54-4 ピースはまだ足りない

「ごめんねウィズ、大丈夫?」

「は、はひ……」


 ポジェライト邸に着いたので、馬車からメティスと降りた訳ですが、メティスが力の限り抱きしめてきたものだから、腕が! 背骨が! なんだか悲鳴をあげています!


「自分が魔王の生まれ変わりだって自覚してから力の加減が上手く出来なくて」

「はっ?! それは筋肉?! 筋肉なのメティス?!」

「筋肉じゃなくて、膨大な魔力の制御が出来ていなくて意識した箇所から溢れ出てしまっているって感じだと思うよ」

「そうだよね……メティスも私も魔力が強いから筋肉無理だって言われたもんね……マッチョなメティス見たかったな」

「そんなあからさまにガッカリしないでね」


 メティスの手を借りながら、杖をつくおばあちゃんのようにヨボヨボと歩く。腕と背中に激痛が走っているのはさっき抱きしめられたからだろうか? これがメティス筋肉のお陰だったら寧ろ歓喜なのにな、残念ですね。


「ごめんウィズ、もしかして本当に骨砕けてない?」

「砕ける位に強く抱きしめたの?!」

「ウィズが可愛すぎたからつい……」


 叱られた子犬のようにションボリと落ち込むメティス。

 可愛い!! くぅ! そんな顔されたらなんでも許しちゃいたくなる!! 骨の一本や二本折れても全然平気だね! 神官様にお願いして骨くっつけてもらおう!


「あっ」


 そうだ神官様と言えば、このままメティスと別れてしまうとトゥルーペの事を伝えられなくなる。メティスはお城に住んでいるんだから、頻繁に会うであろうトゥルーペの正体は教えておかなくちゃ! それで、ラキシス様の事も守ってもらったらいいもんね?!


「どうかしたウィズ? やっぱり骨が」

「違うの! あのね伝えたい事が……」


「おや、奇遇ですね」


 聞き覚えのある柔らかな声に冷や汗がふきだす。


 なんで……なんであの人の声が聞こえたの、なんで……。


 動揺を隠しきれずに声が聞こえた方へと振り返ると、屋敷からにこやかな笑顔でトゥルーペがコチラへと歩いてきた。


「と、トゥルーペ、様……っ」

「お二人でお出かけですか? 噂に違わぬ仲のよさですね」


 トゥルーペは真っ直ぐに私達の方へと歩いてきて、目の前で立ち止まった。


 何しにここに来たの? まさか何か企んでいるんじゃ?


「トリフォン卿、ここへは何を?」

「ラキシス様の魔学の承認印を頂きに参りました、魔塔内にてポジェライト卿にだけまだ頂いていませんでしたので」

「ああ、彼は一つの場所で大人しくしていない人だからね」


 トゥルーペとメティスの会話を聞きながら下を向いて、早く会話を終えて立ち去ってと願う。


「そうだ、君は治癒魔法が使えるよね? ウィズを治療出来るかな?」

「えっ」

「出掛けた先でちょっと怪我をしたかもしれなくて」


 トゥルーペの真相を知らないからこそ、メティスはそんな頼み事をしてしまった。

私としては、ゲーム内でも悪の限りを尽くし、更に現在ではダルゴットの右腕であろう彼には出来るだけ関わりたくない。


「め、メティス私全然大丈夫だよ!」

「でも、今も青い顔をしているから念のために診て貰ったほうがいいよ。僕の水魔法の治癒よりも、木属性の魔法の方が効果は高いから」

「でででもっ」


 顔が青いのは体が痛いとかじゃなくて、トゥルーペに緊張しているだけなんだよ! と、本人を目の前にしては言えない。


 トゥルーペはにこりと笑みを深めると、私の願い虚しく頷いた。


「勿論構いませんよ、治療致します」

「え、で、でも……」

「さあ、ウィズ嬢私の手をお取り下さい」


 私の目の前に跪いて手を差し出してくる。

 ここまでされて断ってしまった方が怪しまれてしまうかもしれない……ここは大人しく治療してもらって、早く帰ってもらおう。それで、トゥルーペを先に帰してから、メティスにお話をすればいいよね。


