55-1 念願のポジェライト領へ

 舗装された森内の道を一台の馬車が走り抜けていく。


 その馬車を木の上に身を隠した見張りが見つけ、頷いた。


「あれだ、ポジェライト家の令嬢、ウィズとやらが乗っているという馬車は」

「王都へ帰る為にこの道を通ると聞いていたがその通りだったな」

「ああ、依頼通りに始末してしまうぞ」


 黒ずくめの暗殺者達が服に忍ばせた鉄の笛を吹くと、ピーという音が周囲に響き渡る。

 途端、脇道から複数人の暗殺者達が飛び出し、ウィズが乗る馬車の車輪目掛けて斧を振り下ろし破壊した。その衝撃で馬を繋いでいたハーネスも外れ、馬は半狂乱になり走り去って行く。

 そして、足を失った馬車はその場で派手に転がり転倒し、その馬車の周りを8名の暗殺者達が剣や斧を構えながら取り囲んだ。


「へへへ、悪く思うんじゃねぇぞ、恨むんなら第二王子なんかの婚約者になった自分の運の無さを恨むんだな」


 暗殺者達は下卑た笑みを浮かべ、一斉に横倒しになった馬車に襲い掛かりその扉を開けた。


「なっ?! どういう事だ?! 誰も乗っていないぞ?!」


 標的だった筈のウィズの姿はそこには無く、それどころが人一人も乗っていなかった。


「どういう事だ?! そうだ! 御者を捕まえてこの馬車の主の居場所を吐かせろ!」

「い、いねぇぞ! さっきまでそこに転がってたのに!」

「くそ! どういう事だ!」


 ドサッと、何かが地面に倒れる音が響き、馬車に群がっていたならず者達が振り向くと、一番後ろに居た仲間の一人が地面に倒れ伏していた。

 そして、その後ろには御者と、水色の髪の女の子の姿があった。


「フレッツ、これで記念すべき襲撃百回目だよ!」

「良かったっすね、これでお嬢様も今度はお留守番しなくて済みそうですよ」

「うん! 今回はいつもより気合い入れて頑張るね!」


 女の子は腰に携えた鞘から銀色の細い剣を抜くと、ならず者達に構えてにっこりと笑った。


「貴方達が狙っていたポジェライト家の令嬢ウィズって、私の事だよ」


 ウィズは屈託の無い笑顔を見せてから、標的となる獲物を睨み付けた。


「婚約者を待たせておりますの、ありんこちゃん達! お空高くぶっ飛ばさせてもらいますわ!」

「お嬢の決め台詞だけはいつ聞いてもダサいっすね」


 目にも止まらぬ速さでウィズはならず者達に飛びかかり、暗殺者達はたった一人の女の子相手に完膚なきまでに倒されてしまったのだった。





◇◇◇





「悪役令嬢っぽく言えた自信作なのに……」


 王都のポジェライト邸に到着するなり、涼しい顔で隣を歩くフレッツに文句を漏らした。


「私に比べて貴方達はありんこの様に小さくて弱いのよって馬鹿にしつつ、更に空にぶっ飛ばすと言って恐怖心を煽っていたじゃない?! かっこいいでしょ?!」

「ドレスで戦ったりするから裾が汚れましたね、後で着替えた方がいいっすよ、登城するんでしょう?」

「無視しないでフレッツ~~!」


 フレッツの背中をぽかぽかと叩きながら不満を叫んだ。


 私も気がつけば十歳になっていた。

 メティスの婚約者になってから四年が経ち、メティスが懸念していた通り私の元にどしどし暗殺者が送られてくるようになった。


 しかし、私を守る環境は強固であった。

 ポジェライト領と言えば魔物が最も多い地域であり、男でも女でも戦えぬものは生きていけないと言われている危険な土地だ。そんな場所出身のポジェライト兵達は日々魔物や他国から国境を守る戦闘のスペシャリストであり、そんな人達に守られている私は幼少期は暗殺者が私の姿を見つける事すら難しい程に厳重に守られた。


 しかししかし、私もそんなポジェライト家の人間だ。日々パパやフレッツに鍛えられ、成長していたものだから、八歳を過ぎた頃から「護衛付きなら戦ってもよし」と許可が下りた。なので、本格的に強くてヤバイ暗殺者以外は私自身も戦うようになっていて、更に百人倒したら力を認める代わりにご褒美をくれると言われていたのだ。


 そして、つい先程倒した人達で記念すべき襲撃百回目なのだ! 襲撃は前もって把握していたから、御者に扮したフレッツの隣に置かれた木箱の中に私が身を隠し、わざと襲撃させて倒すという戦法だった。


