【幕間】ライアン・グランデンの忠義(前編)
心の中で自分が叫ぶ嘆きはいつも「理不尽」という呪いの言葉だった。
俺はグランデン公爵家の次男として生を受けた。
公爵家次男と言っても、公爵がメイドに手を出して生まれた婚外子。
俺を産んだ母親は元々体が弱い人だったらしく、俺を産んだ事が原因で俺が幼い時に命を落とした。
そんな俺への周囲からのあたりは酷いもので、公爵家の恥だと影で言われている事は知っていた。
腹違いの兄はヨハンという名で、いつも俺の事を見下していた。聞くに絶えない罵倒と暴力、俺が悔しがれば悔しがる程奴は心底楽しいと嗤う。
勉学も、魔力も、全てが俺の方が技術は上だと言うのに、生まれ持った血筋のせいで俺の評価が正く評価される事はない。
どれ程努力しようが、実力を示そうが、結局は公爵家の面汚しだと鼻で笑われるだけなのだ。
父の口癖は「お前はヨハンの為に生きろ、決して目立とうとするな」であり、ヨハンだけを我が子として愛し、俺の存在はヨハンを立てるためのただの道具としか見ていなかった。
これでも、幼い頃は家族に認められたくて努力を重ねた。
だが、アカデミーを主席の成績を収めても、中位精霊と契約出来ても公爵家の者達が喜ぶ事はなかった。
それどころが、ヨハンは「何故お前が中位精霊と契約出来るんだ?! 精霊をよこせ! 貴様には不相応だ!!」と喚き散らし、俺と契約した水の中位精霊を奪おうと俺を何度も何度も殴打して大怪我を負わせた程だった。
精霊はそんな俺に嫌気がさしたのだろう……気がつけば精霊は俺との契約を破棄して居なくなっていた。
自分の全てを捧げても罵倒されて奪われるだけ、自立して生きようにも公爵家は俺の利用価値を理解しているからこそ、ヨハンの為に俺を離そうとしない。
自由も無く、未来に希望もない。
ただ理不尽だと悔しさに堪えて生きることしか許されない日々に、段々と心は荒んでいった。
◇◇◇
転機が訪れたのは俺が十五歳の時だった。
次期公爵となるヨハンの為に貴族界で盤石な地盤を確実なものにしたい公爵は、水龍院の力を使い俺を魔塔へ配属とした。
魔塔に入れれば王国の極秘魔法研究を主体とする魔導師となり、監視の目が厳しい事から俺が逃げる事を防いだのだろう。
結局、俺は一生グランデン公爵家の操り人形として生きるしかないのだろうと半ば人生を諦めてはいたが、この度の件については酷い屈辱を覚えた。
グランデン公爵家が納める領地内にて疫病が流行りだしたと一報が入り、公爵はすぐにその村へ俺を派遣した。
可愛い息子のヨハンを向かわせる事も、公爵家の精鋭兵を派遣する事もしなかった。
村へ送られたのは俺一人と、数人のやる気のない兵士だけ……。
それでも、疫病で苦しむ市民達を目の当たりにして何もせずに傍観するなど出来なかった。
泊まり込みで村の状況を把握し、どの地区で一番疫病が酷いのか、無事な者と病を患ったものの違いは何か? 何を食べて、どんな生活をしているのか? 渡航歴はあるのかまで隅々と調べた。
村長とは何度も何度も話あって、患者の為に診療所を建設し、清潔な場所で休ませ、回復を促した。
そんな生活を幾日もする内に当然の事ながら、この村の者達に情が沸き出した。俺を頼って助けを求める者、ありがとうと感謝を口にする者、それでも救えずに命を落としていく者達。
どうにかしたくて、この村を救いたくて俺は毎日寝ずに治療法を考えた。
やる気の無かった兵士達もそんな俺の姿を見て少しは感化されたのか、グランデン公爵には内緒で手伝いをするようになり、国から数名の治癒術士を呼ぶ事も出来た。
俺は膨大な魔力を有しているが、今は下位精霊との契約しか出来ておらず、大きな回復魔法は叶わない。こんな時に、あの時に契約できた中位精霊が傍に居ればと思わずにはいられない。
そして、大勢の人達の助けを得てようやく原因が判明した。
それは、生活水の汚染問題であった。
この地域は水が少ないせいで、同じ水を何度も繰り返し使っていたという。それに加えて、狩りで捕った獲物の血抜きをして、洗った水を共有の池に流していたらしい。
ここから少し離れた森で、イノシシの変死体が見つかったという報告もあり、もしかしたら病を患ったイノシシを狩り、その菌が共有の池に垂れ流しになってしまい、人へも感染したのではないか? という結論に行き着いた。
俺は直ぐさま指示を出し、村の池から水を抜いて、村の家を一軒ずつ周り獣を狩った武器を始末して新しい物を買い与えた。
