141-2 もう二度と死なせない


 過去の記憶を巡るという体験から二週間が経った頃、ラフィがようやく目を開けた。


「ラフィ大丈夫か?」

「エランドさま……? ここどこですか?」

「俺の私室だ、暗いのは夜だからだ」

「そうですか……夜ですか」


 あの事件のあと、ラフィの力を浴びた俺はすぐに目を覚ます事が出来たが、当の本人のラフィは眠り続けたままだった。どうして目が覚めないのか分からず、メティスに聞いても「力を使いすぎて眠っているだけじゃないか」と答えるだけ。ウィズも巻き込まれた事から警戒しているようで、詳しく調べようとはしてくれなかった。

 部屋に連れ帰り介抱し続けて、聖剣を握る時に力を注ぐようにラフィに魔力を与え続けて、二週間経った今日にしてようやく目を覚ましてくれた。

 眠そうに目を瞬かせるラフィの姿に安堵に胸を撫で下ろした。


「何か体で辛い部分はないか?」

「らいじょうぶれす……」


 寝ぼけているようで、頭をクッションに埋めて尻尾を天井に付きだして眠そうに唸っている。


「ラフィ、前世の記憶の欠片を見せてくれてありがとう。お陰で思い出さなくてはいけなかった事をいくつか思い出す事ができた」


 同じ名前、同じ姿で生まれ変わってきた事も、記憶が引き継がれた事にもきっと理由があるんだろう。

 全てを見れた訳ではなかった、つまり【見る】事が出来て理解はしたが、【思いだした】という感覚ではないのだ。舞台を見て共感する気持ちと似ている……自分の過去だろう事は分かるが、まだそれが自分のものにはなっていないようだった。

 俺が最後に見たのはメティスとエルローズの最期の光景までだ。その先も何かあった気がする。


 それに、エルローズがメティスを殺した光景が、今を生きる俺には全く信用出来ないものだった。


「メティスはルーパウロの主の生まれ変わりだという事だと思うんだが」

「あの怖い人は力いっぱいですから、わたしやみんなを創った人です」

「ああ……そうだな」


 前世の俺がメティスに名付けていたんだお前は【精霊王】だと。

 そうだ……何故今まで人間達は誰も疑問に思わなかった? 精霊達には階級が存在しているのに、それをとりまとめる王が居ない事に。何故か必然的に光の大精霊が精霊達の頂点に君臨しているものとばかり思っていた。精霊達の口からは一度も光の大精霊が頂点であるとは告げられていないのに。

 ただ、光の大精霊は五行の精霊から離れて異質であると、そう語られていただけだ。


「人の口伝は宛てにならないな」


 どの歴史書もそうだが、長い年月を得て結局は都合のいいように脚色されていくものだ。種族が違うなら尚更の事だろう、人間の都合のいいように歴史が変えられていく。


 ならば、聖女伝説もそうなんじゃないだろうか?

 あの教会に飾られているステンドグラスの光景も……本来の姿は違うのでは?


「…………」


 メティスが精霊王の生まれ変わりだというのなら今まで不思議に思っていた事にも説明がつく。


 ラキシスを取り巻く妖精達がメティスだけは襲わずに恐れていた事。


 フォムフレイアとメティスが戦い、いとも簡単に大精霊である彼女を中位精霊クラスに堕とした事。


 ラフィの魔法に俺とウィズは倒れたが、メティスには効かずに意識を保てていた事。


 ポセイドンが無条件にメティスに忠誠を誓った事も、ウィズの闇の大精霊が慌てていた事にも全て説明がつく。



 精霊王の生まれ変わりだからだ。己を生み出した存在には誰も逆らえないからなのだろう。



「ラフィ……メティスは精霊王の生まれ変わりなんだな」

「せいれいおう、ってなんですか?」

「そうか、この名前は前世の俺……人間がつけた名前だからお前達は知らないよな。ルーパウロの主の生まれ変わりかという意味だよ」

「るーぱうろ……そうです! わたしもそこで創られました! そして私をつくったのはあの怖い人の前の魂です!」


 つまり、メティスが生まれ変わりなのは間違いないという事か……。

 フォムフレイアにも詳しい話を聞いてみたいが、いつも傍にいる訳ではないからな、機を見て聞いてみるとしよう。

 しかし、あれだけ俺に好意を示してくれているのに今まで黙っていた所をみると、聞いてみた所で答えてくれないような気もする……何か理由がありそうだ。


「ラフィ、この話は俺とお前だけの秘密にしよう」

「しーーですか?」

「そうだ、メティスもウィズも前世を思いだしているようには見えないし、俺も全てを理解している訳ではないからな。軽率に知らせては危険な気がする」


 俺が見た最期の惨劇は何者かに仕組まれていた気がしてならない。その巨悪の正体も判明していないのに、中途半端な行動はできない。全て調べあげたうえで二人にも語るしかないだろう。いや……二人が今を幸せに生きてくれるなら、伝える必要もないのだろうが。


