54-2 ピースはまだ足りない

「ウィズ? 顔色が悪いけど大丈夫?」

「え……あ、だいじょうぶ」


 心配そうに私の顔を覗き込むメティス。

 トゥルーペの話は……今はまだパパには出来ない、でも全てを話したメティスにはあとで伝えよう。


 でも後悔はしていない、メティスを助ける為の代償がダルゴットの生存だったとしたら、その代償は私が償わなくては。


「もう一つ、お前達に知らせておく事がある」

「それは?」


 メティスの問いにパパは頷き、耳を疑う事実を口にした。


「城の牢獄からブラッドが脱獄した」


 ガタンと机に手をついて、メティスが立ち上がった。

 笑顔も消え、酷く焦った様子でパパに詰め寄る。


「それは、どういう事ですか?! 城の牢から逃げ出すなど出来る筈がない!」

「魔封じが施された特殊な牢だったそうだ、それが先日見回りの兵士がもぬけの殻になっているのを見つけたという……これは俺とファンボスの考察だが、ダルゴットが奴を逃がしたのではないかと考えている」

「そんな……」

「奴は自分の証拠は残さず処理をする男だ、そのダルゴットに切り捨てられる事なく、生かされたという事はダルゴットにとってブラッドはまだ使える価値があったという事だろう」


 メティスは考える素振りを見せ、僅かに目を見開いた。

 まるで、パパのいうブラッドの【価値】というものに気がついてしまったというように。


「ああ……なるほど、そういう事か」

「メティス?」

「ポジェライト卿、ウィズを少し借りてもいいかな? 王家の馬車で王都を一周して散歩をしてきたいんのだけど」

「突然何をいう」

「貴方が昨日酷く動揺していた理由を、僕は父上から聞きましたよ?」


 メティスは笑顔をつくりおどけて見せた。


「貴方の息子の痕跡を見つけたという事を」

「えっ?!」


 聞いてない、そんな話知らないよ?!

 どういう事なのとパパへ振り向くと、パパはぐっと歯を噛んでいた。


「……クラリスとファンボスがここ数年かけて息子の魔力の痕跡を辿っていたんだが、見つけた子爵家の屋敷は放火され……そこに住んでいた者は全員死んだそうだ」

「そ、そんな……」


 じゃあ、まさか……弟くんは、放火で……死んでしまった?

 突然目の前が揺れて体が傾いてしまった所を、メティスが肩を抱いて支えてくれた。

 全然現実味が湧かない……どういう事なのか理解出来ない。


「何故息子があの爆破からその屋敷に辿り着き、そんな目にあったのか……」

「ですが、燃え後から幼児の遺体は発見されなかった」


 メティスは私の体を支えて私と一緒に立ち上がった。


「生きているという証拠を見つけてくるという条件で、ウィズをお借りしてもいいでしょうか?」

「なんだと……」

「僕の推測があっていればですが、それを聞く相手が今日を逃すとまたいつ会えるのか分からないので、急ぎウィズをお借りしたいのですが」

「…………」


 メティスとパパが無言のまま見つめ合う。


 どういうこと? 生きている証拠? じゃあ、メティスは弟くんが生きているかもしれないという確証があるんだろうか? それが何故私と出かける事に繋がるのか分からないけど……メティスの言う事なら信じられる。


