55-3 念願のポジェライト領へ
「ヴォルフ……私の耳がおかしいようだ、今ウィズ嬢をポジェライト領へ連れ帰ると聞こえた気がしたんだが?」
「ウィズはもう一人でも自分の身を守れる程度には戦えます、ポジェライト領へ帰還しても問題ないと判断しました」
「あの魔物がうじゃうじゃと湧くポジェライト領へウィズ嬢をつれて行くなんて正気か?! しかもお前の屋敷は魔の森に隣接しているだろう?! 何度屋敷が魔物に襲われたと思っている?! そんな危険な場所よりも王都に居た方がウィズ嬢を安全に守ってやれるだろう!」
「陛下、この数年で百人強の暗殺者がウィズを狙う王都のどこが安全だと?」
「くっ……しかし!」
パパの手をぐいぐいと引っ張る。パパを見上げる私の目はきっとキラキラと煌めいている事だろう!
「パパ! 私ポジェライト領に行けるの?!」
「ああ、今のお前なら問題ないだろう」
「いっぱい戦えるの?!」
「魔物なら倒してもきりがない程居るからな」
「筋トレも沢山できる?!」
「好きなだけしていい」
「やったぁあああああっ!!」
正直私は社交界のあれこれを勉強するよりも、剣を握ってみんなと戦っていた方がずっと楽しいし性に合っているんだよ! 自分でいうのもおかしいけど、これぞポジェライトの血筋って感じだよね! パパが言ってたご褒美ってこれだったんだね! 確かに最高のご褒美だよ! 今まで何度ポジェライト領へ行きたいってお強請りしても許されなかったんだから!
パパは私の腰に腕を回すと、そのまま私を抱き上げた。随分と成長したつもりで居たけど、パパは今でも軽々と私を抱っこしてくる。
「ウィズは我がポジェライト家の後継者です、産まれて一度も自分の領地に行った事がないなどおかしな話だと思いますが?」
「それはお前っ、普通の領地ではないんだぞお前の所は! せめてもうすこし成長してからっ」
「これ以上外堀を埋められては困りますので」
パパはメティスへ睨むように視線を向け、メティスはそれを受けて意味深な笑みを浮かべた。
「では報告も済みましたので、私達はこれで」
「待て待て待て! 話は終わっていないぞ!」
「この後すぐにポジェライト領へ戻ります、時間がないので失礼致します」
「すぐだと?! 聞いていないぞ?!」
「魔塔の仕事はクラリスに引き継いでおり、王都のポジェライト邸の管理はディオネに、更に国境の魔物討伐の任務を王妃殿下に命をくだされているので問題ないかと」
「何故俺だけ知らないんだヴォルフーーっ?!」
パパが小さい声でぼそっと「お前に先にいったら帰るなと五月蠅いだろう」って言ったのを私は聞き逃さなかったよ!
「では」
「ヴォルフ!」
パパが魔法で冷気を吹き上げて宙に浮き、そのまま謁見の間から飛び出していった姿を王様は焦りながら引き留める。
けど、何故かメティスだけは動揺する事もなく、どことなく悪い笑顔で私とパパの背を見送っていた。
◇◇◇
現状を理解する暇も与えられずに、お屋敷に帰ったら既に屋敷の前には無数の馬車がズラリと並んで待っていて、兵士のみんなやメイドさん、執事さん、はたまたコックさんまでもが引っ越しだと言わんばかりの荷物を積んで私とパパを待っていた。
そして、私とパパが馬車に乗り込むとすぐに馬車は走り出して、その後ろをポジェライト家の兵士と使用人のみんなが乗った馬車がついてくる。
「あれっ、もしかして今から行くの?!」
「そうだ」
「私準備なにもしてないよ?!」
「お前が城に来ている間に部屋の荷物は全て運び出しておいた」
「そ、そんな夜逃げみたいに行かなくてもっ」
「予告もなしに強行しないと、第二王子がお前を離さないだろう……」
メティスが? あ! そうだよ、メティスにお別れ言えなかった!!
「メティス寂しがってないかなぁ」
「距離を置いて頭を冷やさせた方が良い……年月が経てば互いの関係に飽きるかもしれないだろう」
「飽きる……」
今までのメティスの言葉や行動が思い出される。
メティスは私と距離を開けたら私に飽きるだろうか……?
