53-3 心臓がもにょもにょする


「あっ、話を打ち切られちゃったよ!」

「自分の用件だけ告げて、こっちの質問には答える気がないようだね。あと、きどくするーってどういう意味?」

「メッセージを見たのに無視しちゃ駄目って意味だよ、前の世界ではスマホっていう魔法みたいな道具があって、それで手紙のやり取りが瞬時に出来ていたから、そこから産まれた言葉だね」

「なるほど、じゃあきどくするーって言葉は異世界でしか通用しない言葉という事だね」


 メティスは本を見下ろしながら指先で文字を撫でた。


「この世界の人間が異世界人を語る可能性も考えたけど……どうやらその線は薄そうだね」


 フゥと溜息をついて、メティスは本を閉じた。


「こうして僕にバレても連絡を返してきて、更に自分の為にも協力を仰いできたという事は、トキという人物にとって君は簡単には切り捨てられない重要な人物という事だろうね」

「そうなるのかな……」

「謎が多すぎるけど、今の所は敵意はないようだから様子をみよう。僕は常に疑い気に掛けておくことにするよ、何か連絡がきたら僕にも教えてね」

「わかったよ!」


 詳しい事は教えてくれないけど、私と時輝さんのゴールは同じであり、その為にはお互いの存在が必要不可欠という事だ。

 もう一人で悩まなくてもいいし、メティスに相談しながらちょっとずつ前進していけば答えに辿り付けるかな?


「ひとまず僕は一度帰るよ、また昼に今度は正式に訪問するね」

「このまま居てくれてもいいのに」

「いやいや、寝ている君の部屋に侵入したなんてバレたらヴォルフに吊し上げられそうだから止めておくよ」


 メティスはどこか楽しげに笑い、バルコニーに続く扉を開けた。


「本当にいいの?」

「うん、外でポセイドンを待たせているから安心して。それじゃあまた後で……」


「どういうつもりなんだフレッツ!」


 瞬時にメティスはその場にしゃがみ込んだ。

 外から聞こえてくる怒鳴り声に聞き覚えがあり、私もメティスにならってしゃがみながらバルコニーに近づき、声がする外の訓練場の方へ視線を向けた。

 言い合いをしているのは、アリネスとフレッツだ!


「あれは、君の護衛騎士の人とここの兵士だよね? こんな早朝に何を言い合いしているんだか」

「ううん? どうしたんだろう?」


 メティスは帰るにも今飛び降りたら確実に二人に気がつかれるので、姿を隠しながら様子を見守っている。


「お前っ、昨日はわざと私にギルドへの仕事を宛がってウィズ様の護衛として城にあがったそうだな? 何故私に秘密にして勝手な真似をしたんだ!」


 アリネスが怒鳴りつけているけど、フレッツはいつもの涼しい顔をしたままで、表情に変化は無い。

 そういえば、昨日はフレッツが私の護衛だったね。アリネスは用事があって来れないって聞いていたけど、フレッツがアリネスに仕事を押しつけちゃったという事だろうか?


