3 王様に髭がないと子供は衝撃を受ける


 お髭が……無い。

 私は暗く沈んだ気持ちのまま、気がつけば王様に手を引かれて部屋の中へ案内され、王様の膝の上に座っていた。

 王様の隣に立つ真っ黒な鎧の男の人が何か言いたげな視線でこちらを見ている。


「ファンボス様、令嬢を椅子に座らせて差し上げては?」

「えー? ようやく会えたんだぞ? 私はこの子が産まれた時からそれはもうウキウキワクワクと会える日を楽しみにしていたのに、ヴォルフの奴が会わせてくれないから」

「はあ……」


 扉の先はテラスガーデンだった。白く塗られた木の柱が支えとなり、白い布が天上として張られている。床は煉瓦で作られており、赤く大きなソファーが置かれている。そしてその前に置かれた大きな白いテーブル、その上には沢山の小さなケーキが飾られていて、飲み物はフルーツジュースが置かれていた。

 その一角を下りれば色とりどりの花が咲き乱れる庭園が見えるのだが、小さな私にはその全貌が見えなかった。

 私はソファーにどっかりと座っている王様のお膝の上に座らされて、先程から頭をなでなでされている訳ですが、気持ちは沈んだままだった。


「うん? 先程までは叫ぶほどに元気がよかったのにどうかしたのか?」

「普通なら突然王との謁見となり緊張している……と考える所ですが、先程のご令嬢の発言からしてファンボス様に髭がない事に衝撃を受けているようですね」

「私に髭?」


 お髭の話題におそるおそる王様の顔を見上げ…整いまくっている綺麗な顔に悲しくなった。


「おーさま……じょりじょり……」

「おお、これは確かに髭無しに衝撃を受けているようだ」

「子供のイメージでは王様という存在は髭があるという認識なのでしょうね」

「よしわかった! 髭を生やそう!」


 わしゃわしゃと頭を撫でながら王様は大きな声で笑った。


「いや実は髭が無いんじゃなくてどこかに忘れてきてしまったんだよ、次に会う時までには見つけておくよ」

「ほんとーっ?!」

「ああ本当だとも、だから私と友達になってくれるかな?」

「うん!」


 やったー! 王様のお髭姿が見られる! 王様はやっぱりお髭がないとね! 全世界の乙女の夢だよね!

 万歳と両手を挙げて喜んでいると、隣にいる黒い鎧の人が深い溜息を漏らした。


「王を前にしてのこの図太さ……間違いなくヴォルフの血筋だ」

「ぱぱぁ?」

「挨拶が遅れ申し訳ございませんポジェライト嬢」


 黒い鎧の人は王様のお膝の上にいる私の前に丁寧に跪くと、深く礼をした。


「私の名はディオネ・ウォード、貴女の父君の戦友です」

「うーん?」

「ディオネ、お前は堅苦しすぎるな、公式の場でもない緩くいこうじゃないか」

「ですが……」

「ウィズ嬢と呼んでもいいかな?」


 いいよと頷くと王様は頭を撫でながらありがとうと笑った。


「私達と君のパパは友達なんだ、君が生まれるよりも昔にね悪い奴を倒す為に一緒に戦った」


 王様が指をパチンと弾くとどこからともなく光の粒子が浮かび上がり、それが集まると人の形を象った。

 剣を持ち戦う王様、魔法の杖を掲げる私のパパ、プラチナブロンドの長い髪を靡かせ祈る美しい女性、黒い飛龍に跨がり槍を握りしめるディオネ様。

 そして、彼らと対峙するように鋭く尖った角を持つ恐ろしい顔をした黒い獣が居た。


「君にはまだ話しても分からないかもしれないけど、私達はね、昔勇者としてこの世界を脅かす魔王と戦ったんだ」

「まおー?」

「そうだよ、長い旅の末に魔王を倒したんだ。様々なものを代償にして、利用され、ときには仲間に裏切られた事もあったけれど最後まで私達四人だけは変わらずに手を取り合った。世界の誰も信じられなくなったとしても、私は彼らの事は信じられる。私達の絆はとても尊く強いものだと私は思っているんだ」


 王様がまた指を弾くとその映像は霧散して消えた。そして、優しく私の頭を撫でてにこりと笑う。


「だからヴォルフの娘である君もずっと会いたかったんだよ、親友の娘だ、愛しいと思うのは当然だ」


 王様の手は温かい、それはソフィアが私を撫でてくれる時の手と似ていると感じたけれど……私はこの時無性に寂しさを感じてしまった。

 王様もソフィアも私を好きだと言ってくれた……じゃあパパは? パパの娘である私を好いてくれても肝心のパパは…私をどう思っているのかな?


