に微笑む。
「お二人が生まれてくるこの時間軸の為に、王家に準ずる機関に紅蓮院と水龍院、緑星院なんていう機関を作って啀み合わせるのにも苦労しましたぁ。全てはエランド様がメティス様を殺す為に! 互いを信頼しあえない関係を築かせて確実に屠って頂くために!」
「貴様っ」
「ですがまあ、最期の大切な巻き戻りだというのに初代聖女の生まれ変わりにお二人の関係を随分と改変されちゃいましたけどね。おかしいですよねぇ、彼女は繰り返しの時間軸の中ではオドオドして何もできない哀れで無力な令嬢だったのに……生まれた時から真っ白だった穢しやすい今までと違って、異世界で転生をしてきて性格が元に戻っていただなんて。一体誰が私達の計画を壊そうと裏で動いたんでしょう? 私気になります」
問い詰めようにも光の騎士が邪魔で近づけない。魔法が使えないこの空間では剣だけが攻撃手段となるが、物理攻撃で光の騎士を切り裂いて地面に伏したとしても、すぐに起き上がってくる。ならばと頭を狙って跳ね飛ばしたとしても中身は空であり、動きが鈍る事はない。
「く……そっ」
結界の中の酸素が大分少なくなってきた、息が上がるのが早い。
しかし相手は命無き光の騎士、体力が衰える事などなく的確に攻撃を仕掛けてくる。
「エランド様危ないです!」
ラフィが呪文を唱えると閃光が放たれ、一瞬だけ光の騎士の動きが止まる。しかし、すぐに鎧が擦れるギギギという音を鳴らしながら攻撃態勢に戻る。
「あはっ! この体の持ち主さん! そんな弱々しい力じゃ私の攻撃を相殺なんて出来ませんよ~」
「え、エランド様を利用させるなんて絶対させません!」
「そんな利用だなんて! 私は行き着く先は一緒だと思って、エランド様のお心が少しでも楽になるようにと協力しているだけですよ!」
光の騎士が剣を振り上げた隙に懐に入り込み、その腕を切り落とした。しかし、それでも逆側の拳を振るい挙げて掴み掛かろうとしてくる。それを避けてもまた別の騎士が俺の目を目掛けて剣を突いてくる。
「いいですかエランド様、先程も申し上げたようにメティス様は既に大勢の人間を楽しんで殺しています! きっとそれはこれからも変わりません、もっともっと多くの命を殺します」
「お前の言葉は信用に値しない!」
「あらあ?」
ラフィの体の瞳が金色に光り輝いた。それと目があった途端、先程と同じように焦燥感に駆られ始めた。
「貴方は未来の国王として魔王を許すのですか? 大切な弟だから? その大切な弟がなんの罪もない人間を殺める事に快感を覚えて、大勢の人間を殺戮しているのに?」
「違う……そんな話は聞いていない」
「可哀想なエランド様、けれど貴方は王として国民を護る為に魔王を殺さなくてはいけないのです。だから私は貴方が悲しまないように、貴方のメティス様と仲が良い頃の記憶を修正して、少しでも罪悪感を抱かないように協力してあげようとしているんですよ?」
脳内に奴の声が直接響いてこびり付く。五月蠅いと振り払おうとしたが、背後から光の騎士が現れ俺の体を羽交い締めにした。
「侮るな!!」
相手は命無きものだ容赦など不要、頭を掴み力任せに引き上がる。浮いた相手の胴体にそのまま剣を突き刺して弾き飛ばした。
「あらら、全部倒しちゃったんですね? やっぱりエランド様は強いです! でも、」
自分の体から鈍い音が響き、瞬間激痛が走った。腹を見れば後ろから剣が飛んで来て突き刺さり、貫通していた。
先程切り落とした光の騎士の腕が飛んできた、のか。
「がはっ」
「エランド様ぁっ!!」
ラフィの悲痛な叫び声を耳にして、地面に膝をつく。しかし倒れる事は許さないというように、光の騎士の腕が宙を浮きながら俺の両腕を掴んだ。
「魔法も使えない、酸素も禄に吸えないような空間では流石の貴方も分が悪かったですよね! でも安心してください、片方の赤目を頂いたら治療して差し上げますからね!」
ラフィの体は冷たい両手で俺の顔を持ち上げて、無理矢理視線を合わせた。
「大丈夫ですよ、魔王が弟でそれを殺さなくてはいけない悲しい宿命を背負った貴方の事はヒロインである私が護ってあげますからね? いつも貴方の傍にいて、貴方を支えて、貴方をコントロールしてあげますから」
「離してください! エランドさまに触らないで!!」
ラフィは小さな体で何度も操られている自分の体に泣きながら体当たりをしている。
「ラフィ……」
「エランド様の覚悟を利用しようとしないでください! 王様なんて重責を押しつけて望まない罪を背負わせようとしないでください!」
ラフィは何度も何度も体当たりをしてボロボロと泣いた。
「世界一優しいこのお方を悲しませようとしないでぇっ」
「五月蠅いですよぉ!」
手の甲で思い切りはたき落とされて、ラフィの小さな小鳥の体は地面に打ち付けられた。
「うぅっ!」
「ラフィ!」
「エランド様の力の半分を頂いたら貴女はまた封印して、真っ暗な暗闇の中でゆっくり殺してあげますからね!」
気味が悪い程に優しい手つきで俺の頬を撫で、睨み付ける俺に臆する事もなく無機質に微笑む。
「さあエランド様、また始めましょう? 私と魔王を討伐する甘い甘い戦いを」
左目の瞼に口づけられ、瞬間地面の魔方陣が光を放つ。そして、その瞬間体中に激痛が走る。まずいこれはっ、体の中から魔力を奪われているっ。
「ぐあああっ!!」
「痛いのはすぐに終わりますからね、すぐに貴方はシナリオ通りの哀れな王子様となりますよ」
バチバチと、地面に光が弾ける気配を感じた。
「え」
微笑みながら俺の魔力を吸うそれが突然動きを止めた。
「あ、ァあウ、ウゥァアウ?」
目を見開いたままガクガクと震えだし、おどろおどろしい魔方陣が一瞬にして光にまみれた。
「しなりヲ、シナリヲどおりに、すすめてテてて、えらんど様ハ、シナリヲ」
優しく俺の頬を包んでいた手に突然力がこもった。
「エランド様、わたし、分かりますよ」
思い切り俺の顔を掴んで、大粒の涙を流し出した。
「メティス様、まだ人を殺してないです。憎いって思ったりもしてるでしょうが、人殺してないですよ」
「お前……」
たった今まで俺にメティスを殺せと囁き、魔力を奪おうとしていたのに真逆の事を言い出した。その瞳には、無邪気で無垢な色を宿して。
「まさか……ラフィ?」
「分かりますよ、だって、ここで捕まっていたメティス様の魔力が穢れていませんから、ラフィの体と繋がれるような純粋な魔力、この魔方陣に残してくれていましたから」
桃色の髪の隙間から覗く瞳には怒りを宿して、俺を捕まえている光の甲冑の腕に向かって叫ぶ。
「消えてください!!」
破裂音を響かせて光の甲冑達は跡形もなく消えた。
傾いた体をラフィが抱きかかえて支え、シロツメクサの君を鋭く睨んだ。
「シナリオなんてクソくらえですよ!」
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