5-1 スパダリな第一王子様

「俺は、エランド・グロー・ヴァンブル、この国の第一王子だ」


 王子様……。

 そういえばソフィアが絵本を読んでくれた時に教えてくれた、このヴァンブル王国にも絵本と同じく王子様がいるのですよって。

 この国には三人の王子様がいて、私よりも小さい第三王子様と、この前王城で出会った第二王子メティス。そして、この子が第一王子のエランド。


 私よりも大きいけど、まだまだ小さな子ども。五歳になったと聞いたけど……五歳ってこんなにしっかりとしているものなのだろうか? メティスの時も思ったけど王族の皆さんって一般の子ども達と違って発育もいいのだろうか。

 そんな事をぼんやりと考えながら、自分と繋がれた手をじっと見つめていた。


「とりあえず、こんな場所で立ち話もなんだろう、屋敷の中へ案内してくれ」

「は、はい! 失礼致しましたこちらへ!」


 突然の事に驚きで固まっていた場の空気は、エランド様の一声で動き出した。

 使用人達は予告なく現れた王族の登場に慌てふためきながらも、客間へ招く為に道案内をしている。


「夫人は産後で身体もお辛いでしょう、俺には構わず休んでいてください」

「は、はい……ありがとうございます」


 青ざめた顔で頭を下げると、ママはメイド達に身体を支えられながら自分の部屋へと戻っていく。


「ママ……」


 憎しみで冷え切った眼差しで私を睨み付けて、何も言わず振り返る事も無く行ってしまった。


「……ポジェライト家の使用人達はこれで全員なのか?」


 エランド様の問いに男の使用人がもたつきながらも首を縦に振った。


「は、はい! この王都の屋敷にいるのは奥様の生家から派遣されたウェスト家の使用人がほとんどでございます」

「ならば殆どがウェスト公爵家の者達か」


 ウェスト公爵家とはママの生家の名前だ。

 そう言えば、私が赤ちゃんだった頃はポジェライト家の使用人の人達が沢山いた気がするけど、最近はその人達の姿を全然見なくなってしまった。優しくしてくれていた人のほとんどがポジェライト家のみんなだったから辞めてしまっていたら寂しいなぁ。


 エランド様は周囲をぐるりと見回して使用人達の顔を確認してから、私へ微笑んだ。


「行こうか、向こうで話をしよう」

「…………」


 こくりと頷いて、一歩進んだ所で足首がズキリと痛んだ。そういえばママに引っ張られていた右肩も痛い。

 手を繋いでいたエランド様の動きが止まる、私へ振り返り後ろに控えている騎士を手を上げて呼んだ。


「ロッカス、令嬢を丁重に客間まで運んでくれ」

「はいよ」

「ルイ、治癒術士の様子を見てきてくれ、あちらが終わったら客間までくるように伝えて欲しい」

「畏まりました」


 エランド様はスマートにあれこれと指示を出し、私はロッカスさんに抱き上げられた。何が起きたのか分からず目をぱちくりさせていると、エランド様は続けて使用人達に告げた。


「この家の使用人達は職務怠慢と見える」

「えっ?! そ、そのような事はございません! わたくし共は誠心誠意ポジェライト家に仕えさせていただいておりますっ」


 冷や汗を流しながら男の使用人が物言いを否定し、周囲の者達も動揺しながらも、何故自分達がそのような事を言われたのか分からないと言いたげな顔をしていた。


「分からないのか」


 エランド様は溜息混じりに、使用人達を侮蔑した眼差しを向けた。


「ポジェライト家の正当な血を引く令嬢が引き摺り回されて怪我までしたというのに……お前達は何をしていたんだ」

「そ、それは……その」

「勘違いをしているこの家の者達全員に伝えておけ、王家はポジェライト家を心の臓の片割れとして絆を結んでいるが、それはウェスト家ではない」


 エランド様の鋭い眼差しに、使用人達は震え上がる。


「ポジェライト家の正当な血筋は誰なのか、今一度考えてみる事だ」


 暗に、ウェスト家から嫁いできたママではなく、ポジェライトの血筋である私を敬えと、この人は言ったのだろうか?


