第45話 新しい依頼
ダイモングループ主催の闇カジノ、賭けに興じる様子を見渡せるラウンジのその奥に用意されたVIP席を陣取っているのは大門啓介と彼が従える数名の黒服たちだった。しかしソファーに身を沈めているのは大門啓介ただ一人、他の面々は彼を警護するように席の周囲を固めていた。
バーテンダーの
「今夜のショーはお休みです。カジノはまだ営業を続けますがラウンジも
「かしこまりました。それでは失礼させていただきます」
彼が上階から下りて来るなんて滅多にあることではない。それも来賓もなく彼一人なのだ、
黒服たちが囲む隙間から彼がスマートフォンを手にするのが見える。蘭華は会話の断片を掴んでやろうとカウンターの中から聞き耳を立てていた。しかし
「
不敵な笑みを浮かべながら会話する大門啓介、蘭華はかろうじてではあるがいくつかのキーワードを読み取ることができた。それは「伊集院」、「娘」、「取引」だった。これだけでもう十分だ、ついに大門啓介は伊集院の娘を誘拐したのだ。これが高峰勇次が蘭華に話していたこと、そして勇次が大門啓介と袂を分かつ原因でもあったのだ。
しかしこれぞ千載一遇のチャンスではないか。カジノ客への対応、大門啓介本人の護衛、そこに今度は伊集院の娘、限られた人数での警備は分散されて手薄になるはずだ。ならばその隙を突いてカジノの顧客情報をいただいてしまえばいい。さあ善は急げだ。
スタッフルームに向かう途中で
「勇次、言ってた通りになったね、大門が伊集院の娘をさらったよ。さっき取引の電話をしてたから娘は今このビルのどこかにいる、警備も手薄になるね」
「よし、わかった、俺もそっちに向かう」
「急ぐね、データをいただいたらこことはもうサヨナラよ。あとはウチと勇次でうまくやるね」
「
「君にとってはたやすい仕事だと思う。しかし今回は少々厄介なのだ」
上司は抑揚のない口調で
確かにそれは面倒な話だった。伊集院の娘の救出までは思っていた通りだったがしかし自分がそれを実行するのではなく救出にやって来る者を支援しろと言うのだ。それにしてもなぜそんな面倒なことを。あまりにも不可解な指示に
すると上司はその様子を敏感に察したのだろう、彼女の疑問にすかさず答える、依頼の主は連盟でもなければ伊集院でもないと。そして相変わらず抑揚のない声で部下である彼女を諫めた。
「君は任務の遂行だけを考えればよい、余計な詮索はせぬことだ」
「
淡々としていながらも有無を言わせぬ上司の様子に
間もなく高峰勇次もここにやって来る。ならば与えられたこのミッションを利用して勇次の変節が果たして本物なのかどうか、本当に使える男なのかどうか、それを見極めてやろうではないか。
さあ、ここからは
ダイモンエステートビルのエントランス前、そこでは明日葉晶子が今は捕らわれの身であるミエルから送られてくる動画を小ぶりのタブレットであるファブレットなるデバイスで受信していた。彼女はミエルに仕込まれたカメラによるミエル視点の映像のモニタリングのみならず、受信したデータをママのオフィス管理下のクラウドサーバーへと中継する役割も担っていた。
とにかく動くな、中継役の任務を全うせよ、それがママからの指示だった。しかし晶子の目の前、今から三〇分ほど前の出来事が彼女の気持ちを浮足立たせていた。その出来事とはクラスメイトの伊集院祥子の誘拐、いやそれが誘拐と決まったわけではないが、とにかくギャング風の若者数名に囲まれてビルの中へと消えて行ったのだ。それはどう考えても尋常とは思えなかった。
一方、ミエルから届く映像は誰もいない広い空間のまるで静止画のような光景が続くばかりだった。こんなものをいつまで見ていなければならないのか。いたたまれないほどの動悸と苛立ち、それがピークに達しようとしていたときに事態は一転する。晶子のポケットの中でスマートフォンが受信のバイブレーションに震えたのだ。ファブレットから目を離さないようにもう片方の手でスマートフォンを耳に当てる。
「ショーコちゃん、この電話の理由、あなたならもう理解できてるわよね。今しがた伊集院会長から依頼を受けたわ、娘さんを大門のところから連れ戻して来て頂戴」
「はい!」
晶子は周囲のひと目も忘れてその場で姿勢を正すと元気よく返事した。
「ところでショーコちゃん。あなたはまだまだ素人の女子高生、このミッションは危険が過ぎる。だからヘルプをつけてあげたわ」
「はあ、ヘルプですか」
「そう、助っ人みたいなものね。とにかくこの依頼、実行はあくまでもうちの事務所、要はショーコちゃんの成果にしておきたいのよ、そういうこと」
ヘルプとは誰だろう。ミエルも
「お金で動く連中だからあまり信用できないんだけど背に腹は代えられなくてね、仕方なく依頼したのよ」
「えっ、恭平さんじゃないんですか?」
「違うわ。そもそもダイモンのこともビルの状況も知らない恭平ちゃんの出番じゃないでしょ。だから内情に詳しいのを雇ったのよ」
内情に詳しい?
晶子の頭に一抹の不安がよぎった。そして続くママからの言葉を耳にしたとき晶子の不安は確信に変わるのだった。
「中国人なんだけどね、日本語は問題ないし拳法も使うらしいから腕っぷしも安心、なにより相手は女性だから、ショーコちゃんともうまくやれると思うわ。とにかく健闘を祈ってるから、あとはうまくやって頂戴」
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