1-3 目が覚めると辺境伯の令嬢に産まれていました

「やっと会えたわね、私の赤ちゃん。会えたのに……貴女もやっぱりそんな目で私を見るのね、いやでしょう? 怖いでしょう? 私のところに産まれてきてしまうなんてね」


 訳の分からない言葉を並べながらママは聞き取りにくい程の早口で言葉をまくし立てる。


「あのねぇあのねぇ貴女が女として産まれたとわかった時殺してやらなくちゃと思っていたのよ女は駄目なんだって役立たずだから貴女も必ずそうなるわだって私にそっくりだものなんでなんでどうして女の子なの女の子じゃいけないの女じゃヴォルフ様の役にもたてないせめてせめて男の子だったら私に似なければ悪夢悪夢だわ何故生きているだけで罪になるというのよ!!」


 私を更に高くに持ち上げ、目を見開いて狂った女は悲しげに笑う。


「私も貴女もいつ死んだって誰にも気付いてもらえない!!  貴女も物心がつくようになったら思い知るんだわ!! 自分がどれほど無能でいらない存在なのか絶望に打ちひしがれればいい!! ヴォルフ様の気も惹けない女の分際で!!」

「おやめください奥様!!」


 ママの足に縋り付いて止めたソフィア目掛けて、ママは私の身体を投げ捨てた。ソフィアはそれをなんとか受け止めて、震える腕で私を抱きしめて守ってくれた。


「まだ理解出来ないでしょうから教えてあげるわ、私ねここに赤ちゃんが出来たの」


 ママは自分のお腹を撫でながらうっとりとそう呟いた。


「魔導師の方に診てもらったわ……男の子ですって、ちゃあんとポジェライト家を継げる男の子よ」


 悲しげな眼差しで見下され「女の貴女と違って」と突き放された。


「これでようやくヴォルフ様のお役にたてる……お望みの男の子ですもの、女じゃない! 貴女と違って女じゃないのだから!!」

「もうおやめください!!」


 ソフィアが私の耳を塞いで泣き叫ぶ。

 本来だったら私の年齢の赤ちゃんは人の言葉なんてまだ理解は難しいのに、それを分かっている筈なのに、それでもソフィアは悪意に満ちた魔女の声を私に聞かせたくないと守ってくれるんだね。

 大丈夫、私はソフィアを守れて嬉しいもん。ママの声に傷ついたりなんてしない…大丈夫だよ。


 ソフィアの胸元を握り締めて擦り寄る。その光景を見て、ママは心底嫌悪したように顔を歪め、踵を返して部屋を出て行ってしまった。


 その後、屋敷の使用人が騒ぎを聞きつけ場は騒然となった。怪我人は出てしまったけど、幸いにも死者は出なかった。

 これだけの騒ぎを起こしたのに、ママは特にお咎めはないらしい。どうやらママの生家は位の高い公爵家らしく、使用人に怪我を負わせたとしてもその公爵家がもみ消してしまうのだそうな。


 パパはこの事を知っているのかな、どうしてママと結婚したんだろう?


 そして何より……何故私は未来の事が分かってしまったんだろう?


 赤ちゃんのままではまだ分からない事だらけだよ……早く大人になりたいな。





◇◇◇





「おしゅろ~」

「そうですよウィズ様、ここは国王様がいらっしゃるお城ですよ」


 馬車の窓から見える大きな建物、それがお城だという認識はちゃんとあって、指をさしながら喜ぶと、私を抱っこしているソフィアはにっこりと微笑んでくれた。


 早いもので、私はもう2歳になった。舌も顎もまだ発達段階だけど、簡単な単語なら喋られるようになった。

 私は産まれてからずっと王都のポジェライト家の屋敷から出た事はなくて、出会えた人も数人だけ。ほとんどの時間をソフィアと過ごしていた訳だけど、今日は強制的に外に出る事になった。


 まだ難しい話は私にはみんなしてくれないけど、小耳に挟んだ話ではどうやら国王陛下より私宛に登城するようにと手紙が届いたらしいのだ。

 本来ならママと二人で登城するようにと書かれていたけど、ママは体調不良を理由に断りをいれたらしい。なので、乳母のソフィアがこうして私を連れて来てくれた。


 訳が分からぬまま連れて来られてしまった訳だけど、王様はなんで私と会いたいんだろう? 赤ちゃんだしね? まだなにも無礼な事はしてないと思うんだけどな? この前お絵かきで書いた王様の絵がお気に召さなかったとかそういう事かな? りっぱなおひげを描いたんだけどなぁ。


 ソフィアに抱きかかえられながら馬車を降りて、騎士の案内でお城の中へと入って行く。

 豪勢な造りのお城の中をきょろきょろと見回し目を輝かせる。

 絵本でみたお城とおんなじだー!


「そふあ! おしゅろ!」

「ふふ、楽しそうですねウィズ様、私もこちらに来るのは久しぶりですが、何度来ても緊張してしまうものですね」


 案内の騎士が足取りを止め、一室へとソフィアを案内した。


「こちら、ソロル様の控え室となります。ご令嬢が国王陛下と謁見中はコチラでお待ちくださいませ」

「畏まりました……ウィズ様はまだお小さいので、ご無礼がありましても寛大な処置をどうぞよろしくお願い致します」

「お伝えします、それでは行きましょう」


 鉄の鎧を着込んだ見知らぬ兵士に手を引かれてソフィアと引き離される。

 寂しいと思いつつ振り返ると、ソフィアは心配そうにしつつも、笑顔で私を送り出してくれた。


「そふあ! がんばう!」

「は、はい?」


 ソフィアの為にも頑張ると言いたかったんだよ! 言葉が通じないのはもどかしいですね!

 兵士は中腰になりながらも私の手を引いて歩き、私もよちよちと歩いて進んで行った。


 自分でも思うのだけど、二歳の子供に家の当主も付けずに登城しろとは中々に無謀な事ではないだろうか? 異例中の異例な気もするのだけど…この世界ではこれが普通だったりするのかな?


 白と水色のフリルがついたドレスを手で持ち上げながら、一生懸命よちよちと歩いていく。

 今日は天気もいいし、私の機嫌も絶好調! るんるん気分をそのままに大声で歌を歌う。といっても、言葉がまだ上手く発音出来ないので、はちゃめちゃな呻きに聞こえてしまうかもしれないが、私はこれを歌だと言い張るよ!

 歌いながら長い廊下を抜けて、大きな庭が隣接する渡り廊下までやって来た。その庭には噴水があって、水しぶきが気持ちよく吹き出していた。



「だれ?」



 突如聞こえた透明な、可愛らしい声にどきりと心臓が鳴る。


 その声に兵士は足を止めて、噴水の方へと頭を下げた。

 誰かいるの? 植木が高くてよく見えないよ。

 繋いでいた兵士の手を離して、植木に潜り込んで噴水広場へと進む。後方で兵士が慌てて止める声が聞こえたけれど、聞かなかった事にした。


 植木を通り抜けた先で目の前に広がった光景に私は息を呑んだ。


 真っ白な石造りの噴水、瓶を肩に担ぐ女神の彫刻が中央にあり、その瓶から水が溢れ、噴水を満たしていた。



 そして…噴水の縁に腰掛けている一人の男の子の姿。



 透き通るような白銀の髪に、人間離れした整った美しい顔立ち、そして海の深淵を彷彿させる青い瞳。

 背丈は私よりもちょっと大きそう、一歳くらい年上かな?

 その少年は手に持っていた本を両手で閉じると、じっと私を見つめて首を傾げた。


「だれ?」

「ほああ……」


 確かに、その少年もこの世の物とは思えぬ程に美しかった。けれど、私が目を奪われていたのはもっと別のものだった。

 少年の背後に、まるで少年を守るように控えている巨大なそれ……。


「きょーりゅー!」


 私は生まれてはじめて見る、真っ白で大きな龍の姿に大興奮した。

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