53-1 心臓がもにょもにょする

『おはよう』


 暖かな日差しのような笑顔で名前を呼ばれ、頭を撫でられる。その優しい手が心地よくて、いつも何かしらの理由をつけては会いに行っていた。


 彼が居る、あの場所へ。


『おはよう……起きて』


 つんつんとほっぺを突かれる感触。

 頭を……撫でて? あれ、頭じゃない? ほっぺだったかな。


『起きて…………ズ』


 つんつん、つんつん、どこか楽しそうな声と共にほっぺがぷにぷにと突かれて。

 ぷにぷに……ぷに?


「もう朝だよ、起きて」


 この耳に届いた聞き慣れた声に寝ぼけていた目をぱちりと開けた。

 自分の部屋のベッドで夢から覚醒して、ベッドに寄りかかりながら私を見つめている人物と目があった。


「おはようウィズ、お目覚めかな?」


 優しい笑みを浮かべながら私を見つめているのはここには絶対いない人、メティスだった。


「めてぃすぅ?!」

「はは、ウィズは寝起きも元気いっぱいだね」


 飛び起きて状況を確認する。ここは間違いなく私の部屋だ! 私は一人で眠った筈! メティスとはお城で別れたっきりで勿論一緒に寝たりなんかしてない筈だけどっ。


「どうしてメティスが私の部屋に?!」

「しーっ、大きな声を出すと屋敷の者に気がつかれるから静かにね」


 メティスは私の寝癖を指で直しながらクスクスと笑う。


「あれ? メティス今日は会いに来る予定だったの?」

「うん、今朝遣いを出して連絡済みだよ、今日の昼にお邪魔しますって」

「昼……?」


 窓の外を見ると白々と太陽が昇っていて、どう見てもまだ早朝だ。


「今はまだ朝だよね?」

「うん、内緒で忍び込んじゃった」

「わお……!」


 バルコニーの扉が開いている事に気がつく、どうやらそこから入ってきたらしい。このお屋敷の警備は中々に厳しいのにすんなり入ってこれる辺り流石としか言えない。


「事前に言ってくれたら鍵を開けて待ってたのに」

「おや、寝起きに侵入してくるなんてと怒られると思っていたのに全然動じないんだね」

「メティスだからね!」

「それは良い意味なのか、悪い意味なのか」


 メティスに後ろを向いてと言われたので大人しく後ろを向くと、メティスは部屋に常備してあるドレッサーからブラシを持ってきてベッドに腰を掛け、私の髪をブラシで梳かしだした。


「昨日話していた本の事が気になってね、他の誰かに聞かせられる話じゃないのに、予告してから訪問したら屋敷の者達は僕と君を二人きりにはさせないだろうと思って、こうして忍び込んだんだよ。寝ている部屋に無断で侵入してごめんね、嫌だっただろう?」

「大丈夫だよ!」


 ブラシが地肌に刺さらないように、ゆっくりと優しく髪を梳かれて、その感覚が気持ちよくてふわふわしてしまう。


「あのねウィズ、侵入しておいて言う台詞じゃないけど、誰かを簡単に部屋に入れちゃいけないからね? 男なら尚のことだよ」

「分かってるよ、メティスだからいいんだもん」

「殺し文句だね……」


 後ろからぎゅうっと抱きつかれて、ひゃあっなんて間抜けな声が出て笑ってしまう。すりすりと擦り寄られてくすぐったい。


「早く大人になりたいな」

「そうなの?」

「うん、早く君に意識してもらいたいもの」

「そっかー?」

「ウィズも早く大人になってね、子どものままじゃ伝えられない事も出来ない事も多すぎるから」

「うん?」

「愛しい僕の婚約者。僕の持つ権力も、頭脳も、魔力も全て君が自由に操ってくれていいんだよ」


 私を甘えるように抱きしめたままメティスは優しくそう言うけど、それを本当に望んだとしたら中々に悪役令嬢っぽいんじゃないだろうかと考えて面白くなって笑ってしまう。


「そんな事しないよ! 昨日も言ったけど、私はメティスを幸せにする為に未来を変えようって頑張りたいんであって、メティスを利用したい訳じゃないんだよ!」

「ああもう本当に君が好き」


 さらにむぎゅうっと抱きしめられて、部屋の姿見に映るメティスは頬を赤らめて嬉しそうに幸せそうに微笑んでいる。この天使のような少年が魔王だなんて誰が思うでしょうか?


「ルーパウロ学園を卒業したらすぐ結婚しようねウィズ」

「え、え? いやでも結婚するってお話は私がメティスに恋をしたらでいいって話だったよね?」

「うん、でも予定をたてるだけなら自由だからね」

「そ、そうかな?」

「花嫁のヴェールは特別なものがいいよね、ユニコーンの角から作ったヴェールは花嫁に永遠の祝福と加護が授かるって伝説で言われているからそれがいいかな」

「ユニコーンがこの世界にいるの?!」

「いるらしいね、ユニコーンが望む条件を満たした乙女の前にしか姿を現さないという伝説の生き物だけど、まあ……本気を出せば僕なら狩れると思うんだよね」

「ユニコーンさんを狩ろうとしないで?!」


 気を抜くとメティスはすぐに魔王の片鱗を見せてくるっ!! 落ち着いてと言いながら、黒い笑みを浮かべているメティスのおでこを振り返りながらぺちぺちと叩いた。


「普通のヴェールでいいんだよ! ユニコーンさんに迷惑かけちゃだめ!」

「わかったよ、ユニコーンじゃなくて最上級の品をあつらえるよう考えておくね」

「うん!」


 あれ? 私まだメティスと結婚するって決まってないよね? メティスそう言ってくれてたよね? それなのになんだかもう結婚するのが大前提みたいな事になってきてないかな?


「ところでウィズ」

「なあに?」

「あれは何かな?」


 メティスの視線は私の隣に固定されていた。あれ、というのは毎日一緒に眠っているぬいぐるみの事だろう……今は何故かベッドの上で仁王立ちしているけど。なんだったら阿修羅のようなオーラをバックに背負っている、ズゴゴゴゴゴとか音が聞こえてきそうな程だ。


「前にエランド兄様に貰ったドラゴンのぬいぐるみだよ、名前はゴンザレス! かっこいいでしょ!」

「いや、格好いいの上限超えて寧ろ気持ち悪くない? ぬいぐるみが独りでに立ち上がって僕にガン飛ばしてきてるんだけど」


 メティスが私から離れるとぬいぐるみはコテンと横になり、メティスが私に触ると仁王立ちで立ち上がる。


「兄上が君にあげたものと言っていたね? どうやらそれはマジックアイテムみたいだね」

「そうなの?」

「そう、例えば」


 メティスは私の頬に手を添えて、そっと顔を近づけてきた。間近で見ると教会の壁画に描かれた天使のような容姿に目がやられてしまいそうだ。

 しかし何度でもいうが、この方はこの容姿で魔王様なのだ。

 突如私の目の前をゴンザレスが飛び出してきた。ふわふわだった手足が鋼のように硬く変形し、メティス目掛けて攻撃を仕掛けた。


 こ、攻撃を仕掛けた?!



■■■■■


あけましておめでとうございます!

新年から小説を読みに来て下さりありがとうございます(*ˊˋ*)

今年ものんびり執筆していきますので、ウィズや作品共々よろしくお願いします!

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