53-2 心臓がもにょもにょする
「おっと」
メティスは予想していたのか、軽々とそれを交わして後ろに飛び退き私から距離を取る。そうすると、ゴンザレスは動きを止めて、また普通のぬいぐるみとなりコテンとベッドの上に転がった。
「ゴンザレス?! 貴方動けるの?!」
「命は宿っていないよ、ウィズに危害を加えようとするものから君を守るよう術式を組み込まれている。一体誰がこんな高度なものを作って兄上に渡したんだが」
メティスは溜息をついて、残念だねと笑う。
「これがある場所ではあまりイチャイチャ出来ないね」
「うん?」
「寝室に置くボディーガードとしては及第点かな、兄上も邪魔者を仕組んでくれたものだよ」
メティスがベッドの端に座り直すと、ゴンザレスがまたぴくりと動いた。
おお……! 本当にマジックアイテムだったんだね、小さい時に貰って体が包み込まれる位大きかったのが、成長した今の身長でも大きさが変わらないのが不思議だなと思ってたんだけど、もしかして私の成長に伴い体も大きくなってる? すごく格好いい!!
「ウィズのその輝く瞳はマジックアイテムに向けられているものだよね? 兄上じゃないよね?」
私の感情を探るようにじっとメティスが私の瞳を見つめてくる。
「マジックアイテム格好いいです! エランド兄様にもまたお礼を言わなくちゃね!」
「……兄上はもうじき城を出て儀式を受ける事になるよ」
「儀式って?」
初耳の内容に首を傾げるが、メティスはじっと私を見つめたまま淡々と話し続けた。
「兄上に適する属性の精霊と契約する為の儀式、たとえ王族といえども精霊界に干渉など出来ないから、自ら出向いて契約する精霊を見つけなくちゃならないんだ。
だから兄上は精霊と契約するまで王城に帰って来ないよ」
「えーーっ?! そうなの?!」
「高位の精霊との契約を目指すだろうから、数年は帰ってこないだろうね」
「そんなぁ」
「寂しい?」
メティスは瞬き一つしないで私を凝視している。なんだろう? さっきメティスに髪を梳いて貰ったけど、ブラシじゃ直せない寝癖でもついてるのかな?
「寂しいけど、精霊さんと契約する為に必要な事なんだもんね? 応援しなくっちゃ! あ、お手紙を書いても届けられるかな?」
「…………」
「メティス?」
「よかった」
一体何がよかったというのだろう? メティスは手をヒラヒラと揺らしてから笑顔で首を振った。
「精霊契約の旅に出ている王太子相手に手紙を届けるのはもう難しいだろうね、君はもう兄上の婚約者候補ではないのだから」
「そっかぁ……」
「まあ、兄上から君への手紙は届きそうだけど……僕と同じで簡単に君を忘れる事なんて出来ないだろうから」
「へ?」
メティスはなんでもないよと言ってベッドから立ち上がった。
「起きがけに長話をしてごめんね、屋敷の者が君を起こしに来てしまう前に用件を済ませてしまおう」
あ、そうだよね! メティスは時輝さんとの本の事を心配してわざわざ早朝からここに来てくれたんだよね。
「ウィズ、本には事前に僕の事は書いておいた?」
「うん、昨日寝る前にメティスに時輝さんとの本の事を伝えてしまいましたと書いておいたよ」
ベッドから飛び降りて、予めベッドの下にタオルを巻いて隠しておいた本を取り出した。メティスとアイコンタクトを取って互いに頷き合い、本を机の上に置いた。
「あ! メッセージが追加されてるよ!」
「返事がきていたんだね、なんて書かれているのかな?」
「えっと……」
二人で本を覗き込み、日本語が読める私がその書かれている言葉を口にした。
「ばーーか」
「……ん?」
「えと『ばーーか』って書かれてるね」
目を擦って何度見返してみても『ばーーか』と書かれている。つまり『馬鹿』と叱られているという事だ!
「怒らせちゃったって事かな?」
「でもまあ、返事はしてきたね。じゃあ次は『他の人に貴方の事を教えるのはなんでいけないの?』って書いてみようか」
メティスに言われるがまま、言葉を書き込むと、なんとすぐに返事が記されていく。するすると本に文字が書かれていく様をメティスはどういうカラクリなのかと呟きながら、まじまじと眺めている。
「えっと『俺はたった一日で約束を破ったお前がアホすぎて頭が痛くて一睡も出来なかった』って書いてます!」
「ふうん」
「それと『メティスにバレるのはまだマシだろう』って書かれてるよ」
「僕に知られるのがマシ?」
本には更に続きが記されていく。
【お前の物語はメティスを救う事が願いだから。そして、メティスはお前を裏切るような事は決してしないだろうから】
私とメティスの事をよく知っているという内容だ。ゲーム制作者と言っていたけど、確かに存在するこの世界の未来をどうして時輝さんはゲームとして作る事が出来たんだろう?
どうして、ゲームを作ったんだろう?
「また追加で書かれたね、なんて書いてあるの?」
「えっと『俺とお前の願いを叶える為には物事には順序がある。それを乱さない為には他の誰かに俺の存在を知られて邪魔をされる訳にはいかない。例えばだが、魔王であるメティスを救う為に俺と連絡を取り合っていると知られて、一体何人の人間がお前に協力するだろうか? お前は魔女だと罵られ命を狙われかねないんじゃないのか』って、書いてる」
「……確かにね」
世間的に魔王は人間を滅ぼす災厄であるから、それを助けようとしている事自体が歓迎される事ではないのは確かだ。
ましてや、ゲームで描かれたこの世界で起こりうる未来の事を知っていて、予言者ともとれる時輝さんと本でコンタクトを取っているとなれば、時輝さんが言う通りに私もまた人間達にとって恐怖の対象になってしまうかもしれない。
そう、ゲームの悪役令嬢と呼ばれたウィズのように。
「時輝という人物の目的は君に告げていないの?」
「私がぽろっと喋っちゃいそうだから教えられないって言ってたよ」
「ううん、否定出来ない」
「そんなぁ」
「ウィズは秘密は守ってくれそうだけど、乗せられて口走ってしまいそうな所があるからね」
「うぅっ」
「じゃあウィズ、次はこう聞いて『貴方は今どこにいるの?』って」
確かに気になる。この世界の未来の事を知っている訳で、ゲームを作った日本にいるんだろうけど、私が死んでから数年経過している世界にいるのかな? それとも私が死んだ直後かな? 日本のどこにいるんだろう?
メティスに言われたとおりに書き込むと、今度は少し時間を置いてから文字が浮かび上がった。
【今お前の隣にメティスが居るだろう?】
驚いてドキッと心臓が跳ね上がる。どうしてバレたんだろう?
「い、今メティスが隣にいるだろうって書かれてる……」
「ほう……相手は中々に頭がキレる人物なんだね」
メティスは不敵な笑みを浮かべ、指先で本をトントンと叩いた。
「文章から僅かな違いを感じ取るとはね、対面しているならまだしも文章のやりとりだけで相手を探るには難しい相手になりそうだ」
次に書かれた文字に再び驚いて、慌ててメティスの手を引っぱった。
「め、メティス大変!」
「どうしたの? 何が書かれたの?」
「いつか全ての事が明らかになる時、俺がお前達に会いに行く……って」
それに続く文章が記される。
【だから今はお互いの為にこれで連絡を取り合い、協力しようぜ。俺達の目的は遠からず近からずで寄り添いながら、同じゴールを目指しているんだから】
「いつか、会いに行く……」
「ウィズ、君は異世界からこの世界に転生したと言っていたよね」
「う、うん」
「世界同士を繋ぐ何かがあるという事かもしれない、それにゴールが同じというのもね。ウィズの目的が魔王である僕を生かす事だと知っている相手からの発言だから、僕が生きる事が相手にもメリットが産まれるという事だろうか」
そして、こちらから返事を書く前にまくし立てるように文字が記される。
【今後は何か重要なイベントが起きる時にだけ連絡をする。極たまにしか連絡しないと思うが、一日に一回はこの本を確認するように。俺からの連絡に既読スルーはしないように! ではまた】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます