56-3 「命を賭けた願いを必ず叶える」


「まあ、王家から婚約を破棄されて行き場が無くなったら、将来俺が愛人としてもらってやってもいいんだぜ!」

「あのですねぇっ、まず本当にこの計画を実行した所で貴方の思い通りには……」


 と、考えて怖ろしい事に気がついてしまった。

 私がアフィンを好きになって不貞を働いたという事になったとして、それを王家が、いやメティスが聞いたとしてどうなるか。


 婚約破棄どうこうの前に、世界が滅びるんじゃないだろうか?!


 だってメティスつい先日言ってた! ウィズがいないと世界が生きていけないって! つまり、私がメティスの傍にいないなら世界を滅ぼすって!!

 私がメティスを裏切る疑惑が出た時点でメティスが魔王として復活して世界が危険だ!!


「寧ろ貴方の命が危険なんですが!!」

「フンッ、今更怯えた所で状況は変わらないぜ」

「貴方に怯えているんじゃなくて世界が危なくて震えてるんですけど?!」


 どうしよう?! この人をぼこぼこにして逃げる事は簡単だ! けど、部屋に二人きりになったのは事実であり、この事態がメティスにバレてしまったら、メティスがアフィンを殺しそうじゃない?! 殺しは魔王覚醒トリガーになるから駄目絶対!

 かと言って、私が薬を飲まされて浮気疑惑を出されたとしても、メティスは私に裏切られたと思って魔王覚醒して世界が……。


「詰みました!!」


 どう頑張っても魔王様が復活して微笑む未来しか見えない! もうこうなったら、アフィンを心身共に徹底的にボコボコにして脅すしかない?! もう駄目! 私の頭じゃ力で解決する方法しか浮かばないよ!!


「さて、そろそろメイドがやってくる頃だ、大人しく薬を飲め。俺に惚れたのが運の尽きだったな」

「惚れてない!! とにかく離っ」


 急所を蹴り上げて一先ず逃げようと思った矢先、まだ何もしていないのにアフィンがベッドに倒れ込んだ。

 気絶……している? でも、突然なんで?


「大丈夫っ?」

「え」


 起き上がると、目の前には息を切らせて立っているリュオ君の姿があった。


「リュオ君?! どうしてここにっ」

「窓から侵入……っした! 嫌な予感もしたからっ」


 リュオ君は倒れているアフィンを汚い物をみるかのような目つきで見下ろし、舌打ちをした。


「コイツ、黒い噂が絶えないから……何人もの令嬢がコイツに言い寄って、その度迷惑料をコイツが貰っているとか。まさか本当にしていたなんて、屑だな」


 リュオ君はしゅんと落ち込み、私に謝罪した。


「ごめん……こんな目にあわせて、俺が頼んだばっかりに」

「ううん、大丈夫だよ、世界を魔王様から救ってくれてありがとう」

「え?」

「いえ、こちらの話です」


 最悪な事態は一先ず防げたあとはこの人をどうするかだ。


「アフィンが突然倒れたのってリュオ君がやったの?」

「あ……うん、俺ちょっとは戦えるから、二階からここに侵入して、後ろから首をついた」

「すごーい! 気配が全然しなかったよ! 強いんだね!」


 リュオ君は何も言わず小さく笑う。

 その時、部屋にノックが飛び込んできた。


「ウィズ様、湯浴みの準備が整いました」


 メイドさんの声だ! アフィンの話からして、このメイドさんもきっとグルだ!