「この件についてはポジェライト辺境伯家当主にも報告しておく、二度目は無いと思え」


 震え上がる使用人達にそれだけ告げ、エランド様は騎士様に抱きかかえられた私を連れて客間へと向かった。



◇◇◇



 客間のふかふかのソファーの上に座らされる。

 腕と足が痛いな、とか。目の前のテーブルにあっという間にティーセットとケーキプレートが並んでいくなとか、テーブルを挟んで私の向かいに座っている王子様は何故ここに来たんだろう……とか、そんな事をぼんやり考えながら、ただ大人しく座っていた。


「ご苦労様、もう君達は下がっていい」

「で、ですが折角お越し下さった殿下をお一人だけにする訳にはいきません、失礼ながらわたくしめが対応を……」

「君は何を言っているんだ?」


 エランド様は微笑みながら私へ視線を向けた。


「ポジェライト家の御令嬢がここに居るのに、何故俺一人だと?」

「あ……いえ、それはその」

「お前は執事だろうか?」

「い、いえフットマンです」

「それを聞いて安心した、名前は?」


 名を聞かれ、使用人の男の人はゴクリと生唾を飲んだ。この人は先程から率先してエランド様と話をしていた使用人だったが、下がれと言われてもめげずにエランド様に話しかけてきていた人だ。


「ティリー……でございます」

「覚えておこう、下がれティリー」


 有無を言わさないエランド様の命令にティリーはたじろぎつつ、失礼しますと部屋を出た。


「この屋敷の執事は何をしている」

「屋敷の当主が不在となれば、執事長が本来屋敷を仕切っている筈ですが……さて、姿が見えやせんね」


 騎士のロッカスさんがエランド様の後ろに控えつつ、呆れたようにそう言葉を零した。茶髪で体格の大きなお兄さんだ、熊のような見た目だけど目元が柔らかいからきっと心根が優しい人なんだろう、とか想像する。


 対して、ツンツン髪の炎のように真っ赤な髪の王子様はロッカスさんと違ってあまり心の内が窺えない。子どもだというのに凜々しい顔つきをしている、赤い瞳の中に薄らと混じる黄色い光も炎の様に見えて、かっこいいなぁと月並みの感想を持った。


「どういう事だ、使用人達の質があまりに低すぎる」

「ヴォルフ様が遠征に出ていてこの屋敷に寄りつけないせいでしょうね、だから舐めてんですよ。使用人の殆どはウェスト家から連れてきた者達だと言いますし。ったく自分に有益になる者に従い上手い事媚びを売って高い給金を貰いたいんでしょうよ。だから現状を見て、大切にされてないお嬢様の事は構わないようにしてい……」

「ロッカス」


 ロッカスはマズイとばかりに手で口を塞ぎ、視線を泳がせた。


「お前も少しの間廊下で待機していろ」

「分かりました……すみません」


 チラリと私の方を申し訳なさそうな目でみてから、ロッカスさんは部屋を出て行った。

 エランド様と二人きりで残されて、何をするでもなくじっと見つめて座っていた。


「お前の名前は、ウィズ嬢だったな、父上から聞いた」


 こくんと、頷く。


「治癒術士が戻るまで痛いだろうが我慢してくれ、何か食べながら……」


 テーブルの上。エランド様の前には白桃や苺のフレーバーティーが置かれていて、私の前にはコーヒーが置かれていた。


「……隣に失礼するぞ」


 エランド様は立ち上がり、私の隣に座る。フルーツケーキに添えられていたアイスをスプーンですくい取ると、それを自分のフレーバーティーに入れて掻き混ぜた。


「ほら、飲んでみろ」


 アイスが溶けてミルク色になったフレーバーティーのカップを口元に寄せられて、言われるがままにそれを喉に流し込んだ。


「……っ」


 口の中にじんわり広がる甘い味に目が輝く。


「おいちい!」

「そうか、うまいか、まだ飲むか?」

「ん!」


 頷くとエランド様はまたカップを持ってフレーバーティーを飲ませてくれた。

 甘い! フルーツの風味がアイスと混ざり合ってデザートみたい!

 ほっぺに両手をあてて満面の笑みで幸せだと表現した。


「他には何か食べるか? ケーキは?」

「あれ! たべう!」


 私が指をさしたのは苺のショートケーキ……の上についている苺。続けて、ケーキの上にトッピングされている色とりどりのフルーツを次々と指した。


「もしかして、フルーツが好きなのか?」

「しゅき!」

「そうなのか、じゃあ今日は好きなだけ食べ放題だ」


 エランド様はケーキの上に乗せてあった色んなフルーツをフォークで取り外して取り皿に盛って、私に手渡してくれた。


「行儀が悪いから今日だけ特別だぞ」

「あい!」


 パクパクもぐもぐと口の中にフルーツを放り込んだ。

 じゅわ~ってお口のなかではじける! 甘酸っぱい、おいしいおいしい!

 幸せいっぱいにニコニコ笑いながらフルーツを頬張る姿をエランド様は、黙って見守ってくれていた。

 盛ってくれたフルーツの全てを食べ終えて、美味しかった! ごちそうさま! って言おうとした時、エランド様に頭を撫でられた。


「よかった、少し元気がでたな」

「う?」

「全然喋らなかったから、落ち込んでいるのかと」


 落ち込む……?

 どういう意味だろう、なんでそんな事言うんだろうって何度も瞬いた。


「まだ小さな子どもだからと何をされても平気な訳ない、まだ上手に喋れないからって会話を諦めちゃいけない」


 エランド様の瞳が少しだけ寂しそうに揺れた気がした。


「行動の一つ一つだって、何か伝えようってちゃんと意味があるんだ」


 じわじわと、言葉の欠片が胸の奥に届いて、無感情で押さえ込んでいたものが込み上げてくる。


「痛かったろ、ウィズ嬢」

「……うん」

「そうか、よく我慢したな、けどな子どもの仕事をちゃんと果たさなきゃ駄目だ」


 くしゃくしゃと私の髪を掻き混ぜて、優しく笑いかけてくれる。


「痛い時、嫌な時、怖い時、辛い時、そういう時はちゃんと泣くんだ。泣いて我が儘言って暴れるのが子どもの仕事だ、こどもが大人に出せる精一杯の助けてを爆発させて、いいんだよ」



 痛い、嫌、怖い。

 見ないようにしていたの、ママの事。

 気づかないように、って……大丈夫だよ、痛くないよって。

 ママは私の事いらないなんて言ってない、ママは私の事痛めつけたりしてない、ママに嫌いなんて、言われてない。

 ずっと無反応で返せばママからの悪意は受け取ってない事になるんじゃないかなって思っちゃって。ママからの怖い感情を知らない振りしてればいつかそれはなかった事になるんじゃないかって。

 私を、産まなければよかったなんて嘘だって、聞きたくなかったから。

 泣いちゃったら、反応しちゃったら、それが全部全部本当の事になってママが私を嫌いだっていう現実を突きつけられてしまいそうで。



(あのウィズみたいに、駄目だったって思いたくなくて)



 でも、泣けって言うんだね。泣いてちゃんと感情を伝えなくちゃ駄目だって。助けてって……叫んでもいいって。


「ふえええええええ……んっっ」


 ボロボロボロボロ、涙が溢れてくる。一度泣き出したら止まらなくて、声をしゃくりあげながら天を仰いで全力で泣いた。


「まんまぁ!! ままぁっ!! うええええええんっっ」

「よしよし……」


 エランド様は私の身体を抱き上げて膝の上に乗せ、ぎゅっと抱きしめてくれた。ぽんぽんと優しく背中を叩いてあやしてくれる。

 痛い、本当は凄く胸が苦しくて痛かった。

 上手に歩けた時はよく出来たねって褒めて欲しかった、ママって初めて喋れた時は微笑みを返して欲しかった。ただ抱きしめて、その暖かさを感じていたかっただけ、なのに。

 何故私はママにこんなにも嫌われてしまったんだろう。


「ままっ、ままぁっ」

「うん、うん」

「ぱぱぁっっ」


 パパはなんで傍に居てくれないの? 会いに来てくれないの? ママみたいに私の事嫌いなの? パパの言葉を聞くのが怖い、凄く怖いけど、でも。


「ぱぱぁっ、どこぉっ」


 本当は凄く、会いたかった。


「寂しかったな、それなのによく我慢したな」

「うぇっ、ひっく、ひぃっく」

「頑張ったな」


 私の背を撫でるのはまだ小さな手、けれどとても力強くて暖かい手だった。


「ふえええええええええええええんっっ」


 次にパパに会えたら、黙って良い子で居ないで、こうやって泣きついてもいいだろうか。心を、感情をぶつけて泣いて我が儘を言っても、嫌わないでいてくれるだろうか?

 泣いてもいいって、よく頑張ったなって褒めてくれた王子様に勇気を貰えた。

 なんだか心がぽかぽか温かくて、すごく嬉しくて、ずっとずっとエランド様に抱きついたまま私は泣き続けてしまった。

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