55-2 念願のポジェライト領へ

 新しいドレスに着替えて、メティスと一緒に登城した。


 なんでも、パパは既に王様が待つ謁見の間に向かったとの事なので、私達もそこを目指して、赤いカーペットが敷かれた長い廊下を歩いていた。


 当然のようにメティスは私と手を繋いでいるけど、その時のメティスはいつもご機嫌だから、なんだか私も嬉しくなってしまう。


「パパなんの用事なんだろうね?」

「父上と僕にも用事があるとの事らしいから、今後の貴族間のパーティやお茶会についてじゃないかな?」

「パーティかぁ」


 この世界では貴族の令息や令嬢は社交界デビュー前でも、親が出席するパーティには同伴可能だ。その子どもに既に婚約者がいる場合はその婚約者もエスコートをする為に同伴可能なのだけど、パパは未だに私を一度もパーティに連れて行った事がない。


 パパは世界最強の魔法使いな辺境伯で、更には前魔王を討伐した英雄の一人な訳だから、パーティの誘いは引く手あまたなのだけど、いつも最低限のパーティにしか出ていない。


「なんでパパは今まで私をパーティに連れて行ってくれなかったんだろうね?」

「出来るだけ僕の婚約者である認識を薄めたいんだろうね、まあそんな足掻きをした所で僕がウィズの事を広めているのに」

「え? そうなの?」

「うん、僕がいかにウィズの事を愛しく大切に想っているのか、ウィズがいないと世界は生きていけないんだって伝えているよ」


 その生きていけないという部分はメティスが生きていけない、というよりも【ウィズがいなくなったら世界を滅ぼす】という意味に聞こえてしまうのは気のせいだろうか……? だって世界【は】って言ってた、世界【は】って……。


「へ、平和にいこうねメティス、他の人を傷付けちゃ駄目だよ?」

「大好きだよウィズ」

「返答になってませんね?!」

「まあ、ヴォルフはそんな理由なんだろうけど、君を隠しておく事も限界になってきたという事じゃないかな?」


 話を逸らされた気がする……。

 うーん、でも確かに王都にずっと暮らしているのにいつまでもパーティに出ない訳にもいかないんだろう。私としては、令嬢の礼儀作法よりも剣術や魔法の訓練の方が楽しいから不満は全然ないんだけどね。