「どうしようっ、私とアフィンが一緒にいるのを見られてしまう訳にはっ」

「アフィンが一人でこの部屋にいたって事にしたらいいんだよ! アナタは最初から別の部屋にいたって事なら問題はない!」

「で、でも」

「誰にも見られてない今ならまだ間に合うよ!」


 リュオ君はベットから毛布を剥ぎ取ると、それを私と自分に被せて部屋の隅に寄った。


「魔法! 気配を消すやつかけて!」

「はっ、はい!」


 リュオ君に言われた通り、気配消しの闇魔法を唱える。リュオ君と寄り添いながら部屋の隅で縮こまった。


「失礼します」


 メイドが部屋に入ってくる、今度はご丁寧に五人連れで入ってきた……目撃者を多くしたいんだろう。


「あら……ウィズ様は?」

「アフィン様しかいませんが」


 メイド達は辺りを見回して私の姿を探している。どうか見つからないでと身体に力が入ってしまう。


「アフィン様とウィズ様が二人でこの部屋にいる筈ですが……」

「探して! どこかにいる筈だわ!」


 メイド達は焦りだして、洋服棚やベッドの下までくまなく私の姿を探している。気配が薄くなっているせいで、部屋の隅にまでは目がいかないようだ。


「湯浴みは今日はいいって言ったのに俺の話も聞かずに部屋に入って、今度はなんの騒ぎっすか」


 メイド達が騒ぐ声にフレッツが部屋の中を覗き込んだ。


「騎士様! 御令嬢がいなくなってしまったのです! この部屋に入ったお姿を貴方も見たでしょう?!」

「んー?」


 フレッツは部屋をくまなく見回し、アフィンの姿を見つけてから不愉快そうな顔をして首を横に振った。


「いいえ? 俺はウィズ様がこの部屋に入った所なんて見てないっすけど?」

「う、うそおっしゃい! 私がウィズ様を送り届けた時にアナタもいたでしょう?! だからこそここで護衛をしていた筈!」

「いやぁ、俺は今片想いの愛しい相手と遠距離してて傷心中なんで、気分転換に散歩してたんすよ、ウィズ様の部屋は別の部屋だったと思うんすけど」


 フレッツ……! きっとこの状況を見て把握してくれたんだろう。私に不利にならないように話をあわせてくれてありがとう!

 フレッツはメイドさんをジトリと睨み、壁に寄りかかった。


「男一人寝てる部屋にうちのお嬢様がいると何故思ったんすかね?」

「だって! 私が送り届けたもの!」

「へえ……男が控えている部屋にポジェライト家のお姫様を送り届けたと、アンタはそう言ってるんすか? 俺はずっとこの部屋の前にいたけど、誰も入ってはこなかった。つまり、最初から部屋に男がいたのにうちのお姫様を部屋に招き入れるという失態を犯したと?」

「そ、それは、ちがっ」


 フレッツはいつも通り表情を変えない、けれどその静かなオーラには確かに怒りを滲ませて腰に携えている剣の柄に手を掛けた。


「ポジェライト家を敵に回したらどれ程怖ろしいのか、今ここで証明してやってもいいんだぞ」

「ひっ!」

「こ、ここにはウィズ様はいないわ!」

「そうよ! 部屋を間違えたんだわ! 行きましょう!」


 フレッツの横をメイド達が怯えた様子で走り去っていき、部屋には静寂が訪れた。


「やれやれ……」


 フレッツは首に手をあてて、首を左右に動かしてから背を向けて去り際に手を振った。


「ヤバイ匂いがするんで、一度ヴォルフ様に報告してきます。姫さんはこの部屋に隠れたままでいてください」


 そして、わかりきったというように笑みを零した。


「無理なんでしょうけど」


 フレッツの立ち去る足音が段々と小さくなっていく……私に緊急事態っぽいから静かにしておけと言いつつ、計画通り自由に動ける選択も選ばせてくれた。

 護衛として正しいかといえば駄目だろうけどね! 私は好き!


「むぐぐ……!」

「あれ?」


 はたと気がつくと、私は力の限りリュオ君を抱きしめてしまっていた!


「ご、ごめんね?! 力んじゃってつい!」


 ぱっと離して解放すると、リュオ君は何度か噎せて息を整えていた。


「圧死するかと思ったっ」

「骨が折れてないうちは大丈夫!」

「抱きしめて骨が折れるなんて事あってたまるか!」


 あるんですよ、世界にはたまらんと抱きしめて骨を折っちゃう程の愛情表現がね。


「あれ?」


 リュオ君の足下に光るペンダントが落ちている事に気がついて、それを手に取った。

 女神様の彫刻が彫られていて、赤、青、緑色の小さな丸い宝石が埋め込まれている。


「これリュオ君のかな? 綺麗なペンダントだね、結構厚めの……」

「見るな!」


 奪い取る勢いでリュオ君は私の手からそれを奪還して、自分の胸に抱きしめた。


「りゅ、リュオ君?」

「ご、ごめん……でも、これは凄く大切な人がくれたものだから……」


 今にも泣き出しそうな顔で、ぎゅうっとペンダントを握りしめている。


 触れちゃいけないんだろう、リュオ君にとってとても大切な物だという事は分かった、私が踏み込んではいけないという事も。


「リュオ君、足の怪我は大丈夫なの?」

「え……うん、平気、痛むけどなんとか歩ける」

「よし! じゃあ、おまじないしちゃおう!」


 バッと両手を広げて満面の笑顔でリュオ君の頭を抱きしめた。


「いたいのいたいのコブラツイスト~!」


 リュオ君はキョトン顔だったけど、すぐにプハッと噴き出した。


「もうっ、全然痛いの治らなさそうっ」


 二度目の挑戦はどうやらウケたようですね、勝利のガッツポーズですよ。

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