第56話 明日葉晶子のナビゲーション
「こりゃあチャイニーズ
さてどうしたものかと思案する
「あんた何見てるし。まさかあの女が気になってる?」
「い、いや、あの人これからどうするのかなって。だって急いで逃げなきゃなのはあの人もいっしょだろ」
「フン、放っておけばいいし、あんなヤツ。それよりあんたも何か考えなさいよ」
「考えるったって、逃げ道も抜け道もないし、他に考えられるとしたら向かいのビルに乗り移るくらいだけどあれだけ離れてたらとても無理だし」
するとミエルのつぶやきに即座に反応したのは
「ミエル少年、それ、いただきだ。さすが理系少年、いや、
「
「ははは、そりゃいいや。語呂も悪くないし、ショーコちゃん、なかなかいいセンスしてるぜ」
この期に及んでまるで緊張感のない三人の会話を小耳にしながら
彼女のことだ、もし大門を殺す気ならば面倒な手間などかけずにさっさと片付けてしまうだろう、高峰勇次をそうしたように。しかし今はそうではない、いったい何をするつもりだろう。ミエルは
「少年、ミエル少年、こいつを使うぞ」
「このフックを向かいのビルの手すりに引っかけるんだ。それで十分な張力が確保できたならばあとはミエル少年を吊り上げるときに使うこの滑車だ。それで向かいのビルまでひとっ跳びってな」
とは言うもののまだまだ解決すべき問題は残っていた。ロープをどうやって向かいのビルに届かせるのか、もし仮に届いたとしても三人をどのようにして送るのか。
そのときミエルの中で何かが閃いた。彼の脳裏に今夜の出来事がフラッシュバックする。目の前にあるのは自分を苦しめたツイスターゲームの残骸、そこに解決策はあった。
「
「おおっ! なるほど、絶好調だなミエル少年」
「えへへ、実はさっきからずっと気になってたんです」
すると床に転がるドローンを興味津々で眺める晶子も話に加わる。
「ねぇミエル、もしかしてあんたこのドローンをお持ち帰りしようなんて考えてたんじゃないの?」
「え、いや……で、でも男の子はそういうのに興味を持つものなんだよ。特に理系ならなおのこと……」
「ほんとにもうべらべらと。とりあえずあんたは口よりも先にこっちを動かすし」
まさに水を得た魚の如くミエルは嬉々として操作用のリモコンを拾い上げた。見よう見まねで操作してみると軽いモーター音とともに小型のドローンが宙に浮いた。
「バッテリーも大丈夫そうです。よ――し、がんばれ、がんばれ」
ドローンは晶子の目の前を横切って
「ノリノリだなミエル少年。それに初めてにしてはうまく操縦できてるじゃねぇか。これならイケるかもな」
「ミエル、あんたにかかってるんだからね、しっかりやるし」
そう言って晶子はミエルの背中を軽快に叩いた。
ミエル、晶子、それに
「
「少年は散々縛られたからわかるだろ、あれは二つ折りにして使うんだ。血管や関節を傷めねぇようにな。それに凝った縛り方にすればするほど長さがいる。だから余裕で二〇メートルはあるんだ、問題ねぇ」
「わかりました。よし、今度こそ本番。ミエル、行っきま――す!」
フックが付いたロープの先端を本体下部に固定されたドローンが歌舞伎町の夜空に飛び立つ。機体は正面を一直線に、最短コースで進んでいった。ここまでは良し、問題はここから、さてビルの手すりにフックを引っかけることができるのか。ミエルの視力は決して悪いわけではなかったが、それでも緊張のあまりなかなかうまい具合にいかなかった。
もし失敗して落下させてしまったらすべてが台無しだ。なにより退路が完全に断たれてしまうのだ。そんな緊張感でミエルの露出した肌には玉のような汗が浮かんでいた。
「ミエル、もう少し右に。それで高度も少しだけ上げるし」
ルームの中から大声を張り上げたのは晶子だった。あの下品なゲームのとき、ミエルのあられもない姿がルーム内の巨大スクリーンに映し出されていた。そんなことは知らない晶子であったが、ミエルがドローンを動かしたとき同時に搭載カメラの映像がスクリーンに映し出されていることに晶子は気付いていたのだった。
「そうか、ボクもあのスクリーンに映されてたっけ。ナイスだよ晶子」
「よそ見はいいからさっさとやるし!」
晶子が映像を見ながらミエルをナビゲートする、ミエルは晶子を信じてリモコンを操作する。そしてついにフックが向かいの手すりに引っかかった。
「ミエル、そこでストップ、ドローン止めるし」
「了解!」
通りを挟んでたわむロープの手ごたえを確かめんと
「よし、あとはこちら側だ。少年少女、手伝ってくれ」
向こうとこちら、双方のビルはほぼ同じ高さだった。
「う――ん、君ら二人は小柄だしなぁ、まあ、なんとかなるか」
まさか三人揃ってぶら下がろうと言うのか。
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