「お願いパパ! 少しで良いの時間をください!」

「……事情は、あとで知らせてくれるんだろうな?」

「ええ、約束します」


 パパは私とメティスを見つめると深く溜息をついた。


「どうやら、俺には言えない秘密がお前達にはあるようだな」


 パパは強く自分の腕を握りしめると、窓の外を見つめながら告げた。


「夕刻までには必ず帰すように」

「分かりました」


 メティスは私の手を優しく引いて微笑む。


「行こうウィズ」

「うん……」


 無言のまま私達を見送るパパを背に、私はメティスにエスコートされるがまま、外で待たせてあった王家の馬車の前までやって来た。


 メティスは御者に王都の周りをゆっくり走るようにと命じ、外で待っていた甲冑姿のポセイドンへ目配せをした。


「お前も乗れポセイドン、話がある」

「はい……?」


 どういう状況なのか分からないポセイドンは不思議そうにしていたけど、私とメティスの後で、言われた通りに一緒に馬車へ乗り込んだ。


 そして、ゆっくりと馬車は走りだす。


「フゥ……」

「メティス?」

「突然攫うように連れてきてごめんねウィズ、でも今からする話は僕達以外には聞かせられない話だったから」


 メティスは窓のカーテンを閉めてから、ポセイドンに向き直った。


「この際だからハッキリさせておこうか……お前と、アイビーという大精霊が繋がっているであろう事を」

「ひょ?」


 驚いて変な声が漏れてしまった。

 静けさが包む馬車の中で、静寂を破るように最初に声を発したのは私だった。


「で、でもメティス! 前にポセイドンはアイビーは闇の大精霊で特殊な存在だからよく知らないって言ってたじゃない?」


 そう、あれは魔力測定の時に私が倒れて、その後でパパと、メティス、ポセイドンでお話した時の事だ。ポセイドンは少しの情報を教えてくれたけど、他は謎だと言っていた筈だ。


「そうだよ、あの時は気づかなかったけどね、あとでウィズからアイビーの事を聞いて違和感を覚えてね」

「違和感?」

「魔力測定の時に君は倒れてしまって、意識の中で闇の大精霊と邂逅したと言っていたね?」

「う、うん、そこが初めての出会いだったんだよ」

「そこで、ウィズは名前がないという闇の精霊アイビーに名前を付けたと言っていたよね」

「うん! 私がアイビーってつけてあげてね、喜んでくれたよ」

「そう、意識の中だけの邂逅で、名前を付けたのが君なのに」


 メティスは足を組んでから、手のひらを見せる形でポセイドンを指さした。


「何故お前はあの日、闇の大精霊の名前が【アイビー】だと知っていたんだ?」

「……あっ!」


 そう言われてみるとそうだ。目覚めてすぐに闇の大精霊の話をして、アイビーの名前は私しか知らなかった状況だった筈なのに、ポセイドンは私が教えるよりも前に【アイビー】という名を口にしていた。


 あの日に私が感じた違和感はこれだったんだ……!


 ポセイドンは目に見えて狼狽えだし、違うと言わんばかりに首をかぶり振った。


「あの日にメティス様にお聞かせした話に嘘はございません!」

「あの話が本当であろうが、重要な事を話さないようでは隠していると同じ事だけどね」

「そ、それはっ」

「ウィズの意識の中に侵入している素振りは見られなかったし、だとしたらどうして闇の大精霊の名前を知っていたのかな?」

「あの……」

「ねえ、言えないの?」


 メティスの冷ややかな視線の元で、ポセイドンはぐっと言葉を呑んで何も言えなくなった。


「面白い話を聞いて、そこから仮説をたてたんだけど」


 メティスがチラリと私の方を見た。私から聞いた話から推測したという事かな?


「この先の未来を知る手段があったとして、お前はそれで未来を知っていて大精霊の名前を知っていたのかな?」

「っ違います私は!」

「まず疑問だったんだけど、大精霊達は中位精霊以下の者達と違って、自分達が望んだ者としか契約しない生き物だよね? お前はボクがまだ小さかった頃【僕とエランド兄上の周りをうろついていた】よね。【すぐに僕を選ぶ】でもなく、【僕とエランド兄上を見ていた】のを覚えているよ」


 スゥとメティスの目が細められる。


「何故お前は僕を選んだんだろう? 闇の大精霊も何故ウィズを選んだんだろう?

お前達は何故、気がついた時には既に僕達の傍にいたんだろうね?」


 アイビーは私が産まれた時から傍にいたと言っていた、メティスも気がついた時から傍にいたという事は私と似た状況だろう。



 何故わたしたちは大精霊に選ばれたんだろう? 私達が望んだ訳でもないのに、何か目的や望みがあるんだろうか?



 それに……ポセイドンが選んだ相手はただの人間ではない、魔王様なのに、だ。


 ポセイドンは僅かに震えながら膝の上で拳を握りしめた。


「言えない、のです……ならぬと申しつけられた事柄がありますっ、我ら精霊は刃向かえない唯一のお方がいるのです」

「それは誰?」

「精霊王様ですっ」


 精霊王……様?


 魔力鑑定の時にもその名前は出てこなかった、人間界でその情報は秘匿されているのだろうか? 私達人間に王様がいるように、精霊にも王様がいるという事なのかな?



 それは一体、どんな方なんだろう?



「どうせ言わないと思っていたよ」


 メティスは馬鹿にするように鼻で笑い、頬杖を突いた。


「だからお前は信用できないんだよ」

「…………」

 メティスに何も言い返せずにポセイドンは黙り込んでしまった。

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