「パパ……どこ」

「君のパパは君に優しくないのか?」

「わかんない」


 だって、生まれた時に一度会っただけだもん。


「君のパパは君を抱きしめたり、撫でたりしたことは?」

「わかんない」

「君は、パパが嫌いかい?」


 嫌い……。

 その感情を考えて考えて…嫌いを知らないから怖いを考えて、浮かんだのはママの姿だった。

 吊り上がった目で大きな口を開いて怖いことばかり叫ぶママは怖い。

 けれどパパは……。


「うぃじゅ」


 自分を指さして王様に名前を告げる。


「うじゅ!」

「うん、君はウィズだな」

「パパ! うぃじゅ!」

「ああ! ヴォルフが君の名前をつけたのかな?」


 そうだよ、凄いでしょ! 私ね、パパに贈り物ちゃんと貰ってるの。

 ママみたいにナイフを振り回していらないとか、死ねなんて言わないもん。

 この世に産まれてきたプレゼントくれたから。


「ぱぱ、しゅき!」

「……そうか」


 王様は安堵の表情を浮かべ、ぎゅっと私を抱きしめた。


「アイツは不器用な奴なんだ、いつか君にもあいつの良さが分かる日が来るといいがな」

「うーん?」

「よーし! 君のパパが戻ってくるまで私の事をパパと呼んでもいいぞ!」

「ファンボス様!」

「別に構わないだろう」

「貴方はご自分の地位と周囲への影響力をもっと意識すべきです」

「バレなきゃ良いだろう」

「バレてからじゃ遅いのですよ! 父親呼びを許すなどっ、他の者が聞いたら御令嬢と王子方の婚約を疑う者も出てきます!」

「………」


 王様はにこーっと笑った。今までの優しい笑みとは違い、何か含みがある笑みだった。


「……なんですかその笑顔」

「さあウィズ嬢、パパとデザートを食べような~」

「ファンボス様? ファンボス様?」

「イチゴのケーキがいいかなー? それともプリンがいいかなー?」

「まさか貴方、最初からそのつもりで……」


 プリンを指さすと、王様はスプーンでそれをすくって口に運んでくれた。


「美味しいかな?」

「おいちー!」

「はあ~可愛い、女の子も一人欲しかったから丁度よかったな」


 王様はでれでれとした顔で私にお菓子を次々と食べさせ、とても楽しそう。


「ウィズは赤と青と緑なら何色が好きかな? 私のお勧めは赤色なんだが」

「赤って第一王子の事言ってますか?! おやめください!! 誰の承諾も得ずに婚約者を決めるのは!!」

「んー?」


 プリンをもぐもぐと頬張りながら好きな色を考える。

 私が産まれてきて一番最初に見た色、そして私とその色を繋ぐ私の自慢の色。


「あおー!」


 パパの瞳の色と、私の瞳の色は同じ。

 ぱぁっと満面の笑みが零れる、好きな色でパパの瞳が思い浮かぶという事は…やっぱり私はパパの事が大好きなようだ。


「そうかそうか青か~、青と言えば第二王子のメティスだが、アイツは中々難しい奴でなぁ」


 王様は籠に綺麗に並べられたクッキーを手に掴むと、それを食べて唸った。


「メティスは少々大人びているしな」

「少々、というレベルではない気が、あの方は天才ですよ」


 ディオネ様は深く息をついて、視線を逸らした。


「まだ三歳であらせられるのに、大人達と普通に会話をして魔道学の本を読み、子どもらしく泣く事も我が儘を言う事もせずに静かに物事を眺め見極めている……普通では、ありません」


 パキンと王様がクッキーを噛み割る乾いた音が響いた。

 メティスってさっき出会った男の子の事かな?

 という事は、あの子は王子様だったの? どうりで綺麗な子だと思ったよー! いやでも確かに王様の事父上って言ってたし、気づくのが遅すぎたね。


「めちすーがおー」

「おや? もしやメティスにもう出会ったのかな?」


 こくんと頷き、先程の興奮を王様にも聞いて貰おうと口を開いた。


「きょうりゅっ」


 ハッと我に返る。

 そうだった! 大精霊の話しは秘密だよって約束したばっかりだった! 危ない危ない。

 だらだらと冷や汗を流しながら、恐竜! と叫ぶために伸ばしていた両手を静かに下ろし、代わりにその手で口を塞いだ。


「うん? それは内緒という意味かな?」

「むぐっ」

「ははは! メティスと会ったのか! 二人で秘密の共有とはおもしろいな!」


 楽しそうに笑って、王様はテーブルに肘をのせて私の顔を覗き込んだ。


「アイツと仲良くしてやってくれ、頼んだよウィズ嬢」

「はぁい」

「ありがとう」


 一瞬、切なげな顔を見せたような気がしたけど、王様は直ぐにまた笑顔になり、パンパンと手を叩いた。


「メイドに新しいお菓子とジュースを運ぶよう伝えてくれ」

「畏まりました」

「おーさまー、あーん」

「私にも食べさせてくれるというのか?! えっ、かわいいな! やっぱり息子の嫁においで! さあどの子にする?!」

「ファンボス様!!」


 美味しいお菓子と賑やかな人達に囲まれて、優しい時間を過ぎていった。

 このあとも何度も王様はお城に呼んでくれて、その度に何色が好きかとか、年上と年下どちらがいい? と聞いてはディオネさんに叱られるという会話を繰り返した。




 平和な時間を過ごしたその直後。

 ──私の弟が産まれたという知らせが入ったのだった。

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