第20話 バニーガール作戦

 そこはダイモンエステートビルの九階、フロアの大部分を占めるカジノスペースとは別に用意されたスタッフルームに隣接する控室に高英夫こうひでおとミエルはいた。


「それにしてもこんな部屋まで用意してもらえるなんて至れり尽くせりじゃないか、ほんとに助かるぜ」


 敵の本拠地に乗り込んでいるにも関わらずやけにごきげんな高英夫をよそにミエルはショーの衣装を身に着けはしたものの、どこか落ち着かずにただモジモジするばかりだった。


「おいおいミエル君、この期に及んでビビってるのか? 大丈夫、演技はこの俺がしかりとリードしてやるし鞭だってそれほど痛くないってのもリハーサルの通りだ、何も心配は要らないぜ」

「ち、違うんです。この衣装が……やっぱ何度着てみてもなかなか慣れなくって」


 今ミエルが身につけている衣装はバニーガールのそれだった。黒いサテン地のボディースーツは股間の微妙な部分を誤魔化すためにハイレグよりも浅めの角度であったが、肩が丸出しの胸元に仕込んだパッドがズレやしないか気が気でなかった。


「全然問題ないぜ。てか君が思っている以上に似合ってるし十分さまになってる。君は当分ちびっ子バニーでイケると思うぜ」


 あっけらかんとして出番待ちをする高英夫にくらべてミエルの頭の中は杞憂でいっぱいだった。そもそもバニーガールなんて無理がありすぎる、ボクはこれでも男なのに。なぜこんなことになっているのか。話は数日前に遡る。



 それはママにとって願ってもないことだった。伊集院会長からの依頼を遂行するためにはいつどこでカジノが開かれているのか、そしてその情報を得たとしても誰をどうやって潜り込ませるかが重要な課題となっていた。そこに高英男こうひでおの提案だ、ママは二つ返事で相乗りを決めた。しかしそんなことはおくびにも出さずに彼女はいつもの居丈高さで条件を提示した。


「さて、ここからはビジネスの話、こう先生、ウチへの見返りについての話よ。不義理への見返りでダイモンとつなぎをつけるのは結構、でもミエルちゃんを貸すのはまた別の話、今回はかなり危険な仕事だもの、それ相応の用意があってのお願いってことでいいかしら?」


 すると高英夫は芥野あくたの亜梨砂ありさの忘れ形見である書類一式が収められた箱をママの前に差し出した。


「これでお願いできませんか? ここには権利書、実印と印鑑証明、それに委任状まで揃ってます。これだけあればあの土地をママのものにできます」


 ママはそれを自分の手元に引き寄せると不敵な笑みを浮かべてその内容を今一度確認しながら言った。


「なるほど、見返りとしては十分ね。それでは契約成立、ミエルちゃんのこと、あなたに任せるわ」


 一気に難題が解決した。顔には出していないもののママも内心笑いが止まらなかっただろうし、高英男こうひでおもまた目的に一歩近づくことができたのだ。ところがそれに乗じて彼はママに更なる申し出をしてきた。


「実はもうひとつ相談に乗ってほしいことがあるんです。衣装についてなんですが」


 衣装、それは彼のショーで着る衣装の話に違いない。ミエルは亜梨砂が演じるのを見ている。確かあのときの彼女は革製のボンテージファッションだった、まさか自分もあの姿になるのか、男の自分が。ミエルは思わず生唾を飲み込んで身構えた。


「バニーなんです」

「バニーって、バニーガール?」

「ええそうです。さすがにパラダイスでのときみたく体操着ってわけにいかないですし、そもそも客層も違います。どうしたものかと思ってたらダイモンの方から指示があって」


 そうか、あのハイレグじゃなかったんだ。ホッとしたのも束の間、しかし問題は解決していなかった。バニーガールだってハイレグじゃないか。高英夫こうひでおの要求にミエルだけでなくその場にいた晶子も恭平も目を丸くしていた。

 しかしママと高英夫こうひでおの会話は淡々と進んでいく。


「あらあら、でもミエルちゃんのバニーガールなんて私もちょっと興味あるわね」

「それで重ねての相談なんですが……」

「ここまで来たら何でも来いよ、言いたいことは全部言って頂戴」

「やっぱママに相談して正解だった。それじゃあお言葉に甘えて、実は衣装はこっちで自前にしたいんだ。理由は色々と仕込まなけりゃならないものがあるんで」

「ふ――ん、まあ察しはつくわ。それで道具は揃ってるのかしら?」

「それが……それもこれからで」

「しょうがないわね、とりあえず話は理解したわ。ちょっと乱暴で粗削りなところもあるけどなんとかなるでしょう。盗聴や盗撮はウチの専売特許みたいなもの、道具や手順は任せて頂戴。とりあえずバニーガール作戦の開始ね」

「ありがとうございます。実はそっち方面はさっぱりなもんでアテにしてたんです」


 それにしても女装は女装でもバニーガールなんて、学校のみんなが知ったらどんな顔をするだろう。そんなことを考えてほくそ笑む晶子だったが、突然自分にも話が振られてきた。


「ショーコちゃん、何をニヤニヤしてるの。あ、もしかしてミエルちゃんのバニー姿を想像してるのね」

「ち、違うし。こんな変態女装男子のことなんてどうでもいいし」

「アハハ、そうやってムキになるところがいいコンビよね、あなたたちって。それでね、コンビついでにショーコちゃんにも頑張ってもらいたいのよ」

「え、まさかあたしもバニーガールに……」

「違うわよ、今回はバックヤードの話。詳しくは道具が揃ったらの話だけど、あのメイド喫茶以来の大仕事、ちょっと危険も伴うかもだけどそのぶんギャラも期待していいわ、がんばってね」

「は、はい、ママ」


 またもや元気よく返事する晶子の隣ではミエルがどこか不安げな目をママに向けていた。

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