143-1 シナリオを修正しよう
ダルゴットから魔王の痕跡が地下にあったという話を聞いた日の深夜、城を抜け出して、地下闘技場の跡地に単独でやって来ていた。
「ここだな……」
今までも何度か来たいと言った事があったが、許可が下りたことはなかった。その為、派遣された司祭達がいない深夜の時間を狙うしかなかった。
ダルゴットの話は限りなく怪しいが、浄化が終われば即取り壊される事が決まっている場所だ。手こずっているというだけで、もしかしたら明日にでも浄化が終わる可能性が無いとは限らない。許可が出るか分からないような場所に調査に行きたいと馬鹿正直に告げて、見張りなんて付けられて足止めされては無駄になる。
それに、魔王の痕跡というのが本当であるなら願ってもない情報であるし、嘘だとしても俺をおびき寄せたかった理由を知る事が出来るだろう。
どうにも、確信をつくような事から遠ざけられているような気がしてならない……ならば自分で行動しなくては。
地下へと続く階段を見つけ、しゃがんで中の音に耳を傾ける。
「……なんの気配もないな」
一般人は進入禁止になっている為、広範囲に立ち入り禁止の魔道具が設置されているものの、見張りの一人や二人は居るものだと思っていたが……。
「これは罠の可能性の方が高いか」
本当は護衛の一人でも連れて来た方が良いかとゼノの姿が浮かんでいたが……アイツは強がってはいるが幽霊の類いが大の苦手だ。ここでは多くの命が絶たれてしまった凄惨な場所、出ない訳がない。
ゼノを連れてくる事は諦め、ならばルイはとなるが、ルイは必ず反対するだろうし。ロッカスは連れてきたとしても後で挙動が怪しくてルイに結局バレそうだと思い誰も連れて来れなかった。
「行くか……」
愚かな選択だと分かっていても一つでも多くの情報が欲しい。
メティスが魔王ではないという確信が、欲しいんだ。
「むぐぐ……」
「ん?」
地下へ足を踏み入れようとした時、道具を入れた腰のウエストポーチから何やら声が聞こえた。まさかと思い蓋を開けると──。
「ぐるじいでず」
「ラフィ?!」
頬が潰れる程にポーチに詰まったラフィがそこにいた。俺は連れてきていない、まさか自分で隠れて入ってきていたのか?!
「駄目だラフィ、危険だから連れていけないと言った筈だ」
「ラフィも言いました! 嫌な気配がするので行ってはいけません!」
ラフィはポーチから飛び出し、俺の行く手を塞ぐように地面に降り立った。
「この先は凄く汚い気配です! 行っちゃ駄目です!」
「それは承知だ、だが今しか調べられない事があるんだ」
「エランド様は行くのを止めるか! ラフィを連れて行くかどちらか選んでください!」
ラフィは涙目になりながら、両の羽根を広げて自分の羽根をつまみ上げた。
「それでもラフィを置いていくというなら、私はエランド様が戻ってくるまで自分の羽根を一枚ずつむしって行きますです!」
「待て待て待て……どうしてそうなる」
「エランド様が無事に帰ってくる……イタイ、エランド様が無事に帰ってこない……イタイ」
「自分の羽根で花占いのような事をしないでくれ」
このままではラフィの羽根が全て毟られてしまう事になる。時間もないし仕方ないと溜息をついて、ラフィを抱いて肩に乗せた。
「ついてくるのはいいが、危険だと思ったらすぐに逃げるんだぞ」
「嫌です!」
「即答か」
「ラフィはエランド様、守るです!」
「なら俺もラフィを守らないとな」
苦笑いを浮かべて、予想外であるが二人で地下へと潜る事となった。
◇◇◇
「確かに……空気が淀んでいるな」
「ラフィきもちわるいです」
地下一階部分は闘技場跡地になっていて、舞台の上には無数の血の跡が今でも残っている。空気も重く、何も無い筈なのに何故か足が重く感じる……これは本当にゼノを連れて来なくて良かった。
だが、地下一階はこれといって何かある訳ではなかった。闘技場上空からラフィが辺りを調べてくれたが、やはり何もないと分かった。
「となれば、更に下になるが……」
破壊された錆びた隠し扉の先に更に地下に繋がる階段があった。恐らくこの先が囚われた子供達が魔王召喚の儀式という宗教じみた凄惨な事件が起きた場所。
この先にメティスは攫われて儀式の贄にされかけた。
本当に魔王の痕跡が残っているのなら、その痕跡とメティスの魔力が一致した場合……俺はどうする?
「エランド様? 行くの止めますか?」
「……いや、行こう」
最悪の結末に至る考えを振り払い、更に地下へと足を進めた。
冷たい石作りの牢屋が続く長い廊下が現れる。この辺りも調査が済んでいるだろう、亡骸は無いが汚れた鉄柵がここで苦しんだ人間がいた事を物語っていた。
更に螺旋の階段を降りた先、急に広々と開けた場所に出た。
石畳の床、赤い液体で描かれた巨大な魔方陣、それの周囲には9本の燭台がぐるりと囲む。そして、不気味な黒い造形の祭壇がそこにあった。近づいて昇ってみると、その祭壇の上にも石畳に描かれていたものと似た魔方陣が描かれていた。
「ここが魔王召喚の儀式が行われた場所……か」
「何故魔王を召喚しようとしたですか?」
「愚かな人間の理解しようがない欲の為にさ……」
「沢山の魔力を集めても、生贄を捧げても無駄だって、人間は知らなかったんですか?」
ドッと心臓が鳴る。ラフィのその口ぶりは、魔王召喚の儀式を馬鹿にしている訳ではなく、そんな儀式をした所で【魔王が甦る事はないという確信】のような言葉に感じたから。
「何故……無駄だと思う?」
「だって、魔王はもう生まれ変わってこの世界にいるです、だから召喚しようとしても、もういるのですから無駄です」
「ま、おうが……生まれ変わっている?」
「眠っている力、目覚めさせようとしていたならわかるですね!
ここに気配、残ってます!」
最悪なシナリオに絶句する。
ここ、というのは祭壇の上の事だ。調査報告は聞いていた……この祭壇はメティスが捕まり、儀式を行われた場所だった。
「──エランドだな、ここに来るのを待っていた」
暗闇の先から二人の人影が姿を現した。
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