57-1 逆鱗に触れた

「リュオ君足の怪我は本当に大丈夫?」

「平気、こんなの怪我のうちにはいらない」


 気配消しの魔法を維持したまま、リュオ君と手を繋ぎながら屋敷内を探索する。

 リュオ君は平気だって言うけど、お医者様は折れているかもって言ってたよね? 怪我の部分は固定されているけど、どうみても足を引きずっているのに。


「治癒術士さんがいればよかったんだけど……」

「そんな貴重な魔法を俺に使っちゃ駄目だよ」

「怪我をしている人の治療に対して格差なんてあっちゃいけなんです!」


 リュオ君は驚いたように瞬きをしてから、くすぐったそうに笑った。


「面白い考え」

「面白くないよ、これが普通じゃなくちゃいけなんだよ」

「アンタ優しすぎ」


 やっぱり連れて行くのは得策ではないだろうかと、空き部屋にリュオ君を隠してから私一人でも屋敷内を見て回ろうかと考えていると、リュオ君はそんな私の考えを見透かすかのように顔を歪めた。


「この屋敷の造りを知っているのは元使用人の俺だけなんだから、今更置いて行くなんて言わないでよ」

「でも……」

「そんな悠長にしてられないでしょ、味方への連絡は護衛騎士がしてくれるとしても、あの屑が目を覚まして騒ぎ出したら厄介だし」


 あの屑とはアフィンの事だろうか? 中々に辛辣君だ。


「わかったよ、でも辛くなったらすぐに言うんだよ? そしたら私がお姫様抱っこして連れて行くからね」

「なんっっでお姫様抱っこなんだよ、せめて普通に抱えるか、引き摺っていってよ!」

「嫌だよ! お姫様抱っこするのは乙女のロマンでしょ?!」

「いや! お姫様抱っこされるのが女の子の憧れであるべきだろ?! なんでする方がロマンになってんだよ!!」


 したいでしょうお姫様抱っこ!! こう抱えて「お怪我はないですか?」とか「君は羽根のように軽いね」って言って歯を輝かせて微笑んでみたいものでしょう?!


「私の好感度高い人達をいつか全員お姫様抱っこするのが私の夢だから」

「アンタ外見詐欺って言われた事ない?」

「リュオ君は絶対に帰り道でお姫様抱っこして連れて帰る」

「ムキになるな、煌めく顔でこっち見るな」


 鋭いツッコミで切り伏せられる! 何故だ! くそぅ!


「……静かに、見てあそこ」


 リュオ君に手を引っ張られて壁際に身を寄せて隠れる。そして、曲がり角の先を見るように促された。


「この道、屋敷の兵士がやたら多いでしょ?」

「うん……確かに」


 通路の前に兵士が三人、更にその奥の部屋の扉の前に兵士が一人ずついる。こんな狭い通路の先にぱっと見ただけでも十人の兵士はいるだろう。


「……地下牢に移されたんだ」

「地下牢?」

「その……捕まってる子がいる場所だよ、普段は一階の隔離部屋に押し込まれてるんだけど、きっとアンタ達が来訪したから地下に隠したんだ。見つからないように念の為になのか……こんな日だろうが、魔力を搾り取ろうとしてるのか」


 リュオ君は壁に爪をたてて、怒りに震えている。


「つまりこの先の部屋に地下へ続く扉があるの?」

「一番奥のアトリエの部屋、そこに隠し扉がある」

「リュオ君よく知ってるね?」


 ここの使用人だったらしいけど、下っ端じゃ絶対知らないような極秘情報を知っているよね? こんな小さい子が重役な訳ないだろうし。あ、でも偶然知ってしまったから追い出されちゃったのかな?


「俺の事はいいから、こっそりこの先に行こう」

「パパを連れてきてからの方が良い?」

「あっちはずっとマークされてるから動けないじゃん、ヴォルフ様がここに向かったら絶対屋敷の奴等がまた別の場所に隠す筈だよ。別の場所に隠されたら俺じゃもう分からない」

「そうだね……じゃあ、私がいっちょやっちゃいますか!」

 危機手首を掴んでから、ぐっと拳を握った。


「えっ、何する気?」

「魔力は温存したいからね! 力尽くで突破します!」


 ドレスに縫い付けられていたまん丸なボタンをぶちっと取って、私がいる場所の反対側の床へと投げ捨てた。

 カツンッという軽い音が辺りに響き渡り、その場にいる兵士達は全員その音の方を向いた。


「なんだ今の音は……」


 直ぐさま飛び出し、死角にいた兵士の背後に回りこんで首の後ろに手刀を打ち込んだ。

 その兵士が倒れる前に、次に手前にいた三人の背後に回り、右端にいた兵士の頭を掴んで隣の兵士の頭にぶつけた。


「ぐあっ?!」


 最後の一人も巻き込みたかったけど、流石に出来なかったので私の方を向く前に頭を掴んで壁にぶち込んだ。


「あがっ?!」


 ここまでいっぺんに四人をのした。四人が床に倒れ込んだ時、ようやく他の兵士達は私の存在に気づく。


「な、何者だ?!」


 気配消しの魔法を使おうが、ここまで大きく動いてしまうと、相手にぼんやりとでも存在が認識出来てしまう。

 ならもう、ここからは奇襲じゃなくて正面からぼこぼこにします。


「悪い夢を見たと思って見逃してね!」


 兵士が剣を抜いて振りかぶってきたのを軽々と避けて、目の前に躍り出る。そして、兵士の鳩尾に蹴りを食らわせた。


「ぐふっ?!」


 しかし残念な事にまだ子どもな私は一度で気絶させられる程の力がない。例えるなら寝転がっている時に小型犬がソファーの上からお腹に飛び乗ってきて結構痛い、位の力だろう。


