54-1 ピースはまだ足りない
「お帰り願おう」
「嫌ですね、来たばかりで帰れとは何事ですか義父上」
「貴様に父親呼ばわりされるいわれは無い」
宣言通りにお昼に正式に訪問したメティスを玄関の前で迎えたパパが、怒りのオーラを振りまきながら通せんぼしている。
私はそんなパパの後ろに居て、どうしたのかとただオロオロする事しか出来ない。
「僕を屋敷に入れたくない理由はなんでしょう?」
「明け方に娘の部屋に侵入したらしいじゃないか」
「へぇ……」
メティスは薄く笑い、屋敷内にフレッツの姿を見つけると視線で「言ったな?」と睨み付けた。
「ふ、フレッツ! パパに言ったの?!」
「そりゃ言うでしょうよ、主君のお姫様の事ですよ? 言わない方が忠誠を疑われますよ」
「そうだけど~~!」
メティスは会いに来てくれただけだし、空気を読んで黙っていてくれるかなって思ったのにーーっ!
「見間違いでは?」
そう言ったメティスの爽やかすぎる笑顔にギョッとする。
「国の王子が明け方に令嬢の部屋に居るだなんて、普通に考えてあり得ませんよね? 明け方で寝ぼけていたのか、暗すぎて見間違いだったのでは?」
「いえ、俺の視力は8.0あるので」
「フレッも私といっしょですっごく視力いいね!」
言い切ったフレッツに対し、メティスは動揺など見せずに笑顔で続ける。
「見たのが僕だったという証拠は?」
「無いっすけど」
「物理的証拠もないのに? それに、他に見ていた者はいるのかい?」
「いないでしょうね、アリネスは俺のせいでそれどころじゃなかった……」
ダァンッと凄まじい音がロビーに響いた。フレッツは足を押さえて震えながら蹲り、その隣で涼しい顔をしたアリネスが立っている。
あ、足踏んだよねアリネス?
「僕を屋敷に入れない理由としては弱いですね、ポジェライト卿」
「……ウィズ」
「ひぃ?!」
パパが振り返り、私は飛び跳ねた。
「どちらの言っている事が本当なんだ……?」
「えっ、あっ、あのっ」
本当の事を言えばメティスが追い出されてしまうし! かと言って、メティスを庇えばフレッツが怒られる! 冷や汗をだらだらとかきながら、自分に出来る最高に可愛いぶりっこポーズで首を傾げた。
「ウィズ、寝てたからわかんないっ」
「可愛い」
メティス真顔でそんな事言ってる場合じゃ無いでしょ! 今ピンチなのはメティスなのに!!
もういっその事気絶したフリをした方が早いんじゃないかと思い始めた時、パンパンと手を叩く音が響いた。
「ようこそお越し下さいましたメティス殿下」
姿勢正しく振るまい、笑顔でメティスを招き入れたのは執事長のセバスチャンだった。
「このような場所で足止めをさせてしまい申し訳ございません、ささ、どうぞ屋敷内へ」
「セバスチャン……」
パパはジトリとセバスチャンを睨んだけど、セバスチャンは気後れすること無く、パパに言い放った。
「正式に訪問すると通達があり、それを既に受け入れているのですから、それを追い返すなど言語道断でございますぞヴォルフ様」
「しかし」
「仮に本当にメティス殿下が訪れていたとしても、簡単に侵入を許したのは我々の落ち度です。今後の警備強化に努めましょう」
「そうだな……」
警備の強化と聞いて、メティスの頬筋がぴくりと動いたのを見逃さなかった。あれは「面倒な事を言ってくれたな」という意味に違いない。また侵入してくる気満々だったねメティス。
パパはまだ不服そうだったけど、取りあえず予定通りにとメティスを屋敷に招き入れる運びとなった。
メティスは屋敷に入るなり、真っ先に私の元へきて「会いたかったよウィズ」と微笑みながら手をとってそこに口づけをしてきたものだから、また騒ぎになりかけたのをなんとか落ち着かせる事で精一杯でした。
会いたかったって言葉は嬉しいけど、数時間前にも会ってるんだけどねメティス!
