【幕間】ライアン・グランデンの忠義(後編)

「げ、下水道とは……その王都にあります魔石タンクのようなもので」

「うん」

「村の……その、特に疫病が酷かった家に魔石タンクを設置してはと」

「村人のいえの一軒ずつすべてに魔石タンクをつけるの? すごい費用がかかるよね」

「あ、ああそうだ! 溜め池に魔石を使うんです! それで浄化ができるようになるかと!」

「溜め池には日になんども汚水がすてられるんだよね? 魔石がおすいを浄化するまえに村人がつかってしまったらいみがないんじゃない?」

「じ、時間を決めましょう! 汚水を捨てる時間と! 綺麗になった水を使う時間を! 朝の一時間だけは水を使えるようにすればなんとか!」

「どうやって管理するの? めのまえに水があるのに朝の一時間しかつかえないなんて、暴動になりかねないよね」

「で、ですから、それはっ」

「きみさ」


 メティス様は報告書を摘まみあげ、頬杖を突きながら薄く笑った。


「これ、ちゃんと読んだの?」

「えっ」

「自分がやったというんなら、せめてちゃんと目を通しておかなくちゃだめだね」


 トンと報告書を机の上で揃えてから、メティス様は俺に視線を向けた。驚いて思わず顔が強ばる。


「魔道下水道について説明を」

「え……?」

「説明できるよね?」

「は、はっ!」


 会議室にいる貴族達がみな俺へと注目する、突然の事にどっと汗をかきながらも、ハッキリとした口調で説明を始めた。


「民家の近くに汚水を捨てる専用の井戸を造りそこに汚水を捨てるようにします、その井戸にはパイプが張り巡らされており、それらは全て地下の魔道下水道という施設へ流れ込み溜める事が可能です」

「汚水をすてる専用のいど、まさか一軒ずつにつけるわけじゃないよね?」

「はい、民家が集合している地点に等間隔を置いて設置すれば多くの数はいらないかと、地下の工事は土魔法の魔導師に頼み、パイプに関しては金属性の魔導師になら設計図を元につくれると思います」

「下水道にためられた汚水のじょうかは?」

「そちらの企画書に書いた通り、木属性の魔石と水属性の魔石を下水道の底に設置し浄化が出来るかと。

まだ実験はしていませんが、木属性の魔石は水を浄化し、水属性の魔石は浄化が出来たと判別された水を今度は森に繋がれたパイプに流すように出来れば再利用可能かと」

「いいね、人がまたつかうには危険度は高いけど、森にさいりようするというなら安心だ、枯渇地区だしこれが成功すれば今後の国の役にもたつだろう」


 メティス様は満足げに笑い頷いた。


「魔道下水道についての責任者はきみにたのむよ、ライアン・グランデン」

「わ、私ですか?!」

「もう父上にも許可は得ているから、こういうものはやっぱり、ちゃんと携わったものがやらなくちゃね」

「お待ちを!!」


 グランデン公爵が焦りながら立ち上がった。


「こ、これは我が長兄のヨハンが解決した事件です! ライアンではとてもっ」

「そうです! 今後も私が責任をもって開発します! ですから!」

「うるさいな」


 不機嫌だと言うように、慈悲の欠片もない冷たい眼差しでヨハンを睨むメティス様に、自分にあてられたものではないのに恐怖でゾッと鳥肌が立った。


 これが……幼子の威圧なのか? とんでもない、まるで怒れる龍を前にして震えているようだ。


 ブルルと震え上がるグランデン公爵とヨハンを睨み付けるメティス様の肩を叩いた国王が、替わろうと告げてから言葉を繋げた。


「この件に関して、誰が前線で奮闘したのかは既に村人から話を聞いている、そこにいるライアン・グランデンが全ての責任者であったと」

「う、嘘です! 平民の言葉など信じないでください!」

「他にも証言は取れている、それにおかしな事に、村人達はヨハンという名前すら知らない状況だったぞ? 名前も姿も知らせない状況でどのように疫病を収束させ、このような奇抜な案を出してきたのか聞いてみたいものだが」

