140 五人の騎士



「陛下! 只今帰還致しました!」


 俺が信頼する直属の騎士が五人居た。


 強大な聖力を持って産まれたせいで、エルフの森の井戸の底で監禁されて育てられていたエルフの少女。


 育つにつれ、通常よりも遙かに大きく育ち岩男と迫害されていた、心優しいドワーフ。


 男しか産まれないという村で女性として産まれ、そのせいで災いの魔女と呼ばれ、火刑に処されかけていた所を救った女。

 

ドラゴンと人の間に産まれたハーフで、身に宿る凶暴性を制御出来ずに苦しんでいた寡黙な竜。


 俺が忌み子と呼ばれていた頃から俺を唯一気に掛けてくれていた生粋の騎士。


 彼らを救ったのは俺だったが、迫害される事なく自由に生きる場所を与えようと告げるも、彼らは皆俺の騎士になりたいと懇願した。

 国としてまだ建国したばかりで苦労が絶えないのだと伝えても、皆が皆それでも構わないと俺に忠誠を誓ってくれた。

 彼らの力が無くてはこんなにも早く国内が安定する事もなかった。彼らの忠義には深く感謝している。


「──以上で、聖女様が異世界から召喚した者達への報告は終了です陛下」

「皆ご苦労だった、次の任務まで体を休めてくれ」

「私は疲れておりまセン! 陛下のご命令とあらバ、すぐにでも戦へ迎えまっ」

「駄目ですレイアさん……貴女はお腹に怪我をしているでしょう……連行します」

「これ位へいきデス! それよりも陛下と少しでも長くお話ヲっ」

「駄目、です……」

「陛下~~! 陛下~~っ!!」


 レイアは半泣きになりながら俺に手を伸ばして嫌がっているが、エルフ族の少女、ラフォーレに引き摺られて連れて行かれてしまった。

 レイアは魔女とされて村で迫害されていた時に舌を切り落とされてしまったのだという。救い出してからラフォーレが治癒魔法をかけてくれた事で舌は蘇生されたが、違和感が残ったままらしく、発音が上手く喋られないと言っていた。

 ラフォーレも、最近では少しばかりはにかむ姿を見せてくれるようになったが、エルフの里から救い出した当初は喋る事もせずに無表情だった。

 彼女達が少しずつでも誰かを信頼出来るようになり、心の拠り所が出来た事を嬉しく思う。


「はーーっ、めんどくせぇめんどくせぇ」

「おまぁ!! 陛下の前でなんて事いうだ!」

「うっせぇ石頭、デカいのは体だけにしとけ」

「い、い、いじめはよくないだ!」


 全長五メートルはあるかというドワーフの大男ゴドゥルグ、そして竜と人間のハーフのファフニール。ファニーは普段は人間の姿を象っているが(頭に竜の角が生えたままだが)、魔力を放出すれば中級のドラゴンに姿を変える事が出来る。ゴンとよく口げんかをしているが、竜に変身して威嚇して黙らせている……がいつも半泣きになってしまって怯えるから止めて欲しいものだ。


「ファニー、何が面倒臭いんだ?」

「陛下ァ、その女みたいなあだ名は止めろって言ったでしょーが」

「可愛いだろう?」

「きっしょ」

「ファフニールやめるだぁ!」


 ゴンがファニーを止めようと泣きながら全力で羽交い締めしている、段々とファニーの顔が青ざめていき、怒りが頂点に達したようで竜の姿に変化してゴンを咥えて振り回し始めた。


『テメェの方が止めろ殺す気かァっ!!』

「目が回るだぁ~~!」


 ファニーは絶対に認めないだろうが、この二人もこの二人で息があっていると思う。


「ファニー、その辺にしておかないと騒ぎを聞きつけてディオネが来るぞ」

『ゲッ、竜の長だかなんだか知らないけど、あのおっさん苦手なんだよ、半竜に構うなっつーの……!』


 ファニーは嫌そうな顔をしながら、ゴンを庭にぺっと吐き出して空高く飛び立った。


「夜にまでは戻れよ、皆で食事をしよう」

『やなこった!』


 そう言いながら鉱山の方角へ消えていく。口ではいつも拒絶しながら、必ず姿を現す事は分かっている。


「陛下……」

「ラフォーレ、レイアの手当は終わったのか?」

「陛下とお話がしたいって……うるさいから……眠らせてきた」


 どうやって眠らせたのかはあえて聞かないでおこう。きっと怪しげな薬やら、新種の魔法やらの危険な話しになってくる。

 エルフは長命だ、ラフォーレが十歳前後の少女に見えてもきっと俺よりも年上なんだろう。


「陛下……抱っこ」

「いいぞ」


 いつものように強請られて抱き上げると、ラフォーレは回廊から庭に転がるゴンを眺めた。


「ファニーは……またゴンと遊んで……いっちゃったの?」

「そのようだ」

「帰ったら……わたしと遊ぶって……約束」

「約束していたのか」

「約束……させた」


 約束した、じゃなくて約束させた、というのがラフォーレらしい。


「ここ……いいね」

「うん?」

「みんな笑ってて……やさしくて……たのしくて、ここが……好き」


 皆、様々な理不尽と不幸に見舞われた者達だ。だからこそ、普通の者達には分からないような互いの心の傷が分かるし、寄り添えると思っているんだろう。それは五人だけじゃなく、俺も含まれているのだろうが。


「陛下がこの国を守りたいなら……わたしも頑張るけど……でも、五人でが……よかったな」


 相づちをうちかけて、ふと疑問に思う。


 五人いた筈なのに、今は何故四人しかいないんだろう?


 誰かが足りない……その誰かの名前はなんだっただろうか。

 何故思い出せないのか、忘れる筈がないのに。そういえば、俺はどうしてここにいるんだったか?


『エランド様!』


 ハッと息を吐き出し、驚いて自分の肩に振り向いた。


「エランド様ぁ~っ」

「ラ、ラフィ……?」

「よかったですっ、途中からエランド様にお声をかけても全然反応してくれなくってっ、意識が過去の記憶に引っ張られて呑まれちゃったのかとっ」


 そうだ……これはあくまで前世の記憶を見ていたんだった。あまりにも鮮明に甦るから【今】の自分の事を忘れてしまう所だった。


「ずっと呼んでくれていたのかラフィ」

「はいぃ……」

「ありがとう、助かった」

「とんでもないでず、元はと言えば私のせいなんでず」


 ズビズビと鼻を啜りながら泣くラフィの頭を撫でた。


「もう大丈夫だ、心配かけてすまなかった」

「ヂュンッ」


 目の前に広がる前世の記憶は、サラサラと砂のように流れて消えていった。

 前世の俺に仕えていた五人の騎士達……今世では会う事はなくともしっかりと覚えておこう。

 彼らは臣下でありながらも、前世の俺にとっては家族のような存在だったのだから。


「エランド様、そろそろ現実の世界に戻れると思います! 力が底をつきそうなので!」

「そうなるとラフィ、お前の体は大丈夫なのか?」

「平気です! それよりもエランド様の精神が壊れなくて本当によかったです!」

「不思議な事は多かったが、あまり悲惨なものは無かったからな」


 精神的に蝕まれるようなものはなかった。メティスが居た事には驚きもしたが、前世の記憶とはあくまで遙か昔に起きた出来事で過去であるのだから、今を生きる自分達には必要も無い……。



『本当に?』



 女性の声が頭に響く。

 この声の主を俺はもう知っている。



『前世で起きた出来事を受け入れられなくて、苦しくて、悲しくて、だから貴方達は来世で楔を解こうと考えた筈でしょう』



 振り返ってはいけない気がした。この悲しげな声の先はきっと悲惨で許されない罪が暴かれる光景が広がっているだろうから。



『名前を知られている貴方達は味方になるの? それとも敵になるの? どちらでも構わないわ……私は呪われようと、何度殺されようと、今度こそ絶対に、絶対に』



 泣き震える声に堪らず振り返った。



「エルローズ!!」

『メティス様を殺されはしない!』

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