9-1 守りたいから傷付けた【メティス視点】
兄上を避けるようになってから数週間が経過した。
兄上は何度も僕に話しかけようとしてきたけど、その都度逃げたり適当な言い訳をつけて話す事を極力拒んだ。
僕と兄上が不仲であれば、水龍院は今はまだ兄上に危害を加えないだろう。仲が良ければ引き離そうとまた前のように周りをうろうろされて兄上の身を危険にさらすだけだ。
紅蓮院達は最近になって静かになった、それが良いことなのか、嵐の前の静けさというものなのかは判断しがたいけど、気を抜かないに越したことは無い。
子どもに出来る事はこれぐらいだ、相手の手のひらで転がされているフリをして相手を刺激しない事。大人になって、もっと広く行動に転じられるようになれば、まずは水龍院を内部から解体する事も考えられそうだけど……父上も難しいというのだから、前途多難だろう。
早く大人になりたい、力が欲しい。
この頃から、力を強く望むようになっていた。
「父上、水龍院達はなぜぼくが水属性のまりょくを持っているときがついたのでしょうか?」
もうじき三歳にはなるけど、今はまだ二歳。魔力の鑑定はしていないのに何故バレてしまったのか、その疑問を父上に投げかけた。
父上は執務室の椅子に腰掛けたままチラリと視線をソファに座る僕に向けた。
「そうだな……まあ、奴等も確証はないのだろうが、俺の生まれ持った魔力属性は火、そしてエレノアは水だ。魔力は遺伝しやすい事もあり、お前にエレノアに近い魔力の波長を感じるという事から水属性だと考えたのだろう。
ついでに、水属性の者によくありがちな性格と特徴が一致しているから、といったところだろうな」
血液型診断というものは昔からあるが、それと魔力属性も似た所があるという。水属性は、冷静沈着で頭脳派の人物が多くいるらしい。しかし、そんな浅慮な考えだけで僕の魔力属性を決めつけてくるだろうか?
「あとは……水龍院には魔力鑑定士がいるな」
「まりょくかんていし……」
「知っての通り魔力属性を鑑定する者の事だが、何百人もの魔力を鑑定してきたプロだからな、実際に鑑定せずとも怪しいとは分かるんだろう、水属性の者が王族にいるかもしれないとなれば正式な鑑定はせずとも、細かに探っている筈だ」
父上は僕に問いに答えながらも、机の書類にスラスラとペンを走らせていく。
「ちちうえのように、ぼくにつきまとう大精霊のすがたが見えるものがいる可能性はありますか?」
「いや、その説も考えたが無いだろうな。この王城に属する者で大妖精と契約しているのは私とヴォルフだけだ」
父上がペン先で自分の隣に控えている黒い甲冑の男を指す。
「竜騎士団長であり、魔王軍との戦いに勝利する程の実力をもつこのディオネでさえ大妖精の姿は見えない」
ディオネは何も発言せず、恐れ多いというように小さく頭を下げた。
この男は竜騎士団長、竜を操り戦に趣く様は戦神のようで、千の敵陣に一騎で突っ込み勝利を収めた事があるという生きた伝説だ。平民からのし上がってきた為魔力は無いのだけど。そんな常人離れした男でも大妖精との契約は出来ないのだという。
「その、ヴォルフというのは?」
「魔の森と隣接する国境を守ってくれているポジェライト辺境伯の当主だ、お前はまだ会った事は無かったな、奴は魔王軍残党の討伐遠征に出ていて、ここ数年は王城に立ち寄っていない。魔力値の高さなら国で一番だろう」
「そのものなら、この水の大精霊のすがたは見えますか?」
相変わらず一定の距離を保ち、窓の外からコチラの姿を覗いてくる水の大精霊を指さしながら聞けば、父上はあっさりと頷いた。
「見えるだろうな、あと一年位で帰還予定だから、ヴォルフが帰ってきたら水の大精霊についても色々と相談してみよう」
「はい……」
水の大精霊に何故か気に入られている事は分かった、けれど契約なんてしたらかなりの大事になってしまうだろう。国王である父上と、国一番の魔法使いレベルの者しか大精霊と契約していないのだという。もし僕が水の大精霊と契約なんてしてしまったら、周囲がどう騒ぎ立ててくるのかは分かりきっている。
「きちょうなお時間をありがとうございました、しつれいします」
「そうだ、メティス」
立ち去ろうとソファーから降りた所で父上に呼び止められた。
「そのヴォルフに娘が居るのだが、近々王城へ招こうと思っているんだ。お前も会ってみないか?」
「いいえ、けっこうです」
興味が無かったのできっぱりと断った。すると、父上はあからさまにガッカリして見せた。
