54-3 ピースはまだ足りない
「でもまあ、確定でポセイドンと闇の大精霊はなんらかの関係がありそうだね」
「二人の関係かぁ……は! もしかして恋人同士だったりすっ」
『消滅してもあり得ませんわ!』
今までずっと黙って居たアイビーが思わず叫んで否定してしまう位に有り得ないらしい。
でも、アイビーから何故か「しまった」とい気配を感じる。
「ウィズ、さっきポジェライト卿に君の弟の安否を調べると言っただろう? 今このタイミングを逃すと次はいつか分からないと」
「うん! メティス知ってるの?!」
「いや、知っているのは僕じゃなくて」
メティスが私を、いや私の隣の何もない場所を見つめた。
「君は知っているんじゃないのかな? 闇の大精霊アイビー」
アイビーと意識が繋がっている私には、アイビーがビクビクしている気配が伝わってくる。
「ウィズの弟が赤子の時に、生まれつきの持病で死にかけた事件があった。懇意にしているポジェライト家の事でもあったし、王家から医者を派遣した事があってね」
『そ、それがなんですのっ』
心理的にメティスがアイビーを追い詰めていて、私を通してアイビーに悪い顔をしているメティスが目の前にいる。
「その時のウィズ視点の話を聞いて話を推理してみたんだ」
『どういう事ですの?!』
「えっ、メティスには全部おはなしするって約束したら全部教えたんだよ」
『この子は!! よりにもよって!!』
何も悪い話はしていないんだけど、なんでアイビーは焦っているんだろう?
気持ち的にカツ丼を出されて全て吐きなさいとメティスにされた時に、私の前世の話も含め、赤ちゃんの時から今日に至るまでの話を細かく教えていた。
私は今の時点でもちんぷんかんぷんだけど、メティスは何か閃いたようだ。流石王家の至宝と名高い頭脳の持ち主のメティスは違いますね!
「それでさ、その弟の病状が良くなったのはどうやら医者の手によるものでは無かったようなんだよね」
『そ、そ、そ、そうですのぉ!』
「ウィズの手から出た【黒いもや】が赤子に入ってから落ち着いたらしいね。おかしいよね、その時はウィズはまだ魔法を満足に使えない筈なのに」
『知りませんわそんなはなしっ』
「君が魔法を施したんだろうアイビー?」
メティスに名前を呼ばれて、アイビーがとてつもなく動揺している気配がする。落ち着きがなく、狼狽えて、今にも泣きそうという感じだ。
「その後に王家の医者が診た時に、赤子の体内に黒いもやが張り付いていて、まるで呼吸をしているように気道を広げていたと聞いたよ。それはつまり、君の魔法がそのまま継続されているんじゃない? 君は病魔を治す魔法は使えない筈だ、でも時間を司りその対象の時間の流れを変えられる筈」
私がレグルスに施した魔法と同じだ! そうだ、私は弟くんの事を思いだして、レグルスの血を止める為に魔法を使ったから、アイビーもあの時に魔法を使ってくれたという事?
「気道を広げた所で魔法を解いてしまえばすぐに塞がるだろう。なら、ポジェライト家の嫡子を助ける為には、魔法をかけ続けなくてはならない。少なくとも、身体が大人になって気道が広がりきるまでの間は」
『な、何が言いたいのです……』
「魔法が継続しているなら、自分の魔法の位置くらい辿れるんじゃないのかな?」
つまり……アイビーなら弟くんの居場所が分かる?!
「そうなのアイビー?!」
『い、い、いえ!! わたくしは知りませんわ!!』
「嘘が下手だね」
メティスがずいっと私と距離を詰めてきた。すると、私を通じてアイビーが慌てふためいていて、多分半泣きになっている。
「嘘は駄目だよ、何故知っているのに今まで知らないと嘘をついていたのかな?」
『わっわわわわわたくしはししっしい』
「魔法は維持されているんだよね?」
『し、しりませっ』
「嘘はつくなと言ったよね」
『魔法は維持されておりますわ!! 生きております!!』
ちょっと低くなったメティスの声に怯えてアイビーはぽろっと言ってしまった。
え……じゃあ? アイビーの弟くんにかけた魔法が維持されたままだから、つまり弟くんは、生きてる!!
