第48話 やっぱバレてるし
高峰勇次に笑われた。晶子の顔がみるみるうちに紅潮していく。
「ああ、もう、だからこんなのイヤだって言ったのに」
晶子は顔に着けたマスクをはずそうとしたがそれを止めたのは他ならぬ高峰勇次だった。
「おいおいお嬢さん、あんた伊集院の娘に顔を見られたくないんだろ。ならばそれを着けてなきゃだろ」
「でも……」
「大丈夫、俺はそんなの気にしねぇ。そんなことよりこっちもいろいろと忙しいんだ、さっさと済ませようぜ」
モジモジする晶子をよそに助っ人の二人は廊下を奥へと進んでいく。それに遅れまいと慌てて後を追う晶子だったがほんの数歩のところで先を行く二人は足を止めた。
「お嬢さん、伊集院の娘はこの部屋にいる。だが心配は要らねぇ、何しろダイモンにとっては大事な商品だからな、粗相が無いように丁重に扱ってるみたいだぜ」
「みたいだぜって……あんたが仕切ってるんじゃないのかよ」
「おいおいお嬢さん、口の利き方に気をつけろよ。これでもおじさんは怖い人なんだぜ」
「あ、すみません、つい調子にのってしまって」
「ははは、でも怖かったのは以前の話、今はやさしいおじさんしてるつもりさ。とにかく大門啓介って男は抜け目のねぇ奴だ、大事な娘さんをどうにかしちまうような
ビルの入口で晶子が目にした伊集院祥子はどう見ても拉致同然の様子だった。にもかかわらず今ここには見張りの一人もいない。どうやら彼の言ってることは本当らしい。
「鍵をかけたり見張りを立てたりしようものなら監禁になっちまうんだ。だからそうならないようにあくまでもご令嬢の自由意思にまかせてるのさ」
自由意思とはよく言ったものだ。どうせどこかにあのギャング風味が待機してるんだ。監視カメラもあるかも知れない。だから伊集院さんはこの部屋でおとなしくしてるしかないんだ。それこそ体のいい拉致監禁ではないか。そんなことを考えながら警戒し躊躇する晶子に高峰勇次はさらに続けた。
「あんたはきっとこう考えてるんだろ、この部屋には監視カメラが付いてるってな。お察しの通りさ、だから侵入者があれば速攻で兵隊が駆けつけるぜ。ちなみに兵隊は隣の部屋だ。連中、暇つぶしにスマホでゲームでもやってるんだろう、のんきなもんさ。さあ、どうするね、お嬢さん」
「行くし、行くしかないし。ところでえっと、あの……」
「俺は高峰、高峰勇次だ。ダイモングループでは会長に次ぐナンバー・ツー、代行って呼ばれてるが、まあ、今となってはそれも元だけどな」
「私は晶子、明日葉晶子です」
「それと彼女は
「えっ、ヨウラン……」
晶子が釈然としない顔で彼女の名を呼ぼうとした瞬間、蘭華は人差し指を立ててそれを晶子の口元に当てて微笑む。
「
中国語混じりで何やら言っているが晶子はすぐに理解した。彼女はここでは
晶子は気を取り直して二人に問いかけた。
「それでお二人は助っ人だって聞いてるけど、あたしが伊集院さんを連れ出すのを助けてくれるんですよね。何をしてくれるんですか?」
「今ならまだ俺の顔が利く、ギャング連中を引き留めるくらいはできるぜ」
「それでウチらがショーコの逃げ道を作るね。そこから先はショーコの問題よ」
「わかったし。それじゃ、えっと、シェエシェエ」
「
晶子は大きく深呼吸して息を整える。そして「よし!」と自分に気合を入れると思い切ってドアを開けた。
ノックもなしに開くドアに何事かと怪訝な顔を向けたのは学校帰りの制服姿で安っぽいビニールレザーのソファーにくつろぐ伊集院祥子だった。彼女は突然の珍客に慌てることもなく姿勢を正すと落ち着いた様子で一礼した。
「
しかし伊集院祥子は喜ぶどころか困った表情を見せる。
「そうもいかないのです。実はワタクシのカバンが彼らの手中にあるのです」
「マジで?」
「はい、スマホが入ってるので取り上げられてしまったようです」
確かにそれは困った問題だ。隣に突入したとしても自分一人で対抗できる自信はないしママからも安全第一で逃げることを考えろと厳命されている。ならば外の二人はどうだろうか、伊集院祥子のカバンを取り返すことにも協力してくれるのだろうか。
そんなことを考えているうちに部屋の外が騒がしくなってきた。二人は顔を見合わせて頷き合うとドアを開けて廊下に出た。
目の前では数人の若者と高峰勇次が睨み合っている。勇次から一歩下がったポジションに立つ
「代行、オレらの邪魔するつもりっすか」
「自分らは吾郎さんから言われてるんすよ。代行も同じじゃないんっすか」
高峰勇次はあきらめにも似たため息を漏らすと電光石火の早業で目の前の二人を瞬時に仕留めた。隙を突いて掴みかかろうとする青年を蘭華が中国拳法の曲線を描くようなステップで始末する。あっという間の出来事に我が身を守らんとなりふり構わず逃げ出したのはヒップホップ風ファッションの青年だった。
高峰勇次は舌打ちする。そしてブラックスーツに隠された腰のあたりのホルスターに仕込んだ得物を手にするとそれを逃げていく青年目掛けて狙った。研ぎ澄まされた刃の戦輪が一直線に宙を飛び青年の後頭部を直撃する。その場に倒れた青年のうなじに食い込んだ戦輪、パックリと裂けたそのうなじからは鮮血が流れ出していた。
「あ、あり得ねぇよ、マジかよ」
呆然とする最後の一人、その喉元にとどめの一撃を打ち込んだのは
「た、高峰さん、蘭華さん、もしかして殺しちゃったの?」
「仕方ねぇだろ、応援なんぞ呼ばれたら厄介だ」
「これはダイモンの問題、仲間割れみたいなもの、ショーコは
「でも……」
「お嬢さん、それに伊集院の娘さん、こっち世界ではよくあることだ、日常茶飯事ってやつだな。蘭華が言った通り、あんたがたが気にすることじゃねぇ、さっさと忘れちまえ」
これが闇社会の人間なのだ。晶子はあらためて自分が置かれている立場や関わっている仕事に戦慄を覚えた。彼女の隣では伊集院祥子もまた無言で廊下の先に倒れた青年を凝視している。しかしそんな二人のことなどお構いなしに
「これでもうお役御免、ウチらもウチらの仕事に戻るよ。
「
その場で固まっている晶子に伊集院祥子が声をかける。そしてギャング風の青年たちが待機していた部屋にひとりで入ると愛用の学生カバンを手にして戻って来た。
「さあ、参りましょう」
「ちょっと待つし、伊集院さん、今あたしのこと……」
「救出に感謝ですわ、明日葉晶子さん」
「や、やっぱバレてるし……」
やはり身バレてしていたではないか。伊集院祥子の言葉に晶子はまたもや激しく顔を紅潮させるのだった。
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