第55話 この界隈の片隅で
「晶子、危ない!」
ミエルが制止する間もなく晶子は前に出てその刃を右腕で払う。彼女の腕が斬られた。ミエルはあまりの怒りに我を忘れて
床に転がるミエル、それを余裕の体で見下ろしながら勇次は言った。
「勇敢なバニーちゃん、よく見てみろ。あの忍者ガールをよ」
尻もちをついたままミエルが振り返るとそこには何事もなかったかのように右腕を振りながら体勢を整える晶子の姿があった。
「晶子、君の腕は……」
晶子は戦輪を払った右腕を見せながらにやりと笑って見せる。その前腕には薄っすらと紅い筋が浮かんではいるもののほぼ無傷だった。その様子に
「やっぱり防刃だったのか、その全身網タイツは」
「えっと、なんとか繊維ってママが……」
「ケブラー繊維だ。すごい、すごいよ晶子!」
晶子の言葉を引き継いでミエルもまた驚嘆の声を上げた。
一方、彼女が腕で弾き飛ばした戦輪はミエルたちを拘束していた鉄パイプの
突然のドタバタ劇から我に返った勇次が
「蘭華、お前の名前が何だろうとそんなことはどうだっていい、お前はお前だ。だがな、啓ちゃんを狙ったのは許せねぇ」
自分よりも長身な勇次を前にした
「勇次、勇次っ――!」
既に動かなくなった勇次に向かって大門啓介が声を上げる。
「中国女、貴様だけは許さん、絶対にだ」
大門啓介は絞り出すようにそう言いながらふらつく
「
ミエルがそう叫ぶやいなや素早い行動を示したのは晶子だった。刺さった戦輪を引き抜こうと大門啓介が腕を伸ばしたそのとき、晶子は電光石火の速さで櫓の前に飛び込んでいた。そして彼が輪に手をかけると同時に晶子はスタンガンをパイプに押し当ててスイッチを押した。
弾ける火花と乾いた炸裂音、同時に大門啓介の叫び声がルームに響いた。戦輪を掴んだまま上体をのけぞらせて痙攣している。晶子が電極をパイプから離すと同時に大門啓介は床の上に転がった。
「一日に二度もショーコちゃんの電撃を喰らったんだ。もう十分懲りただろう。とは言え俺はもっと喰らったけどな、この野郎に」
「ところで少年少女、さっきから気になってるんだけど君らはあの中国人と顔見知りなのか?」
「ええ、ボクだけでなく晶子も彼女のことを知っています。今はママが所有者になっているカフェがあるんですが、ボクも晶子も、そして彼女もかつてそこで働いていたんです」
「それであいつはドラッグパーティーの元締めだったし」
すると
「ちょっと待ってくれ、それって紅茶だハーブだって偽ってドラッグを提供してたって事件だよな。首謀者は
「
「ああ、それはな、若松の野郎が店を立ち上げるときにショーのオファーがあったんだよ。それで現調したらばとんでもなく場違いじゃねぇか。メイドの衣装を着た店長が優雅にチェンバロだか何だかを鳴らしてんだぜ、あそこで緊縛ショーはねぇだろ、ってことで丁重にお断りしたわけさ」
ミエルは薄ら笑いを浮かべたままこちらの様子をうかがっている
「そうだったんですか。もし
「まあな。この界隈の片隅でシノギを削ってる俺らアングラな連中なんてみんなどこかで顔見知りってことだ。とは言え中国人やら外国人の連中はまた別だけどな」
「ちなみにその若松に違法なハーブを卸していたのがあの人だったんです」
「それで殺したのもだし」
「おいおい、穏やかじゃねぇなぁ……って、ちょっと待て、もしかして次は俺らの番ってことか、既に高峰は
「ええ、かも知れません。だから今はちょっとピンチです」
ミエルは丸腰ではあるが
「
「ミエル少年、アイツはヤバいぞ、気を抜いちゃいけねぇ」
「縛り屋は男のクセに
「でも一緒にいた高峰さんをこんな姿に……」
「ウチが欲しいのはカジノのデータだけ、この男はいらない、だから始末したよ」
それだけ言うと
「
「お前は考えすぎだよ。このままだとまた面倒なことになるからそのへんに縛っておくだけ。縛り屋、そこの手錠を借りるね」
「お前たちもここから逃げることを考えるべきよ、警察が来る前にね」
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