第21話 ヒデミちゃんの工房

「しかし、見れば見るほどうまくできてるよなぁ」


 所在なさそうに立つミエルを前にして高英夫こうひでおは跪いてその股間部分に目を凝らす。華奢で小柄な身体からだでありながらいい感じにくびれた腰つき、細いながらもそれなりの肉付きをした足は網タイツの格子に包まれている。そして彼が興味を示すそこは男の子ならではの質感をまるで感じさせない仕上がりになっていた。


「工房で見たときも驚いたけど、こうしてマジマジと見るとなおさらだな」

「こ、こーさん、そんなに見つめないでください。ちょっと恥ずかしいです」

「ははは、すまんすまん。でもよ、この後ここに縄を通すんだ、やっぱしっかり確認しておきたいわけよ」


 そう言いながら高英夫こうひでおはなだらかに盛り上がった微妙な部分を指先でつついてみた。


「ひゃあ」


 ビクンと全身を反応させながら小さな声を上げるミエル、その様子に満足したように彼は笑った。


「いいぞ、ミエル君、その調子で本番も頼むぜ」


 高英夫こうひでおが言うところの工房、この話もまた数日前に遡る。それは彼がママと契約した日のことだった。



――*――



 衣装は自前で用意したい。そんな高英夫こうひでおの希望を叶えるためにママがスマートフォンを手にしてどこかに電話する。


「もしもし、ヒデミちゃん、元気してたかしら? そう仕事の話よ。ちょっと小柄な子なんだけどね、今流行はやりの男の、その子の衣装をお願いしたいの。それがね、バニーガールなのよ」


 電話口の向こうではヒデミちゃんなる人が対応しているのだろう、話はトントン拍子に進んでいた。


「そうねぇ、予備も含めて三着もあればいいわ。もちろんフルオーダーで。費用はこっちで持つから思う存分腕を奮って頂戴」


 電話を切るとママは高英夫こうひでおとミエルに向かって言った。


こう先生は知ってるわよね、ヒデミちゃんの店」

「はい」

「それなら話も早いわ、ミエルちゃんを連れてすぐに行きなさい。採寸だけでも今夜中に済ませて欲しいの」


 二人はママに命じられるまま飲みかけのコーヒーもそのままにして恭平の店を後にした。



――*――



 新宿二丁目の喧騒から少し離れたあたり、靖国通りを挟んだ裏手にあるビルの二階にその店はあった。会員制の札がかかるドアの前で高英夫こうひでおがノックすると「は――い」と野太い声とともに扉が開いた。


「よ、ヒデミちゃん、商売繁盛してるか……って、相変わらず客がいない店だなぁ」

「あら、コーちゃん、待ってたわよ。それにしてもずいぶんとご無沙汰だったじゃない? でも無事でなにより、まずはおかえりなさい、ね」


 そう言ってにこやかな顔を見せるのは身長が一八〇はありそうな大男だった。頭髪も眉もないその姿はこれから顔を作るところだと言う。ヒデミと名乗るその大男は客のいない店内に二人を案内した。


「ヒデミちゃん、早速だけど時間がないんだ」

「聞いてるわよ、さっきママからまた電話があったのよ」

「なら話は早い、この子がミエル君だ」

「あらかわいい。ヒデミです、おはつぅ」

「ミ、ミエルと言います。よろしくお願いします」

「こんなアタシだけど獲って食ったりしないから安心していいのよ」


 キャミソールを一枚着けただけの大男が「続きは奥でやりましょう」と言いながら店の奥へと続くドアを開けた。

 二人が案内されたそこはミシンや製図台が並ぶ部屋だった。その片隅にはフィッティングとは程遠い場違いなベンチと枕が用意されていた。何かを言いたげな顔でそれを見下ろすミエルにヒデミが説明する。


「ここはアタシの工房、衣装を作るための。ほとんどは既製の型紙から起こすイージーオーダーだけど、もちろんフルオーダーも承ってるわ。今回の衣装はもちろんフルオーダー、採寸から始めるのよ」


 そしてミエルも気にしているベンチに目を向けながら説明を続けた。


「まるで病院みたいでしょ? ここでは脱毛処理にピアスの穴開けから二重瞼の施術までやってるのよ、もちろんナイショだけどね」


 ヒデミはひと通りの説明を終えると早速ミエルに服を脱ぐよう命じる。高英夫こうひでおの目を気にしながらおずおずと服を脱ぐ様はまさに女の子そのものだった。


「あら、あなたって律儀な子なのねぇ」


 高校生の女装とは言え下着までもが女性用のショーツであるミエルを見たヒデミが感心したように声を上げた。


「でもね、今日はそれも脱いでもらうわ」

「え、マジですか」


 するとヒデミは諭すように説明した。


「バニーガールの衣装がどんなものが知ってるわよね。男のがそれを着けるってことは微妙なあたりの処理が一番大事なの。特に今度はあのダイモンのところに乗り込むんでしょ、半端な仕上げじゃすぐに見破られちゃうわ」


 ミエルは顔を真っ赤にしながらショーツに手を掛けた。これも仕事のため、ピンチじゃない、ピンチじゃない。


「う――ん、これはカップが必要ね。コーちゃん、この子のこと縛るんでしょ、それならシリコン入りにした方がいいかもね。いい感じの割れ目を演出できるわ」


 ヒデミはミエルのあらゆる場所黙々と採寸するとさらさらと紙にその値をメモしていく。彼、いや彼女はその手を止めることなく独り言のようにつぶやいた。


「ほんとはタックを身に着けてもらいたいんだけど、育ち盛りの子にさせるわけにもいかないわよねぇ……」


 タック、それは女装家の中でもきわどい衣装を好む者たちが行なう技法だ。一部の格闘家や力士の間ではコツカケ(骨掛け)と呼ばれている、睾丸を腹の中に収めてしまうものだった。自分自身もしているそのタックなるものを見せるためヒデミはキャミソールの裾をめくって見せる。そこにはゴールドの極小ショーツ、しかし男性ならではの存在は影も形もなかった。


「タマタマだけじゃないの、ついでに竿もいっしょに押し込むのよ。するとほら、完全に女の子でしょ?」


 スキンヘッドの大男の口から女の子、そのギャップに呆れながらもミエルは金色の光沢を放つ股間からなぜか目が離せなかった。


「でもね、さっきも言ったように素人さんがすぐにできることじゃないし、ましてや高校生の男の子にさせるものでもないしね。だから毛の処理までにしておくわ」


 ミエルは安心したようにひと息ついた。しかしそんな彼になおもヒデミは追い打ちをかける。


「とりあえず腋とお股、う――ん、せっかく予算はあるんだし思い切ってやっちゃおうか。よし、首から下全部、それとヒゲね」

「な、何をするんですか」

「永久脱毛よ。ほんとだったら結構お金がかかるんだから、あなたもママに感謝しなさいな」


 こうしてミエルはまたもやピンチに見舞われるのだった。

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