「少し会ってみるだけでもいいじゃないか、お前好みの可愛い子かもしれないぞ?」
「失礼ながら国王陛下、メティス様もポジェライト家の御令嬢もまだ幼すぎます」
「そうか? じゃあエランドに会わせてみよう! 気に入るかもしれない!」
「そういう問題ではなく年齢が」
「私はヴォルフやクラリス、そしてディオネ! お前達の子ども達と、我が子達を婚約させたいと昔から言っていたじゃないか!」
「本来婚約とは家同士の繋がりを結ぶために行われるものが殆どです、我らは既にこの国と国王陛下に深く忠誠を誓い命を捧げる覚悟まである者達ばかりですので、婚姻は必要ないかと存じます」
「お前それもっともらしい事を言って子ども達の婚姻を拒んでいないか?!」
「王族との婚姻は面倒事が多いので正直嫌です」
「ディオネぇ~~~~~~っっ!!」
昔馴染みの元勇者一行二人の緊張感のない会話を横目で眺め、頭を下げて退出する。
「では、ぼくはしつれいします」
「メティス」
とても優しい声で呼び止められて振り返ると、父上は父親の顔で笑っていた。
「もしも好きな人が出来たら一番に私に相談しなさい、楽しみにしているよ」
「はい、わかりました」
口では了承の意を示したけど、好きな人という言葉がいまいちピンとこない。
勉学は学べば学ぶ程知識を広めていけるのに、心の面は本では教えてくれないから苦手だ。
◇◇◇
とある大雨が降る夜、眠れない夜を過ごしていた。
ベッドに横になったのは二時間も前、けれど何故か中々眠りにつけない。雨音に胸騒ぎを感じ、眠気が訪れない。
窓の外からはザアザアと雨が窓を叩きつける音が響く。特に理由も思いつかないのに、産まれた時から雨の日は苦手だった。
「……水、飲みたい」
カラカラに乾いた喉を潤せば少しはまともになるんじゃないかと思い、ベッドから起き上がって、部屋の前で番をしているであろう兵士に水を持ってくるよう頼もうと扉へと向かう。
ガタンッと、小さな物音が扉の外から聞こえた。
「……?」
物音を出すとしたら、僕の部屋の護衛をしている兵士だろうけど……こんな深夜に、王族の部屋の前だというのに物音をたててしまうようなミスを、彼等はするだろうか?
少しの違和感、けれど見過ごせない違和感だった。いつもなら、扉の前で僕が声をあげれば、兵士が扉を開き応答するけど……何故か今は声をあげちゃいけないと、脳内で警告音が響き渡る。
そして、ずるずると何かを引き摺るような音も聞こえてきた。それも、音をわざと立てまいとするかのような微弱な音。
本能で、まずいと察知した。
隠れなくちゃ……けど、どこに? そうだ、以前父上に教えてもらった隠し通路から外に。
その時、雷鳴が轟き一瞬の閃光が部屋を白く照らした。
閃光で壁に映し出された影は僕一人だけじゃなかった、僕よりも遙かに大きな影が一つ……僕の背後に立っていた。
「っ!!」
咄嗟にしゃがむと、僕の頭上を大人の手が掠めた。間を開けずバルコニーの方へ走ると、いつの間にかバルコニーが開いていて、そこに黒ずくめの男が二人暗闇の中でユラリと立っていた。顔が見えないように黒いマスクをして、服装も上から下まで黒一色。素性など何もわからない完全装備、更には腰に巻かれたベルトには鋭く尖ったナイフなどの暗器が幾つも垂れ下がっていて、闇夜に不気味に光っていた。
バルコニーに出る事も阻まれ、後ろにも一人いる。更には、ゆっくりと開け放たれた扉からは血まみれの黒ずくめの男が二人入ってきた。
まさか待機している筈の護衛の兵士達は……殺された?
無駄な物音一つ立てずに僕の部屋に侵入し、一切の隙無く僕を取り囲む侵入者達。
冷や汗が頬を伝う、この者達は間違いなく僕に向けられた暗殺者だ。
じりじりと距離を取りつつも近づいてくる侵入者達。怖じ気づくだけでは駄目だと、グッと汗ばんだ両手を握り締めて侵入者を睨み付けた。
「なにものだ……! どうやってここへ入った、だれの差し金だ?」
「優秀すぎる貴方がいけないのですよ」
リーダー格であろう、一人の侵入者が僕の目の前に立ちそう言った。
「貴方が産まれて二年と数ヶ月、貴族達は貴方の事を神童と噂している。優秀すぎる貴方の存在を疎ましく思うお方がいる……だから」
男は素早くナイフを振りかぶり、僕を見下ろしてニヤリと笑った。
「死んで頂く」
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