「そ、それはっ」

「グランデン公爵よ」


 朗らかな笑みを作っていた国王の顔から表情が消え、有無を言わさぬ圧でグランデン公爵を黙らせた。


「この度の偽の報告は王家に対する虚偽であると理解せよ」

「そ、そのようなつもりは!」

「罰としてグランデン公爵家からは領地を幾つか返還してもらおう、そして数ヶ月の謹慎処分とする、勿論登城も許さん」

「お待ちください陛下! コレは何かの罠です! そうですっライアンが我々を貶める為にこのような嘘を!!」

「本来なら首を落とされ爵位降格を命じられる所を、ライアン卿の手柄故に減刑してやったのだ、感謝をせども貶める発言をするとはなんと愚かな」


 国王陛下は席から立ち上がり、兵士を呼んだ。


「グランデン公爵と小公爵を連れて行け、詳しい沙汰はまた後に」

「お待ちください陛下っ」

「こんな馬鹿な事が許されるものか! 俺が! 俺が! 時期グランデン家の公爵だぞ?! あんな婚外子に劣る筈がないぃぃっ!!」


 喚く二人を兵士達は無理矢理引き摺りだし、会議室は静けさを取り戻した。


「やっぱり長兄のものではなかったでしょう父上?」

「末恐ろしい子だ」


 国王陛下はメティス様の頭を撫でて嬉しそうに笑ってから、会議の終わりを宣言した。


「会議どころでは無くなったな、他の議題についてはまた次回にしよう、今日の所は解散とする、ああ、ライアン卿は残ってくれ」

「はっ」


 呆然とする俺に対し、今まで白い目で見ていた貴族達が「素晴らしい案だ」と声を掛けて退室していき、初めて周囲に認められた事に、じわりじわりと歓喜した。


「ライアン・グランデン」

「は、はい!」


 国王陛下の呼び声に背筋を伸ばして正す。


「少々時間が掛かるだろうが、グランデン公爵家は君が継ぎなさい」

「は……」

「王命だ、あの長兄は悪い噂も絶えないしな、今回の事が明るみになった以上私も黙っているつもりはないのだよ」

「わ、私が……公爵家を? ですが私は婚外子で」

「私は血筋や歴史よりも実力主義なのだよ、知っているだろう?」


 国王陛下はニッコリと笑い、メティス様を見た。


「君の事に気がつけたのも、メティスのお陰ではあるがね」

「え……」


 メティス様は未だに報告書に目を通しながら、しかし口を開いた。


「ヨハンの字は汚いでしょう」


 メティス様は書類越しにニンマリと笑う。


「こんな面白い案を、あの馬鹿には書けないとおもって調べてみたらおもしろいものを見つけられてよかったよ」

「こらメティス、馬鹿に馬鹿と言っては駄目じゃ無いか」

「ばかってみとめてるじゃないですか」


「あっあの!」


 無礼だと承知の上で声をかけてしまった。

 メティス様は特に嫌な顔もせず、かといって笑う訳でもなくただコチラを見つめた。


「メティス様……その、あっありがとうございます! 自分にこんなっ」

「別にきみのためじゃないよ」


 メティス様は俺の書いた報告書を持ち上げ目を細めて笑った。


「これがおもしろそうだったから、だよ」


 俺が考え、村人達と疫病の終息へ導いた俺の成果。

 それを面白いと言ってもらえたのはなんだか、俺自身が認められたような気分だった。


 産まれてはじめて俺の事を認めてくれたのは、この国の小さな王子だったのだ。





 そして、この日を境に俺の立場は一変した。


 ヨハンは跡継ぎの立場から退く事となり、今では領地に引っ込み酒に溺れる日々だという。


 グランデン公爵は鉱山が有名であった領地を返還する事となり、金の宛てが無くなった分の借金に頭を抱えている。

 俺の事を殺したい程憎んでいるだろうが、王家から睨まれている今の公爵にはどうする事も出来ない。


 そして、俺は時期グランデン公爵に任命され、異例の若さで魔力鑑定士に昇進した。


 村には下水道が建設され、魔石での浄化水の運用も上手く言っていると村長からは感謝の手紙が届いた。


 成果が見込める事から、この村だけでなく他の水に困窮している地域にも同じように下水を建設する計画があると、お前のお陰だと国王陛下からお褒めの言葉を頂いた時は、泣いてしまう程に嬉しかった。


 馬鹿にされて日の目を見ない筈だった俺の人生は一変し、未来は広大に広がりを見せた。


 これも全てはメティス様が影に隠されていた俺を見つけてくださったお陰だ。


 まだまだお小さいというのに、なんと博識で素晴らしいお方だろうか。

 産まれてこのかた、ここまで尊敬をした方はいなかった。俺の人生の全てを捧げて仕えたいと思える方に出会えたのだ。


 メティス様にはエランドという名の兄がおり、どちらが王位を継ぐのかという事で貴族達は二分している。

 俺は当然の事ながら、メティス様に王位に就いて頂きたいと願った。貴方ほどの素晴らしい人は過去にも未来にもいる筈がないと本気で思っている。


 しかし、メティス様本人には王位を継ぐ気があまりないようだった。


 まだお小さいから己の行く道を決めかねているのかも知れないと、俺はメティス様に会う度に、早く魔力鑑定を受けるようにと、貴方は素晴らしい方なのだと、私はいつでも貴方の力になる準備は出来ていますよと声を掛け続けた。