村を洗浄し、溜め池を廃止して魔道具でくみ上げられる井戸を作った。そうする事で村の疫病は段々と収束へ向かっていったのだった。
村人達にはとても喜ばれた、俺に反発していたグランデン家の兵士達も最後には俺の事を認めてくれた。
努力が実り、こうして大勢の命を救えたという事を誇りに思えた。
この村で起きた事を資料にまとめ、あとは国王に提出すれば俺の仕事は一先ず終わる。
心のどこかで、これで俺の行いも正当に認めて貰えるものだと浅ましくも期待していたのだ。
しかし、それすらもヨハンは俺から奪った。
王城で開かれる貴族会議にて、グランデン公爵が国に提出したあの村で起きた疫病に関しての俺が作った報告書の担当の名前が全てヨハンに書き換えられていたのだ。
つまり、俺が命をかけて行った行為は全て無かった事にされ、ヨハンの手柄であるとグランデン公爵は主張した。
大勢の貴族達が横並びの豪勢な席に腰掛け、国王が上座に鎮座する。
そこに俺の居場所は無く、グランデン公爵の後ろの壁に使用人のように立っている事しか出来なかった。
国王に媚びへつらいヨハンの手柄だと主張するグランデン公爵も、鼻高々だと関わってすらいない疫病の収束に胸を張るヨハンも、同じ人間には見えない程に醜く思えて、吐き気がする程に怒りが込み上げていた。
どうして! どうしてだ! それは俺が担当した事なのに! 俺と村人達が命をかけて協力して辿り着いた収束だったのに! なぜ高みの見物をして何もしなかったお前達が奪っていくんだ!
だが声に出して主張する事など出来ない、婚外子の俺が言った所でこの場にいる誰が俺の言葉など信じるというのだ?
事実はもみ消される、俺はこれからもこうしてヨハンの影武者として生きて行くしかないのか。
血が滲む程に拳を握りしめて怒りに堪える事しか出来ない自分がどうしようもなく惨めだった……。
「疫病の早期解決、よくやってくれたグランデン公爵よ」
「いえとんでもございません! これもヨハンが優秀であったからこそでございます」
「そうか、いやそれにしても本当に見事だ、まさかこんな案まで浮かんでいるとは俺では想像が付かなかっただろう」
「と、言いますと?」
「それについてだが、第二王子のメティスも関心を示していてな、少し話を聞かせてもらおうか」
国王が手をあげると、会議室の扉が守備兵によって開かれ、そこから小さな第二王子が入出してきた。
まだまだ幼いというのに、その目には既に知性が宿っており、こどもとは思えぬ程に落ち着いた佇まいだ。
メティス様は国王の隣の専用椅子に座らせられると、国王から疫病についての報告書を受け取り、ヨハンへと微笑んだ。
「むらの水から疫病がひろがったというだけでも難しいのに、そこからよく獣からの伝染病であるとわかったね」
「いえいえ! これも私が普段から知識を蓄えていたお陰です!」
暇さえあれば色んな女と遊び歩いているような奴が何を言うんだと、苛立ちが募る。
メティス王子はニッコリと微笑んだまま、報告書の最後のページを捲った。
「ぼくが興味をもったのはここなんだけど、くわしく説明してくれる?」
「ここ……とは?」
「こんごの対策について、魔道下水道とはなにかな?」
ヨハンの顔色があからさまに引きつった。
魔道下水道とは……当然ながら俺が考えたものだ。
汚水を捨てるにしても、大きな施設がないこの村は村の周辺の森に捨てるか、今回の事件のようにまだ使えそうな水は、溜め池に捨ててしまうという事もある。
どちらにせよ、それでは病原菌を増幅させてしまい、今回のような事件がまた起きてしまう可能性が高い。
ならば、地下に汚水を溜める下水道という空間を作ったらどうかと報告書の最後に提案を書いていたのだ。村全体に汚水を捨てるパイプを造り、捨てられた汚水はそのパイプを流れて地下の下水に溜まる。勿論その汚水は溜まったままでは新たな問題を生むであろうから、その下水に浄化の魔石を設置して水を浄化し、それを森へと流して再利用出来ないかと考えたのだ。
特にこの村は水源が只でさえ少ない、森も小さく育ちも悪いが、汚水が再利用できるようになれば、森も育ち、農作業の選択も広がるだろうと。
まだ企画案であるから理想に過ぎないが、やってみる価値は……あると踏んでいる。
メティス王子はその案に興味を持ったらしい、ヨハンの回答を待って微笑んでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます