第27話 アンダー・プレッシャー
ダイモンエステートビルの十一階、静まり返った会議室に
「勇次、例の縛り屋はどんな具合だ?」
いつもとは違う素の口調で大門啓介は勇次に問いかける。勇次もまた幼馴染に対するようにくだけた態度で答えた。
「最初はそうでもなかったけど今では連中を目当てにやってくる客もいるよ。だけどあのミエルとか言うチビッ子バニーも大したタマですよ、ヤツの喘ぎ声なんざ、まるでここが場末のストリップ小屋じゃないかって気分にさせてくれます」
「違う、俺が聞いてるのはそんなことじゃない。
「啓ちゃん、そこまでわかってるのならどうして受け入れたんだ」
「権利書さ、それ以外に何がある? いいか勇次、
「でもあいつにとって啓ちゃんは憎い仇だろ、絶対にヤバいって」
「そんなことは百も承知だ。それでも権利書を手に入れなければならなないんだ。それがこのパズルの最後のワンピース、どんな手段を使ってでも完成させてみせる」
啓ちゃんは本気なんだ。勇次は大門啓介の覚悟と執念に返す言葉が出なかった。
「いずれヤツはこの俺に手を掛けて来るだろう。でもな、それこそ飛んで火にいる夏の虫、頃合いを見計らって返り討ちさ。そのときは勇次、またお前に仕事をしてもらう。俺にとってはお前だけが頼りなんだ」
「まかせてくれよ、啓ちゃん。どんなヤツが来たって俺の得物でイチコロさ。
勇次が不敵な笑みとともにジャケットを脱ぎ捨てるとその下から現れたのは背中のホルスターを吊る革製のベルトだった。勇次は手を後ろに回して腰のあたりに収められた得物を取り出す。彼が手にしたもの、それは直径三〇センチメートルほどのリング状の薄い円盤だった。
その正体は中国に伝わる暗器の一種、あまりにも習得が難しくそんなものを実践で使う者などいないと言われる代物だ。ほのかな光を反射させるその武器は外径も内径もともに研ぎ澄まされた刃になっていた。勇次は刃のついていない握りの部分を掴んで構えると見えない敵へのシャドウイングをして見せる。
その様子に安心を覚えた大門啓介は幼馴染との対話モードからいつもの冷静沈着なビジネスモードへと口調を切り替えた。
「高峰君、すべてあなたにお任せましたよ。少しでも不穏な動きを見せたならば自慢の得物の餌食にしてしまって構いません。ただしギリギリのところで生かしておくことを忘れずに。権利書を手に入れることが最重要課題なのですから」
意気揚々と腕前を披露していた勇次だったが、自分の言いたいことだけを言うとあっさり態度を豹変させる大門啓介に一瞬ではあるが寂しさを感じたものの勇次もまたいつものモードに頭を切り替えて得物を収めながらジャケットを羽織りなおす。そして「御意」の一言とともに一礼した。
「ところで高峰君、今週末の土曜日に
「承知しました」
「古いタイプの政治家かも知れませんが我々の計画には必要不可欠の人材です。念願のダイモンタワー建設、そしてカジノ誘致、我が計画のすべては彼の剛腕による賜物でもあるのです。くれぐれも粗相がないように、とにかくここの運営は高峰君、あなたに一任していますしそれなりの報酬も出しています。是非とも私の期待に応えてください」
高峰勇次は頭を垂れたまま大門啓介の話を聞いていたが、しかし本心では責任の重圧と相変わらずの汚れ仕事に辟易していた。
「高峰君、もう下がってください。そろそろ二回目のショーが始まる頃でしょう、持ち場に就いてしっかりと監視をお願いしますよ」
勇次は自分の中に芽生え始めているやるせなさを押し込めて再び一礼すると大門啓介の背中を一瞥して踵を返した。
ラウンジでは
ペントハウスから下りてきた勇次がいつものようにカウンターの一番端に座ると、彼が何も言わずとも
「どうしたね、勇次。少し疲れてるか?」
「いや、いつものことさ」
「話してみるといいね。楽になるよ」
ちょうどその時だった、次のステージに備えて喉を潤そうとミエルがラウンジにやって来た。空席を求めて入口に立ったとき壁の影から勇次と
「週末に大事な客が来るんだ。
「日本の政治のことはよく知らないけど、その名前は聞いたことがあるよ」
「その名の通り、前しか見えない
そこまで話すと勇次はグラスの中身を一気に飲み干した。すかさず
「啓ちゃんは俺を信じてまかせてくれてるが、相手はあの山鯨だ、何か事が起きりゃ落とし前のひとつもつけなきゃならない。これでも俺なりにプレッシャーってもんを感じてるのさ」
「
一方、壁の向こう側ではミエルが二人の会話を傍受していた。週末に代議士がやってくる。そのときにはきっと
ミエルはラウンジを後にすると喉の渇きも忘れて控室へと戻って行った。
「
すっかり気分がよくなっている高峰勇次を前にして
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