139-2 ルーパウロの主と盟約を
「エルのお陰で穢れを祓うのも随分と楽になった」
「そうだね」
ルーパウロに招かれ、大樹の幹に背を預けているメティスに語りかける。
最初の頃はエルローズの力のみに頼り、メティスが集めた穢れを浄化していたが、今ではエルローズが加護を与えた武器を使って戦士達が穢れを祓えるようになっていた。武器は消耗品でいずれは壊れてしまうが、エルローズ一人に負担をかけていた時よりはかなり効率がよくなっていた。
「エルがメティスに褒めてほしいと言ってここに期待と駄々をこねていたが」
「連れて来なくていいよ、五月蠅くなるだけだから」
「はは」
ここは普通の人間が入れば空間を漂う魔力の濃さと密度にやられて堪えきれず、死ぬ事すらあるそうだ。魚が地上では生きれないように、ほ乳類が水中では息が出来ないのと同じく、地上で暮らす生き物はルーパウロでは普通なら生きられない。
しかし、赤目の者だけは侵入したとしても体を害される事がないらしい、体の造りがあちら側と似ているからという事だが……それならばエルローズだって赤目で生まれてきている。俺とエルローズはルーパウロに住まうメティス達と似た力を持っているという事になるが。
「エルも俺と同じように選ばれて生まれた赤目なんだろうか」
「……違うだろうね」
メティスは青と緑の煌めく霧が立ち込める森の先を見つめた。
「あの日、双子を生け贄にして穢れを浄化しようとしたのを覚えている?」
「ああ、それが?」
「あの時に、エルローズは穢れだけでなく僕の力すらも吸収したようでね。普通なら消滅して終わりな所を力と穢れを喰らい、本能的に生きようとする為に自分の魔力と僕の力を混ぜて飲んで、穢れを消す力に変えたのだろう」
理屈は分かるが、そんな事が可能だろうか? それが簡単にできるならメティスだって他で試しただろうに。可能性として考えられる事は、エルローズの両親が類い希なる魔力の持ち主であった事位だが。
それが奇跡なのか、必然たる理由があったのかは分からない。ただ、事実としてそれがあるだけ。
「その証拠に、エルローズが握り締めて持って産まれてきた石があるだろう?」
「ああ、命石というあれか」
「あれは長い時間をかけて僕だけが創れるルーパウロの命の元だ。それをエルローズが握り締めて生まれたという事は僕の力を飲んで命石という形で顕現させたという事だろう」
「あの石……今では人ならざる者としてだが生まれているしな。エルが家族だといいながら大層気に入って大切にしているが」
エルローズがつけた名前が【アイビー】、二人はいつも一緒にいてアイビーはエルローズに危害を加える者を決して許さない。昔は力も弱くエルローズの後ろにいるだけだったが、成長してからはその力を盛大に振るいエルローズを守っている。
魔法を放っている姿を見たことがあるが、姿形というよりも、力の波動やオーラが確かにメティスに似ている。魔力に精通する者が見ればメティスの力を媒介にして生まれたという事がよく分かる。
「こんな産まれ方は初めてだったからね、ルーパウロで【欠片】の実験をしているけど」
「エルローズが持っていた命石の欠片か」
「本体と小さい方があったからね、小さいながら命を宿して形にはなったけれど……どうにも厄介でね」
「というと?」
「人間を介して産まれたせいか、自我が強すぎる。君にやろうと思っていたのに厄介なものだよ」
俺の名前が出てきた事に驚いた。それ引き渡すつもりだったということか。
「エルローズはアイビーと契約とかいうのを交わしたんだろう。ダンスを踊って」
「ルーパウロの者は人と違って口約束では満足出来なかったらしいからな。ましてや人の書類で約束を結んだとしても文字も読めない精霊にはただの紙切れにしかならないらしい。だから、エルが考えたのがアイビーの為だけのダンスを考えて一緒に踊る事だったようだ。そのダンスはアイビーの為だけで、一生そのダンスはアイビーの為にしか踊らないと約束を交わしていた」
その時の二人はとても嬉しそうだった。エルローズの産まれた故郷で、花が舞い飛ぶ中で踊った。そして、二人を結ぶかのように光の輪が二人の手に現れた時に、二人の手の甲に同じ模様が浮かび上がった。
それを成した二人が言った。コレは心を固く結んだ人間とルーパウロの者との契約であると。互いを尊重し、慈しみ守る為の誓い。魔力を譲渡しあい、互いを守る為に結んだのだと。
人とルーパウロの者が絆を結ぶなんてそんな事は今まで無かった。だからこれは人類とルーパウロの歴史の中で初めてとなる【契約】になったであろうとメティスは言う。
「エルローズがそうしたように、赤目の君もコチラと契約出来ると思ってね。欠片をあげようかと育ててみたけれど」
「またお前は……俺で試そうとして」
「いらないの? 国を守る為には力だって必要だろう?」
「……俺でいいのなら」
「だろう? それならばエルローズと同じように名前を考えておくといい、君のものになる予定だから」
「わかった……」
「それはそれとして、僕も試してみたいと思っていたんだよ」
メティスは怪しく微笑み、己の胸に手を乗せた。
「僕と盟約を結ばないか、エランド王?」
「俺とお前が?!」
驚いて変な声が出る所だった。なにせ相手はルーパウロの主だ、ウィズが契約した生まれたてのアレとは話が違う。
「人と契約する事で何か変化があるのか、力が増幅されるのかが本当なのか知りたい所だったんだよね。けれど、赤目の君以外との契約は虫酸が走るし、エルローズは小さすぎるし」
「いやいや……明らかにリスクが高そうな事を俺で試そうとするな」
「恐らくだけど、僕と契約して僕を裏切る事があれば君は呪われるだろうね」
サラリととんでもない事を口にしている。それを聞いて誰が契約してみようと頷くのだろうか。
「君にとっての利点だってちゃんとあるさ、多少なりとも僕の力を譲渡する事が出来る」
「多少なりともというのは?」
「全て使おうとすれば、人間の体の君では赤目といえども体が吹き飛ぶよ」
「……聞かなかった事にしよう」
それのどこが利点だと睨むと、メティスは笑みを深めた。
「一番の利点はね、もしも僕が堕ちた時に僕を殺す事が出来るという事だ」
「は……」
「有り得ない話しだろうけど、可能性はゼロじゃない。エルローズが産まれたように、この世は不可能を可能とする事で溢れているのだから。
もしも僕が堕ちた時、僕が創ったルーパウロの者は僕に危害を加えられない。人間達では僕を倒す程の力などない。けれど、僕と繋がる契約者がいるのなら可能にもなるだろう」
メティスはわざとらしく拍手をした。
「君が愛した人間達が守れるよ、利点だろう? エルローズが聖女と呼ばれるのなら、君の事はルーパウロの主が認めた勇敢なる者という名を、勇者という称号を与えたっていい」
「冗談でも笑えないぞ」
「たとえばの話だよ、それ位の力とルーパウロ者に認められる地位が得られるという話さ」
メティスは自分で言い出したというのに、有り得ないと笑っている。
「この僕が堕ちる訳がないだろう」
「そうだが……聞いていて不愉快だ」
「君は真面目が過ぎるね、霊山の主だってエルローズのマネをしたというのに」
拒否した所で結局は押し切られるのだろう。けれど途方も無い話のせいで、この場では頷く気になれなかった。
息をついて周りを見渡す、ここはルーパウロの中心にある大樹の島であり、その大樹は空中に浮遊している。下を見回せば、水源地には水が生き物のように跳ねているし、山を見れば火の鳥や岩が闊歩していた。風はいつも笑いながら悪戯をしているし、月が泣けば雷が落ちるような場所。
勿論人はいないが、このルーパウロの住民達をずっとそう呼ぶには違和感があった。地上に生きる者達に、人間や動物、虫という個別の名前があるように、彼らにも呼び名があれば良いのに。
霊力と魔力を司る自然界の清らかな者達。
「人間達は、お前達の事を【精霊】と呼んでも良いだろうか?」
「精霊?」
「ルーパウロという名は王家の者以外が口にするのはタブーとされている。しかし、エルローズが契約した者の姿はもう知れ渡っている。ならば人間が呼ぶ名を考えても良いかと思ったんだが」
「精霊ね、いいんじゃない? 妖精という生き物も地上に放った事だし」
「ありがとう、そう呼ばせてもらうよ」
ならば、と。ルーパウロの主であるメティスの事はなんと呼ぼうか……。
「精霊達の主であるお前の事は【精霊王】と呼ばせてもらうとしようか」
「人間の王とは違って唯一無二だというのに王と呼ぶの?」
「その方が人間達は噛み砕きやすい」
「人間がどう思うかなんて意味の無い事だからね、お好きにどうぞ」
「帰還したらエルにも教えてやらないと、はしゃぎそうだ」
僅かにメティスが怪訝そうな顔をしている。そういえば今日はずっとこの顔の繰り返しだった気がする。
「どうした?」
「そのエルって呼び方、いつから?」
「つい最近からだな、共に暮らすようになって大分時間も経ったし、愛称で呼ぶようにしたんだが……それが何か?」
「変」
何が変だったのか。
その日、メティスの機嫌はずっと悪いままだった。
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