 なので、確実に落とす為に連続で十数回蹴りをぶち込みます。


 ドドドドッと目にも止まらぬ速さで同じ部位に的確に蹴りを打ち込み、相手を叩きのめした。


「お! いい武器もってるね!」


 倒した兵士の腰にぶら下げられていた小型のハンマーを奪い取る。

 いいね! 護身用に持っていたんだろうけど、これはとても使えそうですね!


「子どもに何を手間取っている! 早く大人しくさせるんだ!!」


 なんて兵士が言っている時間すら隙であるのだ。戦場でそんな大口開けて騒いでいたら命取りだぞってパパが言ってたよ。

 なので私はその隙に駆け寄って近づき、ハンマーを振り回しながら回転して兵士達へと突っ込んでいった。


「ぐああああっ?!」

「うあああっ?!」


 ハンマーでぶっ飛ばされて壁に身体を強打して次から次へと倒れていく兵士達。

 うん! やっぱりスピードは大事ですね!


「こっっわ……」


 そんな私を壁際に隠れながら青い顔しながら見ているリュオ君。

 いいんだよ、素直に褒めてくれても。


「ふぅ! 綺麗に片づきました!」

「地獄絵図の間違いじゃ……」


 全員を気絶させてから手をパンパンと払う。リュオ君は倒れる兵士達を避けながら近寄ってきた。


「さあリュオ君! この人達が目を覚ます前に地下へ行っちゃおう!」

「う、うん」


 若干引いている気がするリュオ君と共に、見張りが居なくなった一番奥の部屋に入る。

 リュオ君の話の通り、部屋はアトリエになっていて、大小様々な油絵が飾られていた。


「描きかけの絵も結構あるね」


 イーゼルがあちらこちらに立っていて、そこには描きかけの絵が乗せられていた。

 アフィンが本物の五倍ぐらいイケメンに描かれている絵があったりしたので、嘘は良くないと思い額に「この絵はフィクションです」という字を書き足しておきました。


「あの絵だ……」


 私が文字を書いている内に、リュオ君は暖炉の隣の壁に掛けられた絵を剥いで、その下にあったレバー式のスイッチを見つけた。


「それは?」

「見てて」


 リュオ君が背伸びしてそのレバーを引くと、ズズズ……と音を上げながら暖炉が部屋の奥へと引いて、そこに地下への階段が現れた。


「凄い! 忍者屋敷みたい!」

「ニンジャ?」

「な、なんでもないよ! 下に行ってみようか!」

「うん、地下への階段はこの一本だけみたい、部屋も一つしかないしその奥に牢屋があるよ」

「なるほど狭い空間っていう事だね? また気配を消して進もうか」


 リュオ君と手を繋いで地下への階段を降りていく。


 一歩、二歩と進んでいく度に……ドクドクと心臓の音が大きくなっていった。



(ああ、よかった……辿り着く事が出来そうだ。前は見つける事が出来なかったから)



 静かに地下の扉を開けて、扉の隙間から中の様子を確認する。

 冷たい石の壁で出来た薄暗い空間、窓一つない。

 地下部屋の奥にはリュオ君の言った通りに牢屋があって、そこに誰かが居るようだった。


「少ない! 少ない!! 何故これしか魔力付与が出来ないの?! 昨日はもっと出来ていたじゃないの!!」

「……っ」

「なによその目、随分反抗的になったじゃない?」

「奥様、躾をしますか?」


 やたら煌びやかなドレスを着た恰幅の良い女性は隣に立つ執事服の男に奥様と呼ばれていた……どうやら、オヴェン子爵家の奥様のようだ。具合が悪いから出てこられないと言っていたのはどうやら嘘だったようだ。


 そして、地面に這いつくばる小さな子どもの姿。


 銀色の髪は胸元まで到達する程長く、前髪も同様に長く伸び放題になっていた。酷く痛んで見える事から、日頃から手入れなどされていなかったんだろう。

 私よりも小さなその子は、怒りと憎しみに染まった瞳で夫人を睨みあげた。



 その瞳の色が銀の髪の隙間から見えた途端、どっと汗が噴き出した。



 今でも忘れはしない、私の大切な記憶。


 助けてあげたくて、小さな身体で屋敷の中を走り回った事。


 ようやく会えた時に、私の指を握ってくれた暖かな小さな手。


 助けたかったのに、力不足で離ればなれになってしまった大切な子。



 その子は、パパとそっくりな銀色の髪と、日だまりをいっぱい吸い込んで光り輝いているかのような、赤い瞳だった。



 その瞳が目の前にある、あんなに可愛らしくて幸せいっぱいだった笑顔を消されて、ズタボロに傷付けられて転がっている。



 今、目の前で苦しんでいるのは……私の弟だ。

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