 しかしメティス様は俺の話を受け流すだけで、耳を傾けようとはしなかった。


 何度か同じ事を繰り返して気がついた、メティス様は人を信用していないのだと。鬱陶しそうに、けれどどこか悲しげな瞳がそれを物語っていた。

 だから、俺がいくら貴方の味方ですと言葉を掛けた所で、今のメティス様の心には届かないのだろう、他の貴族と同じようにメティス様を持ち上げているだけの心根の腐った奴にしか見えないのかもしれない。


 ならば、日々の忠信で示すしかあるまいと考えた。


 メティス様暗殺未遂事件を期に、俺は魔塔から王城へ続く隠し通路を使い毎晩メティス様の部屋の前で護衛をした。またならず者がメティス様のお命を狙いかねないと思ったからだ。現に、何度か怪しい気配を感じる事もあった為気は抜けない。

 そして、エランド王子殿下には遠回しにあまり目立たないようにしてほしいと忠告をしていた。エランド王子殿下の評価が上がればメティス様が動きづらくなるからと思っての事だ。


 他にも、最近どうやらメティス様はお気に入りの御令嬢が出来たようであった。

 ならば、私も協力せねばなるまいと令嬢について色々調べたのだが、ポジェライト辺境伯家のウィズという名の令嬢らしい。魔王討伐の英雄ヴォルフ様の家でもある事から、メティス様に似合いの者だろうと、勝手ながら誇らしく思う。


 しかし、待ちに待ったメティス様の魔力鑑定の日。メティス様の魔力値が平均値並だったという数値には納得が出来なかった。絶対にそんな事はないというのに! あの方の魔力値は誰よりも、勿論俺よりも優れているはずなのだ!


 だが、俺がメティス様に自分よがりな理想ばかり押しつけている事に気がついたのは、メティス様から笑顔が消えてしまった後になってからだった。

 エランド王子殿下の婚約者候補に、ウィズ嬢が推挙されてしまった。

 それからメティス様は目に見えて人を避けるようになり、益々誰の事も信用しなくなった。

 メティス様が、そこまで心を病んでしまってからようやく気がついたのだ。


 メティス様が王位を欲することは無いと。それどころが、わざと王位から遠ざかろうとしている……それが、誰の為であるのかもようやく理解した。


 俺の家のように、兄弟がいがみ合い憎しみあうだけではない兄弟がいるというのも、メティス様を見ていて知れた事だった。

 エランド王子殿下との仲を取り持つなどというのは身分的に出来ない。ならば、メティス様の為にウィズ嬢と引き合わせるのはどうだろうか……無理をして避けているように見えるが、実際会えたらきっとお喜びになるであろうから。


「いつの日か、メティス様に認められるような臣下になりたいものですが」


 そう再び心の中で決意し、俺は今日もメティス様の為に忠義を尽くす。


 だが、数年前からやたらとメティス様の傍を離れない鎧の騎士は一体なんなのだ?! 羨ましい!





【END】






◆◆◆




【ライアンの行動についての補足】

10-1にてライアンがやたらとメティスに構っていたのは裏表なく、本当に助けになりたかったからです。しかし、人間嫌いが進むメティスはその態度に裏があると疑っていただけでした。

メティスに必死に話しかけた結果、メティスにお帰りはあちらと拒否されて、ショックのあまり、帰る方向を間違えて中庭に行ってしまいました。


25-1にて、メティスがウィズに魔力について解説している天才的姿に感動して、授業そっちのけでメティスの話を聞きに行ってます(結果徐々に近づいてきて、二人の目の前まで来ている)ここで「どうぞ私の存在は気にせず続けて下さい」というのは「私の事はどうでもいいので、もっとメティス様のお話を聞かせて下さい!」という意味です。その直後にメティスに授業が退屈と言われて顔色を変えていましたが内心「メティス様の崇高なお話と私の授業を比べられる訳がないっ」的な顔の歪みです。


29-3では、ウィズとエランドの婚約が決まりそうな時に待ったを掛けていたのは、ライアンはメティスがウィズに惹かれている事を知っていたので、メティスの為にもエランドとの婚約を阻止したかったからです。


36-2では、エランドにライアンが絡んでいますが、メティスの為にもエランドとウィズの婚約は認められないという思いからエランドの事を「忌々しい王子だ」と言っています。


そして37-4で、ライアンがメティス信者だという事がようやく判明するという流れでした。


ライアン「ビバ!メティス様!!」

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