10-1 君と出会えて希望という暖かさを知った【メティス視点】
遂に僕は三歳になった。
けれど、父上に懇願していた通り、三歳になっても魔力鑑定を行う事は無く、僕の魔力属性は不明とされている……表だっては、だけれど。
実際は水の大精霊と契約しているし、鑑定なんてしなくても水属性という事が確定している。それをまだ知らない水龍院の者達は気を揉めている事だろう。
僕の暗殺未遂事件以来、エランド兄上は僕に近づいて来なくなった。自分のせいで僕が暗殺されかけたと知ってしまったから、あの優しい人はこれ以上僕を苦しめまいと距離を置いてくるだろう。
そして、暗殺未遂事件以来、僕の食べ物に毒が入っている事が多くなった。勿論毒味も行われているが、それでもどこからか毒が混入されてくる。
今日の朝食にも毒があった、昼食には無かったから珍しい、夕食にはきっと混入しているんだろう……そんな事を嫌でも考えなくちゃいけないのが憂鬱だ。
貴族のくだらない権力争い、我が身可愛さの為に王族を手に掛けようとする愚者、至福を肥やす為に納税をあげる領主。みんなみんな仮面を被って、表では笑顔を取り繕って笑っている癖に、影では吐き気がするような事ばかり考えている。
そういう環境に晒されていると、どんどん、どんどん……人間が嫌いになっていく。
「メティス殿下」
庭の噴水に腰を掛けて本を読んでいた所へ声を掛けられた。
その身に覚えのある声に内心嫌気が差しながらも、最近ではすっかり慣れた作り笑いを浮かべて顔をあげた。
「おはよう、グランデン公子」
肩まで伸びたストレートの黒髪、品の良さそうな笑みを浮かべ眼鏡のフレームを指で押し上げている。そして、背には龍の紋様が描かれた青いマントをつけている。
彼は水龍院に属する鑑定士の【ライアン・グランデン】だ。この家は色々と複雑で、グランデン公爵とその第一子がその地位を剥奪された為に、第二子のライアン・グランデン公子が次期公爵として後を継ぐことになった。彼はまだ16歳だから、正式に後を継ぐのは成人してからになるが。
そんな彼は僕が三歳になっても鑑定を受けないものだから、王城で働いているのをいい事にやたらと話しかけてくるようになった。
「おはようございます、ライアン・グランデンがお目に掛かります」
「ぼくは読書をしているんだ、用事があるならあとにしてくれない?」
「いやはや、まだ幼いのに文字を理解し本を読まれるとは、メティス殿下の知能の高さには感服致します」
薄っぺらい笑顔のまま僕の目の前までやってきて跪き、探るように座る僕をじっと僕を見下ろしてくる。本心はどうか知らないが、他人の事など信用しないし、少なくとも僕にはそう見える。
そして、グランデン公子から、僕に対し何故魔力鑑定を受けないのかという苛立ちが伝わってくる。
「お体の具合はもうよろしいので?」
「もんだいないよ」
それは、毒を盛られた事を言っているの? それとも暗殺未遂の事について? まさか、大精霊と契約した事で身体が魔力についていっているのかと探っていたりする?
「私はいつでも臣下の一人としてお力になる準備は出来ておりますので、お困りの際は頼って頂ければ」
「ありがとう」
頼るじゃないだろ、頼れというのは懐柔してやるという意味にも取れる。臣下だと言うのなら僕が、お前に、命じて、服従するものじゃないのか。
「ところで、魔力鑑定はいつ行われますか? 早く魔力属性を調べておいた方がよろしいと思いますが、幼い頃から判明していた方がその属性に合わせた魔力の勉学や礼拝も出来ますし、何よりメティス殿下の身体の負担も減るかと」
僕の顔は笑ったまま、けれど内心は沸々と苛立ちが募っていた。
ああ……なんて面倒くさい腹の探り合いなんだろう。僕の魔力の属性がそんなに水属性だと知りたいか、水龍院の権力を強めたいのか、僕はお前等に持ち上げられていいように使われる操り人形になるなんて御免だね。
「グランデン公子、ぼくは本をよみたいんだ、おはなしはまたこんどにしてくれる?」
「いいえ、今日こそはお話をつけさせて頂きます。この王城で魔力鑑定士を任されている身としましては、これ以上見過ごす訳にもいかないのですよ」
「へえ」
そんな偉そうな君も、僕の頭上を飛ぶ水の大精霊の姿なんて見えないのにねぇ?
もうずっと僕の傍を浮遊しているポセイドンの気配すらこの者は感じ取れていないんだ。それでよく魔力鑑定士など名乗っているな。
クツクツと喉を鳴らして笑うと、グランデン公子は肩眉を上げた。
「何か?」
「いいや、きみが去らないというならぼくがいなくなればいいのかな?」
「私の話を聞いて下さい! いいですか、魔力鑑定をすることによって……」
「おあ~~~~っ、るるるっ、や~~~~う~~~~~っっ」
グランデン公子の話し声が全く聞こえなくなる位の女の子の大きな叫び声……いや歌声? が中庭に隣接する渡り廊下の方角から飛び込んできた。何事だと視線を向けると、兵士が中腰になりながらよたよたと歩いていて、変な声はその隣から聞こえていた。
あの兵士の隣に小さな誰かがいるのかな……ここからじゃ立ち並ぶ植木が邪魔でその小さな子の姿は見えないけど。
「そうすることによって……が、………であり、貴方の……………と……なりっ」
「まーまーまーまーーーーあう~~~~~!」
もう全然全くこれっぽっちもグランデン公子の話が聞こえないし、謎の歌声の方が気になって仕方ない。だって、ここ王城だよ? なんで王城にお腹の底から声を吐き出す全力の歌声が響いているのか? しかも全然上手くないから逆に気になる。
「あ~~~い~~う~~え~~お~~~~~!」
え? なに? あいうえおってネタ切れなの? そんなに大声だして喉痛めないの?
「お~~わ~~~~ら~~にゃっい~~~~!」
何が終わらないんだろう、いや歌なんだろうなこの場合、というか音程が最早無くなってるし叫んでるだけだし。
「らんっあ~~う~~るる~~ん~~ん~~どぉんっ!!」
「…………」
「…………」
終わった?! 終わらないって言ってる矢先に歌が勢いよく爆発音で終わった?!
「……はぁ~~どっこいしょぉ!」
「ぶふっ」
もう限界だった、ただ聞いているだけなのにツッコミが追いつかないし、予測不能すぎて笑えてくる。
歌は決して上手くないし、音量ばかり大きくて酷いものだったけど、歌っている本人がなにやら凄く凄く楽しそうで、それがなんだかいいなぁと思えて、お腹を抱えながら心の底から笑っていた。
「メ、メティス殿下……?」
「はぁー、どうやら客人も来ているようだし、むずかしいはなしはやめよう、おかえりはむこうだよグランデン公子」
グランデン公爵は納得出来てはいない様子だったけど、踵を返して中庭の奥へとフラフラと消えていった。いや、普通に渡り廊下から城内に帰れば良かったのに、なんで逆に向かったんだあの人。
「さて、と」
噴水の縁に座り直し、指をパチンと鳴らした。すると、背後の噴水の水飛沫が空高く舞い上がり、渡り廊下の地面目掛けてびしゃんと落ちた。
それに驚いてか、歌声のような叫び声はピタっと止まったので、その隙に声をかけた。
「だれ?」
僕の声に反応したのか、その誰かは兵士の手を振り払った。そして、ガサガサと揺れる生垣の緑。
「んっ」
生垣からぽんっと女の子が顔を出した。透き通った水色の髪は生垣の草まみれで、大きな青の瞳は僕を見つめてぱちぱちと不思議そうに瞬いていた。
この子がさっきの声の子だろうか? 僕よりも小さな女の子は、まだ何にも染まっていない真っ白な子で、それが純粋に綺麗だと思った。
開いていた本を両手で閉じて、もう一度彼女に問うた。
「だれ?」
「ほああ……」
女の子の視線が段々と僕から空へと向いていって、瞳が星を纏ったように煌めいた。
「きょーりゅー!」
女の子は生垣から完全に這い出ると、僕には目もくれず空に両手を伸ばしながら「がおー! がおー!」と言いながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。空……となると、居るのは水の大精霊のポセイドンだけど。
「うーん…」
これは、見えているな。けれど、子どもは三歳になる前はこの世と切り離した存在を肉眼で捕らえてしまう事が稀にあるという。幽霊にしかり、精霊にしかり、三歳までは子どもは神様の子だから……という神話のような話しもある。
期待はしないよ、一度期待して、エランド兄上には見えなかったという絶望を知っているから。まさか、この子も僕と同様の体質で、特別でもしかしたらなんて、期待しちゃ駄目だ。
でも、でもね。例え大精霊の姿が見えているのが今だけだったとしても、その事実が僕はとても嬉しかったんだよ。力を持っているせいで兄上の足枷になってしまって、なのにこんな力いらないって付き離す勇気もない。
そんな真っ暗な絶望の中で、僕を笑わせてくれた君がもしも僕と同じだったら……って考えたら、嬉しかった。
ウィジュの話を聞いて分かったけど、父上が今日客人が来ると言っていたのはどうやらこの令嬢の事だったらしい。
名前はウィジュ、年齢は二歳だそうだ。二歳だから、どうせ僕との出会いも忘れるだろうと思って、色々と精霊について話をしてあげた、今はまだ見えているという水の大精霊の事も。この話は内緒だよと言うと、ウィジュは素直に頷いていて、僕と彼女の小指同士を絡めて「しー! ないちょ! やくしょく!」と微笑んだ。
こどもの言う事など信用する人も少ないと思うけど、もしも今日話した事を言いふらすような素振りがあれば、すぐにでもそれなりの対応をとろうと思っていたけど、必要ないみたいだ。
素直で明るくて真っ白な子。この王城では出会う事はない裏表がない可愛い子。
「三歳を超えたらまた会おうね、ばいばい、ウィジュ」
ほんの少しの期待を言葉に乗せて、父上のテラスガーデンの前まで案内をして別れた。
三歳を超えたらまた会おうと、その時には君はもう水の大精霊は見えなくなっているだろうけど。そうしたら、僕はまた世界に取り残されて、世界に呆れて絶望していくだけだろうから。
だから今だけは、同じかもと期待出来た嬉しい気持ちをくれた、幻覚の君に出会えた事に感謝したい。
「たのもぉおおおおおおぅっっ!!」
「……っぷ、はははっ」
送り届けた廊下の先から響き渡る元気いっぱいのウィジュの声が聞こえてきて、久しぶりに胸がわくわくするような楽しい気持ちを思いだしていた。
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