第7話 闇に光る戦輪の刃
緩やかに蛇行する夜道を歩く初老の男性、その足取りはおぼつかないもののそれでもなんとか家路をたどっていた。男性は行きつけのホルモン屋でしこたま飲んだ後、なおも常連でもっているような小さな居酒屋の小上がりを陣取ってはだらだらと飲み続けていたのだった。
「ほら、ヨネちゃん、いい加減にしなさい。もう帰った方がいいわよ」
やがて男性はトタンの平看板が架かる建物の前に立つ。彼はそれを見上げて吐き捨てるように声を上げた。
「あいつら、俺達を嵌めやがって。なにが貸付金だ、担保だ、偉そうなこと言ってるがな、てめえらがやってることはなんだよ。バクチじゃねぇか、バクチ。いくらカッコつけたってやってることはヤクザ者そのまんまよ。いいか、俺は出るとこ出てやるぞ、そんときは
芥野家の前で酔いにまかせて言うだけ言うと男性はその二軒隣に並ぶ小さな家を目指して再び歩き始める。すると彼の目の前に行く手を阻む大きな黒い影が立ちはだかった。
「
男性はその影を見上げると気取ったその態度を前にして吐き捨てるように言い返した。
「ああ? 高峰んとこの勇次か。啓介の腰巾着が何の用だ」
「その言い草は心外です」
「何をカッコつけてんだ、そりゃ啓介の真似か。お前にゃ似合わねぇんだよ、その気取ったしゃべりも小洒落た服もよ。だいたいこちとらお前らが鼻水垂らしてそこいらを駆けずり回ってる頃から知ってるんだ。それが今じゃあ地上げの片棒担ぎ、挙句に俺達を嵌めやがって。いいか、あんなもんは無効だ、無効」
取り付く島もない米岡を相手に感情を抑えていた勇次の口調もまた
「それは困るぜ。おじさんだって楽しんだだろ。いいか、世の中にタダで提供されるサービスなんてないんだよ。その代償はしっかり払ってもらうぜ」
「お――っと、いよいよ本性が現れたか。ハハハ、ひと皮剥けば金、金、金、金の亡者じゃねぇか。
高峰勇次は呆れたため息をつくと最後通告とも言える言葉をかけた。
「おじさん、何も身ぐるみ剥がそうってわけじゃない。独り身のあんたが暮らしていける住まいくらいは提供してやるって言ってるんだ。啓ちゃんの温情を受けて素直に権利書を渡してくれよ」
「ふざけんな、俺はこの家で生まれたんだ、これからもずっと俺ん家だ。死んでも渡すもんか」
「そうか、そうまで言うなら一遍死んでみるか」
勇次はブラックスーツのジャケットを脱ぐと側近にそれを手渡す。シャツの上には黒革のサスペンダーにも似たベルトがあった。続いて背中に両腕を回して腰に装着されたホルスターに収まる得物を手にすると目の前に立つ米岡に向けて構えて見せた。ドーナツ状の円盤は研ぎ澄まされた刃となっている。
「な、なんだいそりゃ、輪投げか何かか」
「さあてね」
不敵な笑みとともに手にする得物が街路灯の光を反射させる。
「お、おい、勇次、マジかよ……ちょっと待て、金ならなんとかする、なんとかするからよ、ちょっと話そうぜ、なあ、おい……ゆ、ゆう……じ」
勇次の手にする薄く鋭利な円弧が素早い曲線を描くと米岡の喉笛がぱっくりと割れた。呼吸の術がなくなった彼はただ口をパクパクさせるばかり、間もなく二度と言葉を発することなく冷たいアスファルトの上で息絶えた。
勇次が手にした得物で空を斬ると刃に付着していた少しばかりの血がきれいさっぱり飛び散って消えた。勇次は得物を再び背中のホルスターに収めると、側近が手にするジャケットに腕を通す。そして身だしなみを整えながら部下たちに命じた。
「米岡は死んだ。これから
「はい」
「了解っす」
抑えた声で返事をする部下たちが数メートル先の小さな家に向かう。高峰勇次は動かなくなった米岡に最期の言葉をかけた。
「米岡のおじさん、素直に応じてればよかったものを素人が歯向かうから痛い目に遭うのさ。俺も啓ちゃんも昔の俺達じゃないんだ。そんなこともわからないなんて馬鹿な野郎だ」
しばらくすると米岡なる男性の家から部下の一人が勇次の下に駆け寄って来た。
「代行、ありました、茶の間のタンスの中に」
部下はちりめんの小風呂敷に包まれた登記書類の入った封筒を手にしながら声を上げた。
「よし、よくやった。次は
金谷のおっさん、彼もまたこの
「どいつもこいつも余計な手間をかけさせやがって。黙って出すもん出してりゃそれなりに平和な老後を用意してたのに、バカで強情な連中ばかりだぜ」
金谷氏宅の土間、そこでは
「代行、そろそろ時間です」
高峰勇次は左腕に着けた時計を見る。時刻は午前零時にならんとしていた。
「思ったよりかかっちまったな。よし、引き上げだ」
深夜の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます