56-1 「命を賭けた願いを必ず叶える」
「お、俺の名前はリュオ、です」
馬車に轢かれかけた男の子が泣き止んでから、事情を聞くため為に路肩に座って、ポジェライト家のお医者様に怪我の具合を看て貰っていた。
その間、じーっと穴が空くかという程、男の子の顔を隣で見ていたら、男の子はようやく自分の名前を口にした。
「リュオ君って言うんだね」
「うん……」
「私はウィズだよ、ポジェライト家のウィズ」
私が名乗ってもリュオ君は俯いてしまい、それから先は何も言わない。
「リュオ君の怪我の具合はどうかな?」
「身体に打撲傷が複数と、もしかしたら足の骨は折れているかもしれません」
「えっ?! でも馬車には轢かれていなかったんだよね?!」
「その様に見えたという話だけでしたから、もしかしたらぶつかっていた可能性もありますね」
もし馬車に轢かれていたとしたら、こんな怪我を負ってしまったのも納得だ。
「これは絶対にこの子の家まで帰してあげないといけないね! 怪我を負わせてしまったのはコチラなんだしね!」
「ウィズ様、貴族の馬車の前に平民が飛び出して轢かれてしまったとあれば、寧ろ罰せられるのは平民の方なんですよ」
「命の重みを計る貴族社会って汚いね」
思った事を正直に口にするとお医者様は苦笑いをした。
おっと、今のは思っていても言っちゃいけない言葉だったようだ、どうにも感覚が前世の方に引っ張られているから、貴族だから常識だという考えにならないよ。
「でも、パパもこの子をこのままにしておくつもりはなさそうだよ」
パパは先頭の馬車が止まった事で、何事だと心配する後方部隊の方へ事情を説明しに行っているようだ。
家を聞いても分からない、親の名前も答えないリュオ君を一人置いていけず、近場の町へ連れて行く為のルートを相談しているのだとか。
「姫さん」
リュオ君の事をじっと見つめていると、フレッツが私に声を掛けてきた。
「治療が済んだら後方の馬車へ戻れとヴォルフ様から伝達だ」
「はい、では私はこれで」
お医者様は頭を下げてから戻っていく。
そして、フレッツは身を屈めると私とリュオ君を交互に見た。
「姫さん随分とこの子どもの事を気に入ったみたいですね」
「えへへ~わかる?」
「そんな子犬を見つめるみたいな目で見ていたら分かりますよ」
そんな目でリュオ君を見ていたんだねぇ。いや、だって可愛くない? まん丸お目々も、まんまるな頭も、ぷにぷにほっぺも、どこをとっても可愛いくてね!
「年齢はいくつかな? 私よりうんと小さいよね~」
「……アンタは、いくつ?」
「え? 私? 十歳だよ!」
「じゃあ七歳……いや八歳」
「八歳かぁ~!」
ちょっとツンとした所もまた可愛いな~! なんでこんなに可愛いと思うんだろう? 本能で可愛いと思ってしまっているんだから仕方ないね!
「ヴォルフ様から姫さんにも伝達です、もうすぐ日が暮れて夜に山道を通るには魔物が危険だからと、近くの貴族の屋敷を一夜借りる事にするそうっすよ」
何故かピクリとリュオ君が反応した。
「貴族のお屋敷って? みんなで行くの?」
「全員は無理でしょうね、姫さんやヴォルフ様は邸内の客室を借りるとして、俺達兵士は外で野宿する予定です」
「野宿?! いいなぁ! 私もみんなと野宿したい!」
「駄目っす、俺達のお姫様を準備不足な状況で野宿させるとか酷すぎて誰も許しません」
「そんなぁ……」
ガックリと肩を落とす。みんなでキャンプファイアーしたかったなぁ。
「一番近くだとフレン子爵家の屋敷がありますけど、そこなら中立なお家なので問題ないでしょう。少し離れた先にマーリエ男爵家と、オヴェン子爵家もありますが、そこは繋がりが無いので除外して」
「オヴェン子爵家?! 痛っ」
リュオ君が突然立ち上がり、その勢いで怪我をした足が痛んだのか足を抱えて蹲った。
「だ、大丈夫? 急にどうかしたの?」
「……っ」
リュオ君はぐっと両手を握りしめると、私に詰め寄ってきた。
「オヴェン子爵家にっ、行ってください!」
「え? でも」
「俺っ、そこから逃げて来たんです!」
リュオ君は必死の形相で私の肩を掴んできたので、フレッツがすかさずリュオ君の首根っこを掴んで私から引き離した。
「うちのお姫様に気安く触るな」
「離せ! 離せよ!」
「落ち着いてフレッツ、リュオ君のお話聞いてみようよ」
「姫さんは甘過ぎます」
「大丈夫だから、ね?」
フレッツは不満そうにしつつもリュオ君を降ろし、私の後ろに控えた。リュオ君が何かしたらすぐに止める為だろう。
「逃げて来たってどうして? そこがリュオ君の家なの?」
「…………」
リュオ君は何か考えあぐねてから、決意を決めたかのように真っ直ぐに私を見つめた。
「俺はその屋敷の使用人でした」
「オヴェン子爵家の?」
「はい、でもその家主のあまりにも酷い悪行に堪えかねて……助けを呼ぶために逃げ出して来たんです」
「アクギョウ?」
「オヴェン子爵家は、一人の少年を監禁して、その強力な魔力を贄に家を繁栄させているんです」
ゾワッと鳥肌がたった。今の話の恐ろしさというより、身のうちから溢れた悍ましいという感情からだった。
私、もしかして今の話に心辺りが……あるの?
「ふ、フレッツ、オヴェン子爵家ってどういう家か知ってる?」
「そうっすね……確か三年前位から力を付け始めた家門で、魔道具に氷の付与効果を付ける事に長けているという話です。姫さんもご存じの通り、魔法付与するというのはかなりの魔力が必要になるので、王都でそれが出来る人物は数が限られます。なので、それが出来るオヴェン子爵家は魔道具製法の筋でちょっとした有名な家門だとか」
魔道具に属性魔法付与。
貴族は産まれながらその殆どが魔力持ちだ。けど、その魔力量はそれぞれ違い、幼い時に必ず魔力測定を受けて、自分の属性と魔力量を量るのだ。
その時に、魔力量が一定以上に高い者は魔塔に属するよう勧められるのだが、その数はほんの僅かなのだという。
その僅かな人達が、産まれながら持っている属性魔法を魔道具に付与する事ができるのだ。
例えば剣に炎の属性魔法を付与すれば、炎属性持ちの人でなくても炎の剣が振るえる。水属性付与の盾を持った人が炎属性の魔法使いと戦えば、その攻撃はかなり軽減される。
しかし、付与事態が稀少であるがゆえ、魔法属性が付与された魔道具というのはかなり珍しい。それを生成できるとなれば、それに見合った富と地位を手に入れる事が出来るだろう。
「氷属性の付与が出来るオヴェン子爵家……氷魔法と言えばパパもそうだけど」
「ヴォルフ様は桁違いですよ、息をするように氷属性付与が出来るでしょうけど、ご本人がその手の仕事はあまりしたがらないんで」
頷いてからリュオ君へ視線を戻す。
リュオ君の顔は青ざめ、しかし必死な形相で信じてくれと告げてくる。
「オヴェン子爵家は氷属性持ちの強力な魔力を持つ少年に強制的に付与魔法をさせているんだ。表向きは自分達の家門が付与を施していると言っているけど、事実そんな魔力はあの家にはない」
「それが本当だったら極刑ものだが」
毛布を脇に抱えたパパが私達に声を掛けながら戻ってきた。
「パパ!」
「話は聞いていたが、にわかには信じがたい」
パパは私に身体を冷やすなと言いながら毛布を掛けてくれた。
「今の話が作り話だった場合、虚偽罪で裁かれるのはお前だぞ」
「俺は……」
リュオ君は動じる事なく、決意の籠もった瞳でパパを見上げた。
「嘘なんかついてない! あの屋敷に囚われている少年を助けて欲しい! お願いだ!」
「………」
パパは無言でリュオ君を見つめている。その瞳に嘘偽りはないのか探るように。
「パパ……私からもお願い、調べるだけでいいから、そのお屋敷に立ち寄れないかな?」
「何故お前が気にしているんだ」
「わかんない……でも、すごく胸騒ぎがするの」
この胸のざわつきは……そう、前世にゲームをプレイした内容を思いだした時の感覚と似ている。
それも、今回は身の内から凄く急かされているような気がする。
早く思い出せ、手遅れになる前に早くと、自分に言われているかのようだ。
もし、ゲームでプレイした内容と関わりがある事が起こっているのだとしたら、私がそのお屋敷にいけば何かゲームの内容を思い出すかもしれない。
うぅ……こんな時にメティスが傍にいてくれたら相談出来るのになぁ。
パパは視線で宙を追い、少し考えてから頷いた。
「どちらにせよ、近くの貴族邸を借りる予定だった、オヴェン家に遣いを出そう」
「パパ!」
「だが、表向きはあくまで一晩寝床を借りるだけだ。怪しい所がなければ次の日にオヴェン家を発つ」
「あ、ありがとうございます」
パパは身を屈めると、もう一つ持って来ていた毛布をリュオ君の頭から被せた。
「顔色が悪い」
パパはマントを弾いて身を翻すと、兵士を呼びつけた。
「伝令を出せ、一人はオヴェン子爵家へ、もう一人は王都の……」
去りゆくパパの背を見つめながら、リュオ君は呆然としていた。
「取りあえず視察からしてみるってパパは言ったんだよ、それまで休めだって」
「……うん」
リュオ君は毛布をぎゅうっと抱き込んで恥ずかしそうに頷いた。
やっぱり可愛い、なんというか小動物を抱きしめてよーしよしよし! ってやりたい位の可愛らしさだ。なんだろうかこの感情は可愛らしさのドストライクですね。
「取りあえず、一緒に馬車の中でお菓子でも食べて休もう? 疲れたでしょ?」
「……」
こくんと頷き、リュオ君は私の手を握って一緒に馬車に乗り込んだ。
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