 けれど、酷く胸騒ぎがする……まだ前世の惨劇は終わっていないというように。


「俺がいいというまで秘密だ、出来るか?」

「はい! エランド様以外にはしーーです!」

「良い子だ」


 頭を撫でるとラフィは嬉しそうに喉を鳴らした。


「それと、あの力はもう使わないように」

「何故ですか? あの力があればエランド様、また前世がみれるかもしれません」

「お前の事が心配なんだよ」


 前世を見せる力、あれはラフィの力が全て底付くまで強制的に続くのだと言っていた。今回は二週間で目が覚めたが、次も目が覚めるという保証は無い。前世を知りたいのは確かだが、ラフィを危険に晒してまで視たくはない。



(前世では俺と契約する筈だったのに出来ず、罪を犯したアレの力の継承だけ成されて封じられたのだから)



「ラフィ、お前の事も大切なんだ」

「エランドさま……」

「俺の為に自分を犠牲にしようとするのは止めてくれ」

「でもヒロインは……勇者様をまもるので」

「ヒロイン?」


 ラフィはぼぅっとした瞳を瞬かせて首を振った。


「いいえ! 違いました! これは私の体が言わされている言葉です! わたしは違います! わたしはエランドさまを守るです!」

「どういう意味だろうか」

「わたしは、ラフィは、いまここにいる私を暗闇から救い出してくれたエランド様を守るです!」


 ピィと鳴いて胸を張るラフィに思わず笑みが零れた。

 誰かを守らねばと、強くあらねばといつも自分を奮い立たせていたが、誰かに守ってもらうなんて言葉を言われる事はなかなかない。それもこんな小さな小鳥に。


「ラフィの一番は、エランドさまだけですから!」

「一番?」

「信頼も大好きも全部全部エランド様が一番です! 守るのも全部エランド様が一番です!」


 誰かの一番に選ばれるという事、相手にとって自分という存在が揺るぎないという確信。

信頼出来る仲間は多く居る、信頼出来る家族もいる。好意を抱いた女の子もいた。だが、その誰しもに別に一番がいて、俺が最たる存在に選ばれる事はなかった。

 王は孤独でもあると父上が言っていた事があったが、打算も何もなく、個人として誰かに一番に選ばれるという事は奇跡のような幸福だ。

 ラフィの純粋な想いが、本音であると確かに感じられるから、それがじわりと心に届いて……嬉しかった。


「ありがとうラフィ、これからもよろしくな」

「はい! がんばるです!」


 さあこの先の事を深く考える必要がありそうだ。

 まずメティスの事だ。ルーパウロの主と呼ばれていた精霊王。何故死ななければいけなかったのか、何故転生しているのか。その答えはエルフ族が太古に建設して今もある【ルーパウロ学園】と関係があるだろう。


 貴族が十六~二十歳まで通う事が義務づけられている学園。貴族としての必要知識を学ぶ場とされていて、最低で二年、最長で五年通う必要がある。その期間の中でその者に課せられた知識を習得し終えられれば卒業となり、貴族社会で大人と認められ、各々家門の為に尽くす事になる。

 王族も異例はなく、俺は既に通っていたが早々に必須科目を取得している為、あまり学園には通っていなかった。だから、二年で卒業しようと考えていたのだが。

 この学園に隠されているであろう秘密を探る為には在学生の方が都合がいい。二年で卒業は早すぎる……それに、ウィズとメティスだって後に学園に来る事にもなる。二人を守る為にも傍にいたい。

 俺の首席の成績では少々苦しいが、この国に相応しい国王になる為の勉学を全て学び尽くしたいとでも言って居座る事にしよう。国の方は父上がご健在だから問題ないだろう。


 他に気になる事と言えば、前世のメティスが口にしていた霊山の主の事や、前世にはいなかった魔物、それに大精霊達の事だな。特に、光の大精霊に関しては精霊王と間違われる程に重要な存在のようだし、一度会ってみなくてはならないだろう。

 光の大精霊を捜索しつつ学園に通って情報を集めるが最優先か……それに、魔物がいなかったというのなら。


 魔物の主である魔王の存在についても詳しく調べる必要がありそうだ。


「エランド戻っているか?」

「ゼノ? 開けてもいいぞ」


 扉が開かれてゼノが部屋に入ってきた、暗がりの部屋に驚いて顔をしかめている。


「何で明かりを付けていないんだ? 魔石が壊れでもしたのか?」

「いや、ラフィが目を覚ましたばかりだったからな、突然明るくなったら眩しいかと」

「目が覚めたのか!」


 ゼノは早足でラフィの寝床に近づいて様子を確認して、ラフィが無邪気に目を瞬かせてゼノに笑った事で、ゼノも安堵の溜息をついていた。

 ラフィが倒れてからゼノも心配していたようで、何度かこうして様子を見に来てくれていた。分かりやすくて分かりにくい、良い奴だ。


「そういえば、ゼノは前世にはいなかったな?」

「ツンツン頭さん、いないです! この世界に生まれたてのこわっぱです!」

「誰が生まれたての小童だ?! 人が心配してやっていたのになんだその態度は!」


 ラフィの頭を指でつつき、ラフィが狼狽えている2人の姿を見て「仲が良いな」と笑った。

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