 因みに、私が倒した暗殺者達は隠れてついて来ていたポジェライト兵のみんなが捕縛した筈だ。

 でも、今回の暗殺者もどうせ時間が経てば依頼者の事を忘れるように魔法をかけられているんだろうなぁ。ダルゴットのする事は本当に姑息だ。


 広間を通り、自室を目指しているとセバスチャンに呼び止められた。


「お帰りなさいませ、ヴォルフ様より王城にて待つと言伝がございました」

「あれ? パパってもうお城に行ったの? 一緒に行くって言ってたのに」

「今のウィズ様ならごろつき位すぐに倒すだろうから、決断は早い方が良いとおっしゃっていましたぞ」

「ふぅむ?」


 どういう意味なのか分からずに首を傾げちゃう。決断って、パパは何かするつもりなのかな?


「わたくし達は、お二人がお戻りになったらすぐに行動出来るよう準備をしておきますので、ご安心ください」

「なんの準備なの?」

「ホホホ、きっとウィズ様が飛び跳ねてお喜びになる事でございますよ」


 私が喜ぶ事! よく分からないけどワクワクしてきたね!


「じゃあ今すぐにでも王城に向かおう! お出かけ用の馬車に飛び乗って……」

「ウィズ!」


 突然光が差し込んだかと思ったら、その光に導かれるように美しい少年が空から降り立った。


 光に輝く銀色の髪に、海のように深い青色の瞳、長い睫毛に息を呑む程に整った顔の天使かと見紛う程の少年、メティスだ。


 いや、天使どころがこの方こんな神々しい見目をしていて実は魔王様なんだけどね!


「って、メティス?! なんでここに?! お城で会う約束だったのにっ」

「ウィズがまた襲撃されたって聞いて駆けつけたんだよ」


 メティスに両手をぎゅうっと握られたまま、天井を見上げる。

 吹き抜けの天井の窓から入って来たんだねメティス、どうりで光が差し込んできた訳だよ。空から来たという事は、ポセイドンに乗って来たのかな? 今日もこき使われてお疲れ様です。


「大丈夫だよメティス! 襲撃はもう日常茶飯事で慣れっこだからね!」

「こんな危険な事に慣れないでほしい」


 心底心配だと顔を歪ませるメティス。

 メティスもすっかり大きくなって、お歳も十一歳になった。女の私よりも綺麗な顔してるなぁと思いつつも、勝っている事と言えば実は今現在は身長はちょっとだけ私の方が高いのだ。得意げな顔をするとメティスはいつもむくれてしまうから、出来るだけ顔にだしちゃいけないんだけどね。


「で、ウィズを狙った奴等はどこに?」

「ポジェライト兵のみんなが捕縛して連れていったよ」

「ふぅん……尋問が終わったら生きている事を後悔させておくね」

「やめて?! 殺しちゃ駄目だよ?!」


 メティスが人を殺したら魔王として覚醒するフラグなんだからね?!

 私がいつも止めているから、意味を正しく理解している筈なのに、メティスは煌めく笑顔を見せた。


「いやだなぁ……殺すなんて言ってないよ、生きている事を後悔させるだけだから」

「いやいやいやいや! 何をするつもりなのメティス?!」


 なんの事やらと可愛く首を傾げている! こういう所ですよ! メティスの魔王な部分が垣間見えてますよ!

 というか、ポジェライト家の使用人のみんなはメティスが突然現れても、もう驚かなくなってしまった。微笑ましいと言わんばかりにこちらを見つめているだけだ。あ、いま小さい声で「いいぞメティス様、うちの姫を狙う奴なんてやっちまえ」って言ったのは誰ですか?!

「と、とにかく! お城に行く前に汚れた服を着替えてくるからメティスは応接室で待っててね」

「手伝おうか?」


 使用人のみんなが一斉に私の周りを取り囲んでメティスから距離を取らせた。そんな姿を見てメティスはくすくすと笑っている。

 これ絶対メティスがみんなをからかって遊んでるなぁ、この数年でメティスの腹黒さはレベルアップしてしまったね。


「手伝いは申し訳ないから駄目だけど、お着替えしてる部屋にメティスがいても平気だよ?」

「いや、駄目だよね。そろそろ意識してくれないと流石に落ち込むよ?」


 何故か使用人のみんなには哀れんだ目で見られ、メティスには怒られてしまいました。私は善意で言ったというのに誠に遺憾の意であります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る