「お、お願いします……」

「ええ、緊張しないでください、すぐに終わりますから」


 トゥルーペの手を握りしめた途端、トゥルーペは魔法の杖を取りだし、それで地面を突いた。その瞬間、新緑の香りをまとう緑色のドームが私とトゥルーペを包み込んだ。


「ウィズ嬢とメティス殿下は本当に仲がよろしいですねぇ」

「は、はい……仲良しです」

「仲が良すぎて、メティス殿下が誘拐された先へ助けに来てしまう程だったでしょう?」

「えっ」


 ドッと心臓が跳ね上がり、目を見開いた。

 目の前にいるトゥルーペは微笑んだままで、口から生み出される言葉だけがそれと異なり異質だった。


「助けにいくなら顔は隠していかないといけませんよ、こうしてすぐにバレてしまいますから」

「……っ」


 手を振り払おうとしたけれど、トゥルーペに手を強く握りしめられて振り解けない。


「メティス殿下や、ヴォルフの反応からして、僕の事はまだ言っていないようですね」

「な、なんの話で……」

「気づいていましたよね、僕があの日、地下劇場に居たホーンであると」


 笑みだけを浮かべていたトゥルーペが口では笑みを深めたまま、瞳を開いた。


「ああ、その顔は……やはり気づいていたんですね、言われた通りにこうして会いに来て正解でした」

「貴方はっ、何が目的でここにきたの?!」


 トゥルーペの瞳に、もうシラは切れないと確信し、睨み付けながらそう問うと、トゥルーペは悲しげに眉を垂れて笑う。


「忠告をしに」

「忠告……?」

「僕の事は誰にも話さないでください、ダルゴットの元に属しているという事も秘密ですよ。これからも、緑星院のトゥルーペとして接してくれれば良いのです」

「あ、あんな事に荷担していたと知って黙っていられる訳ありません!」

「僕の事を話せば、貴方のお母様の命はありませんよ」

「は……え?」


 今、なんて言ったの?


「お母様を助けたければ……秘密、ですよ?」


 人差し指を口元で立ててトゥルーペは目を細めて笑う。

 どういう事? お母様って……私のママの事? ママは行方不明で、爆破に巻き込まれて死んだかもしれないって、でも、なんで?

 なんでトゥルーペがママの生存を知っているの?!


「ママを助けたければって?! ママは生きているの?! どこにいるの?! なんで貴方が知ってるの?!」

「その様子を見て安心しました、まだお母様の事を愛しているようですね……あんな目に遭わされても、貴方は愛しているんですね」


 スルリと握っていた手が離された。


「僕の事は誰にも口外しないように、お母様を失いたくなければ」

「待って! まだお話聞いてない!」

「約束しましたからね……ウィズ」


 トゥルーペが再度杖で地面を突くと、包んでいた緑のドームが弾けて消えてしまった。


「怪我を治すのに音の遮断も必要だったの?」

「メティス様の大切な方だと聞いておりましたから、意識を阻害されるものがない方が私も治癒に専念出来るもので。

ご令嬢は骨に少々ヒビがはいっていたようでしたので、治癒致しました、もう大丈夫かと思いますのでご安心下さい」

「骨にヒビ……」


 真相を封じられてしまった私は何も発言出来ず、拳を握りしめて立ち尽くすしか出来なかった。


「では」


 トゥルーペは去り際に、とてもとても優しい笑顔で微笑んだ。


「貴方の未来に精霊王様の加護がありますように」


 立ち去って行くトゥルーペに振り向く事も出来ず、震える体を腕を握りしめる事でなんとか堪えた。


「ウィズ? まだどこか痛むの?」


 心底心配そうに私を見つめてくるメティス。


 こんな忠告をされるんなら、もっと早くにトゥルーペの事を伝えておくべきだった。ううん、伝えていたらママの命が危なかったかもしれない。


 ママはどこかで生きている……それは分かったのに、凄く嬉しいのに。ママの命を人質に取られて、トゥルーペの危険性を誰にも話せないだなんて。


「メティス……やっぱり私、強くならなくちゃ」

「ウィズはいつもそれを口にするね?」


 どうして? と聞かれても自分でもよく分からないから即答出来ない。


 守りたい、守る為には強くならねば。


 でも、そう願うのはきっと……失う怖さを知った者であるからだ。





◇◇◇




「折角こうして貴様を生かしたのだ、精々私の手足となり働く事だな」


 ウェスト邸のカーテンが閉め切られた暗い部屋で、ダルゴットは床に這いつくばっているブラッドを見下ろしていた。


「本当にメティス殿下が魔王の生まれ変わりなのだろうな? ククク……ッ、それが本当だとしたら今までの無駄に数だけ重ねた儀式も報われるというものだ!

器が完成しているのなら、あとは目覚めさせるだけだ……!」


 高らかに笑うダルゴットを、ブラッドは何も言わずに眺めている。


「魔王を目覚めさせれば、全てがあの方の思うがまま……。

ハハ……ッ、フハハハハハハッッ!!」


 狂った笑い声が響く室内で、ブラッドは薄気味悪い笑みを浮かべているだけだった。

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