56-2 「命を賭けた願いを必ず叶える」
「これはこれはポジェライト辺境伯様っ、私どものような下級貴族の屋敷においでくださるとは光栄の極みでっ」
「堅苦しい挨拶は不要だ、予定もなく突然訪問して悪かったな」
「いいえとんでもございません!」
夕暮れ時になり、急ぎ伝令を出したオヴェン子爵家の家にパパとポジェライト家のみんなでやってきていた。
といっても、大行列で訪れている訳で、実際に屋敷の中に泊まるのは私とパパ、そして護衛のフレッツの三人だけだ。他の皆は屋敷周辺で野宿をする事になっている。リュオ君も野宿組と一緒だ。
リュオ君の場合は、彼はオヴェン家の闇について告発した使用人だから、姿を見られる訳にはいかないというのもあるんだけど。
これは秘密の潜入調査という奴だ、フフフ……そちら方面は私は得意だから任せてくれたまえ、地味だけど。
「妻は少々体を壊しておりまして、いやはや挨拶も出来ずに申し訳ございません!」
「いや、こちらの事は気にするな」
「お父様の仰る通りですわ、オヴェン子爵のお心遣い感謝致します」
みよ! この数年で鍛え上げられた猫かぶり……じゃなかった! 淑女教育の成果を!
胸元に手をあてて申し訳無さそうな顔を取り繕って笑って見せた。私は無害なか弱い令嬢なので危険じゃないですよ~作戦だ!
「おお! 貴方様が噂の第二王子殿下の婚約者のウィズ様でございますね!」
「う、噂ですか?」
「ええ、精霊の絆の盟約で結ばれたメティス様の婚約者様ですから! それにメティス殿下も色々と貴女様の事をお話しておりまして」
色々って何?! メティスは周囲に私の事をどんな風に伝えているの?!
飛び跳ねて驚きそうになる所をなんとか笑顔を取り繕って受け流した。
「うちにも息子がおりましてね、アフィン挨拶なさい」
オヴェン子爵の隣に控えていた息子のアフィンが、一歩前に歩み出てきた。
つり目で黒髪、少々きつめの印象を受ける顔立ちの少年だ。年齢は十四歳位だろうか?
「お目に掛かり光栄です! 第二王子の至宝にこのような形で出会えるとはなんと幸福な事でしょう!」
だ、第二王子の至宝ってなに? 初耳ですけど?!
「まさかこんなにお可愛らしい方を隠していたとはメティス殿下もお人が悪い、何もございませんがゆるりと過ごされてください」
手を差し出されたので、なんだろうとその手を取ると口元に寄せられて手の甲に口づけられた。
うわぁおっ、そうだった貴族のご挨拶ってこういうのだった! でも、こういう事態になると思っていなかったから手袋してなかったんだよっ、すみませんね、その手はさっきまで泥まみれのジャガイモを選別していた手です! 騎士団のみんなの御夕飯の手伝いをした時にね!
「ありがとうございます、一晩ですがお世話になりますね」
「ええ、我が家と思ってゆっくりとお過ごしください」
私の手に頬を寄せたまま、どことなく不気味な笑みを浮かべる。
申し訳ないんだけど、ちょっとゾゾゾだ。
アフィンと私の間にパパが「失礼」と言いながら割り込んで来た。
「娘はか弱い令嬢であるがゆえ疲れている、早々に休ませて頂きたいのだが」
「おお、そうでしたな! お食事の用意をしております、どうぞこちらへ」
パパがチラリと私の方を見た。私はパパにしか分からない程度に目を動かして合図を返す。
「申し訳ございませんが、私は長旅で疲れ果てていまして、先に休んでも構いませんか?」
「おお、それは気がつかず申し訳ない! これ、アフィン、ウィズ様を賓客室までご案内してさしあげろ」
その声にパパだけでなく、大人しく控えていた筈のフレッツまで眉をあげて反応した。
「……令嬢の休む部屋への案内を年頃の男にさせるとはどういうつもりだ」
「いえいえそんなつもりでは、ただメイド達は最近雇った者達ばかりでしてね、迷ってはいかぬと思いましてアフィンに案内をさせようと思ったのです」
「父上、確かに失礼ですよ、これでは気遣いが裏目に出てしまいます」
「違いない! いやはや失礼しました!」
子爵は手を叩きメイドを呼びつけた。
「ウィズ様を例のお部屋へご案内して差し上げろ」
「畏まりました」
メイドさんがコチラへどうぞと案内をしてくれたので、護衛のフレッツと一緒にそれについて行く。
ここに来る前に話し合った通り、パパはオヴェン子爵と食事をして子爵の足止めをする事になっている。
そして、休む為に部屋に行った私は早々に休みたいと告げてメイドさん達を引き上げさせてから、気配消しの魔法を屈指して屋敷の中を探索する……という計画だ。
仄暗い明かりしかない通路を、メイドさんの案内に従い歩いていると、フレッツはこっそりと私に耳打ちをした。
「やはり、少々この屋敷は妙っすね」
「そうだね……」
まず、私とパパを出迎えた使用人の人達の人数が少ない。メイド一人と執事が二人控えていただけだった。
馬車に降りてから屋敷に入るまで、ずっと視線を感じていた。まるで、私達の事を監視するかのように、影からこっそりと……その視線の主は現れていない。
それに、廊下を歩いていると分かれ道が幾つかあるけど、その分かれ道には必ず兵士が立っている。普通に考えて屋敷の中を兵士が道を塞ぐような形で警備するだろうか?
まるで、部外者が屋敷の中を自由に歩くのは好ましくないと見張っているかのようだ。
僅かな違和感達ではあるけど、リュオ君の話を聞いていた手前、疑惑が膨らんでいく。
英雄と名高いポジェライト辺境伯の来訪だというのに、出迎えの者達を減らしてまで、邸内を警備するこの異様さの原因は……リュオ君の言った通りに、誰かを監禁しているからじゃないのだろうか?
オヴェン家が黒にしろ、白にしろ、今夜は寝ずの覚悟で隅々まで調べてやるもんね!
そうこうしているうちにメイドさんが私が今夜借りる部屋の前まで連れてきてくれた。結構歩いたので、お屋敷の三階の角部屋までやってきてしまったようだ。
「湯浴みの準備ができ次第再びお声かけ致します」
「ありがとうございます」
メイドさんに挨拶をして、フレッツに目配せする。
私は部屋で休んでいるうちに疲労が溜まって寝てしまったので、湯浴みは明日の朝にお願いします、という流れになる予定だ。メイドさんが戻ってきたら扉の前で護衛をしているフレッツがそう言ってくれる手筈になっている。勿論部屋には誰も入れない。
だというのに、メイドさんは挨拶を終えても去る気配がない。
「あの?」
「ご主人様の命令はウィズ様を部屋まで送り届ける事でございます」
「はい、こうして送っていただきましたので」
「お部屋に入るまでがわたくしの仕事でございます」
メイドさんは扉を開けて、私にどうぞお入りくださいと促す。
フレッツと顔を見合わせて、仕方ないから取りあえず一度部屋に入る事にする。ちょっと時間が経ってから出てくれば良いもんね。
「ご案内ありがとうございました、では……」
私が部屋に入ると扉は閉じられた。
部屋の中はそこそこ広くて、部屋の奥にベッドがあることは見えたけど、暗いせいで他はよく見えない。
あれ? メイドさん部屋の明かりを付け忘れたのかな?
ランプの魔道具はないのかと手探りで壁伝いに探そうとした時だった。
「この部屋はお気に召していただけましたか?」
「へっ?!」
誰もいない部屋の中から声がする、暗闇に目を凝らすと窓際のカーテンが僅かに動き、そこから人影が現れた。
「アフィンさんっ?! どうしてここにっ」
「そんな事はどうでもよいのです」
アフィンさんは距離を詰めると、私の腕を奪い取った。
「結果が全てですから」
「へあっ?!」
視界が傾いたと思ったら、アフィンにベッドに押し倒されていた。
「いやぁ、近年うちは最高についているぜ! 金を生む悪魔は手に入れれるわ、王家の婚約者は来訪するわで、笑いが止まらないぜ、ハハハッ!」
口調が変わった、きっとこちらの方が素なのだろう。
押し倒されながら手首を押さえつけられているので、身動きがとれない。
「外には私の護衛がいるのですけど?」
「知ってるさ、だから防音魔法が施されたこの部屋に連れて来させたんだ。アンタの護衛は部屋の中で何が起きているかなんて気づきもしないぜ」
最初からこの機会を狙っていたという事だろう、計画的犯行だ。
力尽くで振り切れるだろうかと、一応腕に力をいれて抵抗してみたけど、びくともしなかった。
くそぅ! これだから筋肉があればといつも言っているのに! まあ、逃げる方法は1つじゃないから焦りはしないけど。
「何が目的ですか? もしや、私の命を狙っているのでしょうか?」
新手の刺客かとも考えたけど、アフィンは小馬鹿にしたような顔で笑い出した。
「普通の令嬢だったら恐怖で震えて泣き喚くだろうに! あはは! いいねぇアンタ、本当に俺がもらってやってもいい」
「はいぃ?」
もらうとはなんだ、やっぱり命だろうか? どちらにせよ、いつまでも覆い被さられていては不愉快だ。
「安心しな、別に本当に襲おうとは思ってないさ。アンタが俺に惚れたという証だけ残しておいてくれればそれでいい」
「…………ちょっと何を言ってるか分かりませんね」
思わず真顔になってしまう。
言葉の通り、何を言っているのか分からない。
「シナリオはこうさ、偶然この屋敷にやってきたポジェライト家のお嬢様は麗しいオヴェン家の長男に一目惚れしてしまう」
「HITOMEBORE?」
思わずキレキレの発音が出てしまう程何を言っているのか益々分からない。
人それぞれの趣味があるので、外見をどうこういうつもりはないが、少なくとも私がアフィンにかっこいいと悶える事はない。
私の個人的カッコイイランキングはパパがナンバーワンなのだ。
「俺に一目で恋に落ちたアンタは、俺と離れたくないと思い、俺を窓から部屋に招き入れてしまった! そして、俺を誘惑している所をメイドに見られて……不貞を働いたアンタは王家に婚約を破棄されるんだ」
「婚約破棄される?!」
まさかのここで婚約破棄という言葉が出てくると思わなかった! 悪役令嬢である以上、付きまとう言葉だろうと思っていたけど、ここでフラグが立ってしまうなんてっ。
「そして、婚約者がいる俺に色目を使ったアンタは賠償金を俺に支払うんだよ、ポジェライト家が抱えている魔道具の権利と一緒にな」
「まず私はそんな事しないですし!」
「もしアンタが潔白を主張しようがそういうシナリオが出来上がるんだよ! 第一発見者はうちのメイドと! アンタの護衛! 俺にしな垂れかかるアンタの姿を見たら、一体どちらが本当の事を言っていると思うかな?」
「しなだれかかったりなんかしませんし?!」
というか私現在十歳なんですけど?! いくら異世界で恋愛の年齢が引き下がっているからって、十歳がそんな積極的なアプローチしますかね?!
「安心しなよ、そうなるように薬も用意してある」
ポケットからなにやら小瓶を取りだし私に見せてきた。赤紫色のそれが闇夜の光を浴びて妖しく光る。
「これを飲めば呂律が回らなくなり、しばらくは意識も朦朧となるさ」
「こんな事をして! バレたら危うくなるのは貴方達ですよ!」
先程、アフィンに部屋まで私を送れと言った所をみると、子爵もグルなんだろう。ポジェライト家がここに来ると聞いて、こんな馬鹿げた計画をたてたに違いない。
「そんなにお金が好きっ?」
「ああ?」
「最近随分と魔道具で稼いでいるらしいじゃないですか、それでも満足しないのでしょうか?」
アフィンは高らかに笑い出した。
「ああ好きだね! 金があればどんな願いでも叶う! 今まで俺を馬鹿にしていた貴族共は魔力付与された魔道具欲しさにへいこら頭を下げ、女達も俺に言い寄ってくるようになった! あと少し……あと少し金が集まれば更に上の爵位だって手に入れられるんだ!」
アフィンに顎を無理矢理掴まれて顔を上向きにされる。
「権力者には、いい酒といい女がつきものだろ。惜しいな、アンタがあと五年……いや三年経てば極上のいい女だったってのに」
「それはどうもありがとうございます!」
睨もうが抵抗しようが、アフィンは楽しそうに笑うだけだ。
金を生む悪魔……と、アフィンは確かに言っていた。
この家に富をもたらした何かが、確かにいるという証言だ。
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