5-2 スパダリな第一王子様
「ウィズお嬢様!!」
日もすっかりと暮れた頃、客間に息を切らせながらソフィアが飛び込んできた。
橙色の夕日が差し込んでいる部屋の中で、ソファーに座るエランドに抱きついたままウィズは泣き疲れて眠っていた。
「これはこれはエランド殿下、ノックもせずに申し訳ございません……!」
「非公式の場だ、気にしないでくれ。それぐらい焦りながら戻ってきてくれたという事だろう?」
エランドがこちらへと促すと、ソフィアは急ぎ足で近づきウィズを抱きかかえ、まるで宝物を扱うかのようにその胸に抱きしめた。
「ウィズお嬢様が怪我をしたと聞いていてもたってもいられずっ」
「肩を脱臼していた、足も捻っていたが治療は済んでいる、今はもう平気だろう」
「ああっ、私が離れねばならなかったせいで、ウィズお嬢様っ」
「寝言で貴女の名前を呼んでいた」
「え……」
「今夜はずっと傍に居てやってくれ」
「ええ、ええ、勿論でございます」
ソフィアは身体を揺らしながら自分の胸の中で眠るウィズの頭に顔を寄せて、可愛くて仕方が無いというように微笑んだ。
「ウィズお嬢様、ソフィアですよ、もう離れませんからね、安心して眠って下さいまし」
ウィズはむにゃむにゃと言葉にならぬ声をもらしながら、ソフィアの胸に顔を寄せて笑った。
「まん……ま……」
ソフィアの温もりに甘え、ママと寝言を言ったウィズの姿にエランドは安堵の溜息を漏らした。
「貴女のような人がウィズの傍にいてよかった」
「私のような者が……でございますか?」
「きっと今のウィズの笑顔を育てたのは貴女だと思うから」
無条件で守り、愛し、幸せを望んでくれる存在の事を、母と呼ばずしてなんと呼ぶのか。
「俺も、こうして弟を守れたらよかったのに」
「はい?」
「なんでもない、独り言だ」
エランドは傍仕えの騎士二人に声を掛けて立ち上がった。
「ウィズ嬢が目が覚めたら伝えてほしい、弟は無事だから安心してほしいと」
「畏まりました、王宮からの治癒術士の支援心より感謝致します」
「いや……我々はなにも」
エランドは言葉を濁し、それ以降は何も言わずに立ち去って行った。
◇◇◇
「失礼します」
国王の私室へノックをしてからエランドは入出した。
「おおっ、戻ったか」
この部屋の主であるファンボスは向かい合っていた執務机から立ち上がり、早くこちらへ来いとエランドを手招きした。
「それでどうだった?! 可愛らしい御令嬢だっただろう?」
「その話の前に、産まれた赤子の話ではないのですか? 死にかけていると聞いてわざわざ王宮の治癒術士まで派遣しておいて」
王はそれを引き連れてポジェライト家に行けとエランドに命令したのだ。普通に考えても小さな王子にそれをさせるなどおかしい、お気に入りの令嬢と自分を引き合わせたかったという目論見もあったのだろうとエランドは当たりを付けていた。
「全ての話は聞くさ、だがまず教えろ。可愛かっただろう?!」
「……可愛らしかったですよ、妹が出来たようで」
「そっちじゃなくてだな!!」
そっちじゃないならどっちなんだと言いたくなる口をなんとか堪えた。
五歳の自分にもうじき二歳になる子どもがどうだったかと聞かれても、普通に可愛かったという反応の他に何か出る訳がない。
「ポジェライト夫人は父上が懸念していた通りの方のようでした。ソフィアという乳母が居なければもっと酷い待遇を受けていたかもしれません」
「そうか……」
ファンボスは椅子に深く腰を掛け、深い溜息をついた。
「ポジェライト辺境伯はまだ戻られないのですか?」
「連絡は取っているが……魔物討伐の後処理がまだ終わっていない。無論こちらからも部隊は派遣しているのだが、あと一年は王都に戻れないだろうな」
「ポジェライト辺境伯には苦労ばかりかけてしまいますね」
「ヴォルフだけではない、ウィズ令嬢にも申し訳ない事をしているな……父親と会える機会を奪ってしまっている」
頭を抱えるファンボスをじっと見つめながら、エランドは先の話を続けた。
「産まれた子どもについてですが……不可思議な点があります」
「不可思議?」
「生まれつき気管が狭く呼吸困難で死にかけている、という報告を受けて我々は向かったのですが、健康体でした」
「なに? では偽造の情報が流されたという事か?」
「いえ」
エランドは封筒に入れてきた書類を執務机の上に置いて指を滑らせファンボスに渡した。
「治療の記録が記されています。我が王宮の治癒術士が診たものですが……気道が見えないと」
「見えない?」
「魔法で体内の様子を伺おうとした所、気道にだけ黒い靄が張り付いており何も見えないそうです。しかし、その黒い靄は赤子が呼吸をするのに合わせて伸び縮みを繰り返していると。まるで、機能していない気管の代わりに自らがその役割を果たしているかのような、不気味な動きをしているようです」
その報告にファンボスは黙り込み、その書類に一枚一枚目を通した。
「治療をしたのは?」
「ウェスト家の医師と治癒術士数名ですが、自分達の出来る治療の全てを行い助けるに至ったのだと、通常の治療以外の具体的な事は何も言いません。故に何か特殊な事を出来るような輩ではないかと」
「ふむ……」
ファンボスはその書類を机の引き出しにしまい込み、エランドに告げた。
「その赤子の経過報告をポジェライト家に求めるように指示をしてくれ」
「承りました」
「治療を担当した者達には箝口令を敷くように」
「はい、そのように」
「それと、私の事はパパと呼ぶように」
「かし……」
釣られて畏まりましたと続けそうになり、エランドは顔を歪めた。
「ふざけないでください父上」
「私はいつだって大真面目だ」
両手を組んだ手の甲の上に己の顔を乗せて、ファンボスは真剣な顔で告げる。
「エランドも! メティスも! 私の事をパパと呼んでほしいのだが!!」
「用件は終わりましたのでこれで」
「パパと!! 呼んで!! ほしいのだが!!」
「失礼します父上」
無情にもパタンと扉が閉まり、エランドは出て行ってしまった。
「息子が優秀すぎると親は寂しいっ」
王族故に厳しく育てたのがいけなかったのか? 二人とも子どもの癖に妙に落ち着いていて、頭もよく、可愛いのだが可愛げが無い。
「ラキシスはなぁ、パパと呼んでくれるんだけどな~~」
優秀すぎる上の王子二人、対して下の王子は少々特殊な力を持つ。
ファンボスは窓から夜空を見上げ、月の無い深淵の黒を悲しげな眼差しで睨め付けた。
「呪いは……どの子の血に流れてしまったのか」
懸念を振り払うように首を振り、深淵を遠ざけるかのようにカーテンを閉めた。
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