「まあ……ちょっと確認を」

「確認だと?! 護衛騎士の私を退けてまでお前は何をしたかったというのだ?!」


 美人が怒ると怖いというのは本当だね。アリネスの綺麗な顔が怒りで歪み、それを一身に浴びているというのに、フレッツは悪びれる様子が微塵もない。


「でもまあ、お陰で分かったし、自覚もしたんすけど」

「何を意味の分からない事をッ、話すつもりがないのなら好きにするがいい。この件については総執事様を通してヴォルフ様に報告させてもらう」


 アリネスが踵を返して立ち去ろうとすると、フレッツはアリネスの腕を掴んで止めた。


「アリネス、好きだ」


「えっ」

「おや」


 突拍子の無いフレッツからアリネスへの告白に思わずバルコニーに端までほふく前進で詰め寄ってまじまじと眺めてしまう。


「メティスっ、フレッツがアリネスの事好きだって! 愛の告白してるよぉ!」

「そんなに興奮すること?」

「ドキドキだね!」

「僕からの告白にもドキドキして欲しいものだね」


 アリネスは固まっていたけど、我に返るとフレッツの手を振り払った。


「これが冗談なら相当たちが悪いな」

「本気だ」

「そういった素振りは感じなかったが」

「自覚したのが昨日だから」


 しばし見つめ合い、二人の間で時間が止まる。

 アリネスはなんて答えるんだろうって、どきどきしながら見守っていると、アリネスは長い溜息をついた。


「冗談でも本気でも答えは同じだ、私はお前の事は恋愛対象には見れない」

「ま、そう言われるだろうと思っていたよ」


 フレッツの金の髪が風に揺られ朝日に煌めく。アリネスに想いを受け入れられないと言われたのに、アリネスに向ける熱い眼差しは変わらない。


「俺が二十歳位年上だったら少しは意識してくれたんすかね」


 カァッとアリネスの顔が赤くなる。それはフレッツに赤くなった訳ではなく、誰か別の人を想像したような素振りだった。


「もうこの話は終わりだ、二度としないでくれ」

「それは出来ない」


 フレッツがアリネスに距離を詰める。


「アリネスが誰の者にもならない間は、俺はアンタに好きだって言い続けるよ」

「は?!」

「俺しつこいから、よろしく」


 最後にようやくフレッツは笑顔を見せて、アリネスを追い越して歩き出した。

 そして、バルコニーに隠れている私達を見上げると、フレッツは控えめに手を振って、その場から立ち去って行った。


「私達が見ていたの、フレッツにバレてるねぇ」

「僕の事をヴォルフに報告しない事を祈るのみだよ」


 アリネスはフレッツの背を見送ってから、頭を振りかぶり逆方向へ歩いて行ってしまった。


「今はまだ脈は無さそうだけど、フレッツには頑張って欲しいな~! 私応援しちゃうよ!」

「ウィズは人の恋愛よりも、自分の事もちゃんと見てね」

「自分のことって?」

「僕はウィズの事を世界に咲くどんな花よりも可憐だと思っているし、君が生きているからこの世界を生かしておいてもいいと思っているよという事」

「ありがとう?」


 難しい言い回しにどういう意味かと考えながらお礼を言うと、上手く伝わっていない事にメティスは気分を害したようだ。


「分かりやすく言おうか? 僕は君が望む事は全て叶えてあげたいと思っているし、君が僕の傍で生きて笑ってくれているから世界がほんの少し好きになれる。でも、君に気安く近づく人間には苛立って嫉妬するし、もしも君が僕以外の誰かを選んだらと思うと気が狂いそうになる位辛くて苦しい。早く結婚したいのに年齢がそれに伴わない事が悔しいからもういっそのこと法律を変えて結婚だけでも先にしたいと思ってしまう位に君の事が大好きだから僕の事もちゃんと異性として意識してね、って事」

「お、おぉ……!」


 スラスラと早口で語られた告白に、ときめくというよりも、ありがとうございますと言いながら拍手をしてしまった。


「ウィズはまだ恋愛面が子どもだっていうのは分かっているんだけど、鉄壁すぎて辛いよ」

「ご、ごめんね?! でもね、ちゃんと嬉しいとは思っているんだよ! 私を好きになってくれるなんてありがたすぎて!」

「いいよ、これから君が意識してくれるまで、ずっと想いを伝え続けるから」


 メティスは私の長い髪を手で払うと、そっと私の目の下にキスをした。

 ゆっくりとした動作でしばし触れて、名残惜しそうに離れていく。


「だから、他の人に目移りなんてしちゃ駄目だよウィズ。僕だけを見ていてね」

「えっ、ええ?」


 ボッ! という空気を裂く音と同時に部屋からバルコニーに飛び出してくるゴンザレス! 今のお顔にちゅーでセキュリティー作動しちゃったのかな?!


 メティスはそれを避けて、唇に指先を置きながら微笑んだ。


「それじゃあねウィズ、また後で会おう」


 ゴンザレスが追撃をかけるように、両腕を振り回してメティスを追い払う。

 一人残されたベランダで私は胸を押さえながら首を傾げていた。


「なんか、心臓がもにょもにょする……」


 メティスが微笑んで、私に触れて、好きだよと言ってくれた。

 こんなに近くにいて当たり前の日常の中にメティスが居る。

 いつもの事なのに、何故かもう忘れてしまった今朝の夢が頭を過りそうになり、心臓がぎゅうっと締め付けられた。


「……? なんで心臓痛いんだろ」


 切ない等ではなく、物理的に、痛んだ気がする。



『俺を、見て』



 なんだろうこれ、なんて考えつつも答えなんて知らないから、ソフィアが私を起こしに来るまで二度寝する事にしたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る