時間と共に感情も薄れて、別の大切な人が出来て、沢山の約束も思い出に変わって薄れてしまう……。
にこりっ、と笑いパパにそれはないと思うよと手を振って否定した。
「メティスは私の事を凄く大切にしてくれてるから、飽きちゃう事はないと思うよ!」
「……随分と自信があるな」
「パパは骨が折れる程に離したくないって抱きしめられた経験がないから言えるんだよ」
「は?」
少なくとも私は長い時間会えなかったとしても、メティスへの好意が薄れる事はないからね! それはもう、四歳から六歳までずーーっと避けられ続けた件で実証済みだ。
パパはふかぁく溜息をついて、私のおでこを指で突いた。
「あうっ」
「数年、少なくともお前が社交界デビューする歳までは王都へ戻らないつもりだ」
「そうなの?」
「元々俺は王都での仕事より、領地が主体だ。娘が王都にいるから往復していただけで、本来ならポジェライト領に居着いた方が効率がいい」
私の為に、王都と領地を行ったり来たりしてくれていたという事実にじんわりと感動する。
私を領地に連れて行きたくても、今までは弱い私では危険だと思っていたんだもんね。でも、その原理からすると、私を襲ってきた暗殺者達よりも、魔物達の方が危険度が高いという事になるね? なんですかそれ……すごくワクワクしてきたよ!
「馬車でポジェライト領へ向かうには数日かかる、時間を持て余すなら寝ていても構わないが」
「ううん! 凄く楽しみだから景色を眺めながら行くよ!」
「そうか」
パパは長い足を組んで誇らしげに笑った。
「辺境の地、ポジェライト領へ向かうと聞いて、萎縮するでもなく喜ぶとは、お前は間違いなく俺の娘だな」
「えへへ~っ」
窓の景色を眺めながら、まだ見ぬポジェライト領を想像しながらわくわくが止まらない!
突然すぎる出発になっちゃったからメティスにちゃんとお別れ言えなかったなぁ。さっきの様子からして、メティスもちゃんと受け入れてくれていたみたいだし、領地についたら真っ先にお手紙書かなくちゃね! あと、暫く帰れないけどたまに王都に遊びにいって会う事は出来るだろうしね。うんうん大丈夫、本当はちょっぴり寂しいけどね。
そういえば、アイビーはメティスに問い詰められたあの日以来姿を見せてないんだよね。引きこもっているのか、眠っているのか分からないけど、次に起きた時に居場所がポジェライト領になっていたら驚くかな?
ガタガタ、ゴトゴト、どんぶらこと馬車に揺られているうちに……気がつけば結局私はパパの膝の上で眠ってしまっていたようで。
夢うつつの中で……悪役令嬢ウィズの、終わりとはじまりの夢を見ていた気が、した。
「止まれ!!」
「うひゃあっ?!」
ガタンッ! と馬車の車体が酷く揺れた。衝撃で体が吹き飛ばされそうになったけど、パパがしっかりと私を抱きとめてくれたお陰で怪我もなく済んだ。
「えっ、えっ?! なにかあったの?!」
「子どもが馬車の前に飛び出して来た」
「子ども?」
パパは馬車の窓を開けて、身を乗り出して外を見ていた。
周囲はざわついていて、パパの叫び声で馬車が止まった事もあり、パパが先に飛び出して来たという子どもを見つけて、馬車に轢かれる前に止めた、という流れのようだ。
「外に出て様子を見てくる、お前は馬車の中で待っていろ」
「ううん、私も行くよ! その子が怪我していたら大変だもんね」
「わかった、だが俺の後ろから様子を見ているように」
「はい!」
馬車のドアを開けて、パパと一緒に外へと出る。
「あ、ヴォルフ様!」
「子どもが飛び出して来たかのように見えたが」
馬車を操っていた兵士はパパに敬礼をしてから、訝しげな表情で馬車の前を指した。
「ええ、確かに子どもが飛び出して来ましたが……この辺に集落はありませんし、何故こんな幼い子どもが一人で荒野にいたんでしょうね」
パパはチラリと馬車の正面を見つめ、そのままそちらへ歩き出す。私もそれについていく形で歩き出し、パパの背から飛び出して来たという子どもの姿を見た。
「この子どもがそうか」
尻餅をつくように転んで俯いている男の子。見た所私よりも年下だろう。
真っ青な髪に、リンゴの用に丸みを帯びた頭、着ている服は立派な作りをしていて、庶民の子じゃ着れない服であろう事が窺える。
転んだせいなのか、膝小僧から血が出ていて痛くないだろうかと心配してしまう。
「怪我してるけど、大丈夫だった? 痛くない?」
「え……」
私が声を掛けると、今まで俯いていた少年が顔をあげた。
少年と目が合う。くりんくりんな青紫色のお目々がとても可愛い。
「どこから来たんだ、親はどこだ」
「迷子かな? それだったら家まで送っていってあげるよ?」
パパと私の言葉に、少年は瞬きも忘れて私達を凝視して……瞳に涙をいっぱい溜めて泣き出してしまった。
「うわあぁぁ……んっ」
「えっ?! どうしたの?! やっぱりどこか痛む?! お名前言える?!」
「りゅ、りゅっえと、ひっく、うわああああんっ」
慌てて駆け寄り、男の子の頭を撫でながら「痛いの痛いのコブラツイスト!」とおまじないをしてあげると、男の子は更に大きく泣き出してしまった。
痛みに勝ちに行くコブラツイストのかっこよさ、伝わらなかったみたいですね。
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