「ダンスの先生がウィズの事を褒めていたよ、飲み込みが早いって」

「本当? えへへ、嬉しいな」

「最初にパートナー役を背負い投げしていた頃はどうなるかと思ったけど、ウィズは運動神経がいいから覚えればすぐ上達したね」

「最初の先生には申し訳ない事をしたね。メティスは受け身を取って避けてくれたから助かったけど」

「ダンスで背負い投げするなんて君ぐらいだよ」


 メティスは声をあげて笑い、じっと私の顔を見つめた。


「ウィズはパーティに行った事がないから自覚がないんだろうけど、君の可愛らしさは会場の目を惹いてしまうだろうね」

「かわいらしさ?」

「ひいき目を抜きにしても君はとても可愛いよ。大きな瞳も、表情をころころと変える仕草も、美しい空色の髪も、その全てが男を魅了する」


 メティスは私の長い髪を一束手に取り身を屈めて口づけた。


「こんなに愛らしく成長した君を、他の男達に見せたくないという気持ちは僕もよく分かるよ」

「つまり、私のような者がパーティ会場に行ったらいろんな男の人に背負い投げをしそうで危険だから見せたくないという事ですね」

「全然そんな話じゃないね」

「安心して! 背負い投げはメティスとエランド兄様にしかしないから!」

「出来ればしないで欲しいんだけど、何故そこに僕だけじゃなく兄上の名前があがるのかな?」

「挑んでみたい!」

「ダンスは勝負じゃないんだよウィズ」


 メティスはふかぁい溜息をつく。


「ウィズが鈍感すぎて心配だよ、実際にダンスパーティに行く時は君から片時も離れない事にするよ、可愛いという自覚が足りなすぎる」

「私を可愛いなんて言ってくれるのは家族以外ではメティスくらいだよ」

「そりゃ、君にそんな事を言いそうな輩は近づけさせないからだよ」


 そうこうしている内に謁見の間の扉の前までやってきた。扉の前には近衛兵が二人立っていて、私達の姿を捕らえると深く頭を下げた後で扉へと手をかけた。


「……もう四年も会えていないのに、君はまだ兄上の事を覚えているんだね」

「え? だって大好きだからね!」


 一瞬にしてメティスの顔から表情がごっそりと消えた。


「好き……?」

「え、うん?」

「それはどういう好き?」


 繋いでいる手に思い切り力を込められる。

 これはもしかして怒ってる? いや、そういう感情よりももっと深い……。


「どういうって?」

「僕より、好き?」

「メティスとエランド兄様の好きは違うもん」

「どう違うの?」

「えっと、エランド兄様はお兄ちゃんみたいな感じ?」


 メティスの瞳が二度瞬かれ、痛い位に握られていた手の力が緩められた。


「そう……」

「あ! でも、もう兄様なんて呼ぶのは失礼だよね! エランド様って呼ばないといけないよね」


 だからメティスは礼儀知らずな私に怒っていたのかもしれない。王太子殿下にいつまでも幼い頃のように「エランド兄様」呼びは失礼所が不敬罪ものだろう。


「ううん……変わらずの呼び方でいいと思うよ」

「エランド兄様呼びのままって事? でも、もう流石にそう呼べる年齢じゃなくなったし」

「ウィズは僕の婚約者なんだから、僕と結婚したらエランド兄上は将来本当に君の兄上になる方だ、だから君はそう呼んでも構わないんだよ」

「で、でも……」

「そう呼ぼうよ……兄だ、って」


 全く笑っていない目元で、口元だけ笑みを浮かべて微笑まれた。

 笑顔の威圧は提案というよりも、そうしろという命令のようにも感じた。


「えっと、無礼じゃないなら」

「勿論構わないよ、ウィズもその呼び方の方が慣れているだろうし」


 メティスは一度自分の顔を手のひらで隠してから、指の隙間から私を見つめた。


「君の事になると、卑怯者にも、臆病者にもなる……ごめんね」

「え? アドバイスしか貰ってないよ?」

「ふふ……ウィズは他の事には聡いのに、なんで恋愛面にだけはこうも鈍いんだろうね」


 メティスがどこか悲しそうだったので、頭を撫でてあげると心地よさそうに目を細めた。


「ねえ、兄上の好きと違うなら僕への好きはどんな感情なの?」

「え? そうだね、メティスへの好きは……」


「第二王子メティス殿下、並びにポジェライト家ウィズ嬢、ご到着致しました!」


 近衛兵達がそう叫ぶと扉がゆっくりと開かれた。


「やれやれ、この話はまた今度だね」

「そうだね?」


 メティスへの好きかぁ……あれ? でも自分でエランド兄様の好きとは違うと言ったけど、いざ説明しろと言われると難しいね。絶対死なせたくないし、守りたいし、一緒に居たい人なんだけど……その言葉で好きの意味は伝わるだろうか?


 メティスに腕を差し出され、今考える事じゃないと脳内をシフトチェンジする。メティスの腕に自分の腕を絡めて謁見の間へと進んで行く。

 中に入ると玉座には王様が座っていて、それと対面する形でパパが立っていた。


「よく来たなウィズ嬢」

「国王陛下にご挨拶申し上げます。ウィズ・ポジェライト只今馳せ参じました」

「ああ、堅苦しい挨拶はいい。今日は私が呼び出した訳ではなく、ヴォルフが重要な話があると私の所へ来たんだ」


 パパが私に手を差し出して隣に来いと合図を出したので、メティスと繋いでいた手を解いてパパの隣へと移動した。


「お前達二人は時が経っても本当に仲が良いな」

「僕のかけがえのない大切な女の子ですからね」


 メティスは玉座に座る王様の隣に立ち、私とパパへと向かい合った。


「さてヴォルフ、お前が用があるといった面々はこうして揃ったぞ、話とはなんだ?」

「ウィズ」


 いつもながらパパは無礼な事に王様の問いに答えるより先に私へと振り向いた。


「自分の力で百人目を倒したそうだな」

「うん! 護衛のみんなが見守ってくれていたというのもあるけど、私はもう一人でも戦えるよ!」

「そうだな、ポジェライト領では十歳で戦争に出る事が許される。故に戦えない者はポジェライトの地を踏む事は死を意味する。だが、お前はもう立派な戦士だ」


 パパに頭を撫でられながら褒められて誇らしい気持ちになる。私も一人前の戦士だと証明できたようだ。

 パパは王様に向き直る。


「そういう事です」

「いやどういう事だ? お前は昔から言葉が足りない」

「無駄な話は省いて結論だけお伝えします」


 パパはいつも長話を避けて結論から言うなぁとか。パパと王様の間柄であっても公式の場では敬語を使うんだなぁ、とかそんな事を考えているうちに、パパはとんでもない事を口にした。


「ウィズとポジェライト領へ帰還します」

「え」

「え」

「ほえ?」


 王様とメティスが流石親子だという程の同じポカン顔で驚き、私もまた口を大きく開けて驚いた。


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