「メティス! 弟くん生きてるって! い、いきて…るって!」
「うん、良かったねウィズ、また必ず会えるよ」
「うんっ!」
嬉しくって涙目になってしまった私の頭をメティスがよしよしと撫でてくれた。
「それで場所は?」
『ば、ばしょ?』
「居場所だよ、辿れるよね?」
『む、無理ですの! ウィズ様の中からでは位置の把握までは!! 今の弱っているわたくしでは限界がありますの!』
「使えないなぁ……」
『申し訳ございません!!』
あれ? なんか、アイビーが喜んでいる気がする? なんかこう、胸を押さえ下グゥってなっているような? どうして?
「何故黙っていたの?」
『そ、それはっ、わたくしが関わってはまた、またっ』
「なに?」
口ごもるアイビーを追求するようにメティスはずいずいと近づいてくる。メティスのお顔がもう鼻がくっつきそうな位に目の前にある。
「まだ隠している事があるよね? 君が出てくるタイミングもおかしいと思っていたんだよ、なんだか避けて……」
『もう無理ですわぁあああっ!!』
ぷつんと、アイビーと繋ぐ意識が途切れてしまった。
アイビーが逃げたという感じでは無く、感覚的にはいっぱいいっぱいになって倒れた感じと似ている。
「メティス、アイビー眠っちゃったみたいだよ」
「……使えない」
小さく舌打ちをするメティス! とても辛辣だ!
「でも、まあ……一番知りたかった情報は聞きだせたよ、生きていると分かっただけでも良かったね」
「うん! うん! メティスありがとう! すぐに帰ってパパにも教えてあげなくちゃ!」
「待って、ここからが本題なんだ」
「本題?」
興奮して立ち上がってしまった私の腕を掴んで、座ってと促され、また改めて座った。
すると、メティスは至極真剣な顔をしながら、私の手を握った。
「さっきの話の続きだよ、ブラッドが姿を眩まし、それを手引きしたのはダルゴットだと言う」
「なんですって?!」
居住まいが悪そうに下を向いていたポセイドンもその言葉を聞いて酷く焦りはじめた、けど私は状況がいまいち飲み込めていない。
「そりゃ凄く許せないし絶対捕まえてやるって思うけど、ブラッドが逃げたら、何かマズいことがあるの?」
「分かりやすく説明するね、ブラッドはダルゴットと繋がっている。主従関係というよりも、ダルゴットにブラッドが雇われているといった感じだろう。
そしてそのブラッドは……僕が魔王の生まれ変わりだと聞いてしまっている」
今度は私の全身から血の気が引く番だった。
そうだ、私とメティスの会話をブラッドに聞かれていたんだった!
それを知ったブラッドがどんな行動に出たかというのは記憶に新しい……私を殺して、メティスに絶望を与えて魔王に復活させようとしていたんだ。
「そう、そしてダルゴットは魔王復活を目論みあんないかれた儀式まで行おうとした。そんなダルゴットにブラッドが牢屋から救い出された理由はただ一つ……僕が魔王の生まれ変わりだという事をブラッドから聞いて、ブラッドにはまだ利用価値があると判断したからだろう」
「そ、そんな!」
「ダルゴットは今まで魔王復活の為に儀式を行ったり、自分の子どもを銀の髪の男と掛け合わせて魔王の器を作ろうとしていた狂信者だ。そんな男が僕の存在を知ったら? もう回りくどい計画なんてしなくていいと思う筈だ。僕が魔王として覚醒すれば奴の計画は成就されるんだから。
そして、僕が魔王として目覚める為のトリガーは……」
メティスは私の手をギュッと握りしめて、悲しそうな眼差しを向けてきた。
「君だから……ウィズ」
「私が死んだら、メティスは魔王に目覚めてしまうの?」
「うん、ブラッドもあの日にそれを確信していたからウィズを狙ったんだ、その話をブラッドがダルゴットにしていない筈がない。
僕の世界一大切な子を奪えば、魔王として目覚めて僕を苦しめる事が出来ると……彼奴らは知っているから」
メティスの身体がグラリと傾き、私の肩に頭を乗せた。顔は窺えなかったけど縋るように強く強く抱きしめられた。
「ごめんねウィズ……僕が君を好きになってしまったから、君を危険な目に遭わせてしまう事になるかもしれない」
「メティス……」
「それでも、君を手放す事が出来ないんだ。君の居ない世界は残酷で惨くて汚くて僕はすぐに見捨ててしまうだろうから。
こんな僕は居なくなれば良いとも思うのに、僕がいなくなった後で君を他の誰かに奪われてしまう事もどうしようもなく怖くて死ぬ事もできない」
ごめん、ごめんと謝るメティス。
「僕が愛した君は、どうしていつも奪われてしまうんだろう」
メティスを抱き返して、メティスをここまで追い詰めて苦しめる世界に憤りを感じた。
今ならゲームの悪役令嬢と呼ばれていたウィズの気持ちが少しは分かるかもしれない。
大切な人をここまで苦しめて、トドメを刺そうとする世界を何故庇えると思うだろうか?
それなら、私やメティスがこの世界を大切だと思えるように変えていかなくては。
一緒に生きて行く為には、ゲームのように破壊するだけの未来では何も残らない。
死ぬ筈だったダルゴットが生き延びてしまった。
けれど、魔王として復活する筈だったメティスはまだ人間のままだ。
悪い事も良い事も起きてしまった未来だけど、悔やんでばかりいては敵に太刀打ちできない。
覚悟を決めよう、私の命を賭けてメティスを守る覚悟を。
「私今よりもっと強くなるからね!」
「ウィズ……?」
「そんじょそこらの暗殺者なんて返り討ちにしちゃう位に強くなるの! メティスがまた命を狙われたの? なんて冗談で笑われる位余裕で強くなるよ!」
ぽんぽんとメティスの背を撫でる。
「だから、メティスはメティスのままでいいんだよ! 居なければいいなんて思わないで、メティスが魔王の生まれ変わりで私はよかったって思うよ」
「なん、で?」
メティスの顔に手を添えて顔を覗き込み、満面の笑顔を見せて笑った。
「メティスじゃなかったら、魔王様をこんなに守りたいって思わなかったからね」
「っ……!」
「前世では人間達と戦って、憎んで、殺されて。今世でも辛い筈なのに、私の事を思ってとどまろうとしてくれて、婚約者として望んでくれてありがとう。
絶対絶対私は死なないよ! だからずっと一緒に居よう! メティスを虐める悪い人達は私がやっつけるからね!」
メティスを守る為なら、ちょーっとは悪い事もしちゃうかも? 頭が禿げる薬を作って脅してみようかな? それとも年中花粉症の症状が出るようにする魔法でも覚えちゃう? メティスの婚約者だからこそ彼の傍にいて存分に守る事もできるんじゃないだろうか?
ふふふと口元を押さえて笑って、メティスに高らかに宣言する。
「大丈夫! ゲームでは私は悪役令嬢だったんだよ! わるーいことだってしちゃうもん! このまま魔王様と婚約して世界を救っちゃうよ!
あ、でも救う第一優先はメティスであって、世界はおまけにね!」
胸を張ってどや顔を決めようとしたのに、そんな暇も与えられずにメティスに思い切り抱きしめられた。
「いたたたたっ?! メティス苦しいよ?!」
「好き……ウィズ大好き、好きって言葉で伝えきれないぐらい好き……すき」
「ありがとう?! でもちょっと手の力を緩めて貰えると嬉しいな?!」
「無理、離れたくない、好きすぎてつらい……」
「ぴぎゃーーっ?!」
「メティス様……ウィズ嬢の背骨が砕ける前に離した方がよろしいかと……」
もごもごしてもメティスは暫く離してくれず、馬車が王都を一周してポジェライト邸に帰って来るまでの間ずっと抱きしめられ続けたのでした。
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