7-2 君に出会えてよかった


 エランド兄様の弟のメティス殿下だ! 確か年齢は私より一歳上の……相変わらず子どもっぽくないね! しっかり者のオーラが凄い!

 メティス殿下は寝転んだままで微動だにしないので、私か近づいていた。

 ここの場所だけ青薔薇のアーチに囲まれてる、周りには水路があるし凄く綺麗。

メティスの隣に膝をついて顔を覗き込んだ。


「なにしてるのー?」

「……なにもしてないよ」

「たのしー?」

「しらない」


 ここに寝転んで空を見上げるという遊びは何か面白いのだろうか? そういえばそんな遊びはした事がないと閃き、手を叩いた。


「じゃあ、わたしもねるーっ」


 メティスの隣にごろんと寝転がって一緒に空を見上げた。そよそよと肌を優しく撫でる風や、ゆっくりと流れていく雲と青い空。耳を澄ませば水路の水が流れろ音が聞こえてくる。大きく息を吸い込むと青臭い草の香りが肺いっぱいに満たされて、息を吐き出す時は気持ちいいと心がほっとする。


「きもちー」

「…………」

「めちす、いいなぁ」

「なんなの?」


 私の方へ顔を向けて、怪訝そうにしてメティスが顔を歪めた。

 え……まさか名前が上手く言えない事が気に入らない? 許してください、まだメティスの「てぃ」の部分が上手く言えないんです、舌が発達していないんです。


「なんでこんな場所まで来たの? いつもみたいに父上の所へ行けばいいだろ」


 ん? という事は、いつも私がお城に遊びに来ている事を知っているのかな? それなら何度か会えそうなものだけど、一年位前に会ってから一度も会えてなかったなぁ? それってかなり珍しい事態なのでは?


 王様やエランド兄様とはよくお茶をしたりして一緒の時間を過ごしている。他の下二人の王子様はまだ会わせられないけど、いずれ合わせてあげようと王様も言っていたけど……この子が第二王子のメティス様なんだね!

 やっと会えたな~って、謎が解けて嬉しいなぁと思っていたら気が抜けたのか、ここの心地良い空間に呑まれて段々と眠くなってきて、目を擦りながら唸り声をあげた。


「ねむにゃむ……」

「ちょっと、ここで寝ないで」

「あそびたかったんだもん~」

「え? なんの話し?」

「まっしろな……りゅー…………」


 正直な話そこが一番の望みだった、ここの迷路に飛び込んだのだって白龍ちゃんと触れ合いたかったからだ。一緒に空を飛んで、なでなでして遊んで……あ、それってなんだか友達みたい。


 は! 友達!


 ぱちっと目を開けて、飛び起きるとメティスはぎょっとしたような顔で私を見ていた。


「ウィズね、としがちかいおともだちまだいないの!」

「へえ……そう」

「めちす! ともだちになろ!」

「はあ?」


 確か私より一個年上な筈で歳も近いし! 友達になれたら白龍ちゃんとも遊べて一石二鳥だしね! 王様は友達だけど歳が離れてて全力で遊べないし、エランド兄様は友達というよりも頼れるかっこいい存在って感じだからね。うんうん! 対等な存在が居てくれたら凄く楽しそう!


「いっしょにあそんだり、ご飯もぐもぐしたり、おひるねしたりするのよ!」

「嫌だよ、なんで僕が」

「はい! めちす! ねんね!」


 肩を押し倒してメティスをふわふわの草が生えた地面の上に寝かせる、そして私もまた寝転んだ。


「おともだちのだいいっぽ~! おひるねからはじめましょ!」

「それってさ、君が眠いだけなんじゃ」

「おやしゅみなさい」

「ちょっと……」


 話を聞けよみたいな機嫌の悪そうな声が聞こえてきたけど、私は構わず眠る体勢に入る。まぶたを閉じて、鼻から大きく息を吸い込むと安心する。


 隣にメティスの気配があると安心する。


 段々と眠りに落ちていく中で、隣で寝転ぶメティスからぽつりと声が漏れた。


「僕は……弱い者とは馴れ合わないよ」


 弱いかぁ……そっか、そういえばパパも私が産まれた時に「弱すぎる」って言ってたなぁ。パパに好きになって貰う為にも、メティスと友達になる為にも……強くならなくちゃいけないかなぁ。


「うぃじゅ……まいにち……まきわりしゅるね……」

「薪割り?」

「むきむき……つよく……なりゅ」

「……変な子」


 可笑しいと笑われたけど、嫌な感じじゃなかった。

 







◇◇◇




 ──夢を見た。


 世界に私がいて、私は祈っていて、周りの人達も祈っていた。

 進む先は決められた未来で、そこに私の感情など必要はない筈だった。


 響いた警告音。


 心が揺れて、揺れて、乱れて。


 生まれてはじめてだった、この甘く苦しい感情は。


 私は泣いた。

 嬉しくて、幸せで、でも悲しくて……泣いた。


 夢の最後に下されたのは天罰。

 でも、でも、願ってしまった。


 最期にどうか、もう一度だけ……。


 消えゆく私に揺り籠がゆらゆらと揺れた。


 『お眠りなさい』と。


 真っ暗な闇に呑まれて……私は眠ってしまった。





◇◇◇







「ふぇ……?」


 目を開けると空はオレンジ色に染まっていた、夕方になるまでお昼寝してしまったようだ。

 何か夢を見ていたような気がするけど……内容が思い出せない。


「あれ?」


 眠い目を擦ろうとしたら、目元が濡れている事に気がついた。雨でも降っていたのかな? それにしては周りは濡れていないようだけど。


「なんで泣いているの?」


 声のする方へ振り向くと、隣で寝ていたメティスと目があった。

 不思議だと何度も瞬きして、問い掛ける。


「泣いているのは、めちすでしょ?」

「僕……?」


 メティスは指先を自分の頬に滑らせて、そこが濡れている事に酷く驚いていた。

 メティスの青い宝石のような瞳から透明な涙がぽろぽろと零れ落ちて頬を濡らしている。

 どうしたのかな? どこか痛いのかな? よしよしって頭を撫でてあげようとして、右手が動かない事に気がついて自分の手を見下ろすと、私の右手はメティスと手を繋いでいた。


「おててぎゅー?」

「え……」


 繋がれていた手にメティスも気がついていなかったようで、がばっと起き上がって繋がれていた手を払いのけた。


「多分寝ぼけて……何してたんだろう、本当に寝るつもりも無かったのに」

「おひるねきもちよかったね!」


 私も起き上がって、満面の笑みで万歳をする。


「これでおともだち!」

「嫌だよ、一応これでもこの国の王子なんだけどね? 不敬って言葉わかる?」

「今日はもーかえるね! またあそぼうねめちす!」

「人の話を本当に聞かないね君は」


 呆れた顔でしっしっと手を払ってあしらわれる。

 そういえば何しにお城に来たんだっけ……忘れちゃったなぁ。エランド兄様に挨拶してから帰ろうっと。

 立ち上がってぱんぱんとドレスについた草を払って、メティスと、また空に飛んでしまっている白龍に手を振った。


「めちす! まっちろなりょーちゃん! ばいばい!」

「は……」

「またあそびにく、ゆぅっ?!」


 歩き出そうとした瞬間、後ろから思い切りメティスに腕を引っ張られて止められて、転びそうになったのをなんとか踏ん張って堪えてメティスに振り向いた。


「真っ白な……なんだって?」

「ふえ? りゅーちゃん?」

「前にも見えるって言っていたね? じゃあ……まさか、まだ見えるの? 三歳になったのに?」


 今まで私に無関心だったメティスが狼狽えている。目を大きく見開いて、掴まれている手は縋り付かれているみたいだった。


「お空にいるよ?」

「目は? 彼の目の色は何色に見える?」

「おめめ?」


 空を見上げると、金色の瞳と目が合う。


「きらきら~! きんいろ!」

「……ポセイドン」


 メティスの声に反応して、白龍ちゃんは首を擡げ、空高く吠えた。そして、白龍ちゃんの周囲に水が浮かび上がり、バシャンと水を弾く音と共にそれは白龍ちゃんの背に巻き付いた。


「あれは見える?」

「んー? ぱたぱた! おみずのおっきなぱたぱた~!」


 水で作られた巨大な翼が白龍ちゃんの背に生えた。それを、両手をあげて全身で表現すると、メティスは震える声で「本当に見えてる」と呟いた。


「めちすー?」

「兄上にも……見えなかったのに」

「めちす、いたいいたい?」


 俯いて震えているメティスの頭を撫でてあげると、メティスは私の手を両手でぎゅっと握り締めて自分の額に押しつけた。


「よかった……よかった」

「うん? めちす、うれしーの?」


 メティスはゆるりと顔をあげ、くしゃりと顔を歪めて微笑んだ。


「うん……嬉しい」

「よかったね! やったー!」

「っははは……」


 薔薇の庭園に笑い合う子どもの声が二人分響き渡る。

 白龍の水の翼が消える頃、夕暮れ時には珍しい虹のアーチが空に掛かっていた。

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