◇◇◇
パパの部屋に通されたのは私とメティスの二人だけで、他の人達は入らないようにとパパに厳命された。
この状況を不思議に思いながらもパパと対面する形で私とメティスはソファに座った。
「パパ? 昨日からどうかしたの?」
「……回りくどい話は苦手だから、率直に事実を伝えよう」
パパは眉間に皺を寄せ、指先で額を押さえながら告げた。
「先日の第二王子誘拐事件を目論んだ犯人は……ダルゴットだ」
「えっ」
驚く私とは対照的に、メティスは仄暗い笑みを浮かべていたものの、落ち着いて聞いていたから、想像はついていたのかもしれない。
「被害にあったメティス殿下とウィズ、お前達の話を元にあの地下劇場を調べた結果その結論と、ダルゴットが関わっているという密書が届いた」
「密書……?」
「送り主の名前は、チェシャと書いてあった。その名前はお前達から聞いていた、助けられたという人物と同じ名前だな」
パパが机の上に置いた手紙には確かにチェシャという名前で、あの事件の詳細とその犯人はダルゴットだと書かれていた。
「ただ、状況証拠しかなく、ダルゴットを追い詰めるにはまだ足りない。あの地下劇場にもダルゴットが関わっていた痕跡は見つからなかった」
「あのダルゴットが自分の痕跡を残す訳がないものね」
メティスは忌々しげに腕を組んで、指先でトントンと自分の腕を叩いている。
そう言われてみたら……あの日、私の顔を見てポジェライトの血は忌々しいって言っていたのは、私の事を知っていたって事だもんね。
仮面をしていて顔を見ていなかったのが悔やまれる、顔さえ見ていれば確固たる証拠になったかもしれないのに。
メティスがチェシャさんからの手紙に手をかざすと、小さな水の龍が現れ、それは部屋の窓から外へと飛び立った……けど、すぐにUターンしてメティスの元へ戻って来てしまった。
「連絡手段は向こうが拒否しているようだね、伝達魔法も使えない」
「お前達を助けたという者らしいが、どこまで信頼出来るのかも怪しい所だ……しかし、ダルゴットを告発した所をみると、少なくともダルゴットを敵対視しているようだな」
「何者かも分からない者を頼る訳にはいかないからね、こちら側だけで証拠を見つけられたらいいんだけど」
その時、キンとグラスを弾いた音が脳内に響く。
『証拠なら……残しましたわ』
落ち着いた女性の声、アイビーだ!
「今の声は……闇の大精霊の声か?」
「うん! アイビーの声だよ!」
パパはじっと私を見つめ、どういう事だと問い掛ける。
けど、対照的にメティスは私を見るでもなく、じっとアイビーの声に耳を傾けて動かない。
「アイビーおはよう! 最近ご無沙汰だったね!」
『ええ、今はそんな事より証拠のお話ですわね。あの日、ウィズ様はダルゴットの肩にナイフを突き立ててメティス様をお助けしたでしょう?』
「うん! ぐさってやっといたよ!」
『その傷ですが、治癒出来ぬように時を止めておきました』
「えっ?!」
アイビーは淡々と語り続ける。
『体内の血の巡りまでは干渉出来ませんから出血は止まるでしょうが、外的に見える傷は治癒魔法をかけてもくっきりと消えぬ傷として残っている筈ですわ』
「それは確かな証拠になるだろうが」
パパの言葉を遮り、メティスが口を開く。
「その時のナイフを、ウィズはまだ持っている?」
「う、うん!」
「なら、確かな証拠になるね、ウィズのその短剣はポジェライト卿がウィズの為に作らせた一点物で、力増幅魔法が掛かっている剣でもあるから、傷口の時を止めたのなら魔力の痕跡も残っているだろう。
ナイフの切っ先と傷口の形が完全に一致すれば言い逃れは出来ない筈だよ」
「……何故お前がウィズの短剣の事にそんなに詳しいんだ?」
「ウィズの事ならなんでも知ってますよ」
輝く笑顔で答えるメティスと、嫌そうな顔で引いているパパ。
『証拠はダルゴットの体とウィズ様の短剣が合わさって成立するものです、大切になさって』
「ダルゴットなら体の違和感にも気づくだろうから、今後はウィズの短剣を狙ってくるだろうね」
「ああ……ウィズ、その短剣はあとで預かってもいいな?」
「うん、パパに渡すね」
そう答えてふとトゥルーペの事が頭を過ぎった。
ダルゴットがメティス誘拐事件の主犯であるのなら、ダルゴットを主君と呼んでいたトゥルーペはその手下という事になる。
じゃあ、緑星院の大司教であるトゥルーペがダルゴットと繋がっているなら、緑星院もまた敵という事になるだろうか?
私に対するトゥルーペ様は表向きはとても優しそうな人に見えた。けど、パパを見る目には殺意すら感じるもので……。
この事はみんなに教えた方がいい? ゲームでのトゥルーペとラキシス殿下の関係にも繋がる事になるし……。
そこで違和感を覚えた。
そうだ……ゲームではトゥルーペが裏の世界を牛耳って悪事を働いていたのに、それを操るダルゴットの描写はなかった。
いや、違う。描写が無かったんじゃない……居なかったんだ。
ダルゴットは本来、あの地下劇場で魔王に覚醒したメティスに殺されていたんだ。
だからゲームではその姿が無かった。
死んでいた筈の人間が私がメティスの魔王覚醒を止めた事によって生き延びてしまった。
あのゲームが未来を描いていたものだというのなら、私は未来を変えてしまったんだ。
それも、ポジェライト家とメティスに悪意を持つ者を生かしてしまうという最悪な方向へ……。
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