第22話 黒い秘密兵器

 ノックの音に続いてドアが開くとそこに立っていたのはツーブロックのロングヘアを後ろに束ねた身長一八〇センチは優にある男だった。高峰勇次たかみねゆうじと名乗るその男は大門啓介だいもんけいすけにとって腹心の部下、ダイモングループの裏を仕切る番頭格だった。


こう先生、今夜はあんたに期待してるぜ。それでそのかい、縛られるのは」

「ええ、ミエルって言うんです、どうかお見知りおきを」

「しかし、そんなチビッ子……いや失礼、小柄な身体からだでバニーガールとはな」

「これもその、最近流行はやりの多様性と言いますか……でもポテンシャルはなかなかのもんなんです」


 それにしてもこーさん、ヒデミさん、それにこの高峰たかみねって人とか、なぜ自分の周囲には高身長の人ばかりが集まるんだろう。そんなことを考えながら背丈一六〇センチ足らずのミエルはますます小さくなってしまうのだった。


「はじめまして、高峰さん。ミエルです、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げたその勢いでバニーの耳がズレ落ちそうになる。慌てて頭を押さえながらあたふたするミエルの姿になぜか妙な色気を感じる高峰勇次だった。勇次はそんな気持ちをごまかすために軽い咳ばらいをすると高英夫こうひでおにもう一言告げた。


こう先生、今一度の確認だ。ステージは二三時からと二五時からの二回、いいな。ステージの合間にはラウンジで好きなものを飲んで構わない、もちろん無料ただだ。ただし飲み過ぎるなよ」


 勇次はそう言うと真剣な顔になって二人に釘を刺した。


「それとな、カジノだけはやめておけ。あんなもの勝てやしないし、それに君のようなチビッ子がうろうろするような場所じゃないんだ」

「ハイ」

「とにかくせっかくのギャラを無駄遣いするな、ってことだ。それじゃ、よろしく頼んだぜ」


 勇次はそれだけ言うと控室を後にした。もう彼が戻ってくることはなさそうだと見ると高英夫こうひでおはミエルに今一度の念を押す。


「さっきはヒヤっとしたぜ。ウサ耳のカチューシャといっしょにズラまで落とされちゃ元も子もねぇ、とにかく注意してくれよな」

「は、はい、ごめんなさい」


 そう言ってミエルは再び頭を下げた、うさぎの耳を押さえながら。



――*――



 ヒデミちゃんがミエルの衣装を仕上げるのにはたっぷり二週間を要した。そして用意されたのは三着、これでも十分に早い仕上がりだった。


「とにかくデリケートな部分をごまかすのに気を遣ったわ。それとカップね。これは装着感をよくするためにシリコンを使ってるの。だからピッタリとフィットすると思うわ。柔らかいから縄を通すといい感じに割れ目の演出もできるのよ」


 工房には高英夫こうひでおとママのみならず晶子と恭平までもが顔を見せていた。ヒデミの成果を褒めながらママがミエルに命じる。


「ミエルちゃん、すぐに着て見せて頂戴」


 いつもの彼ならば二つ返事でそれに従うだろう。しかし今日は晶子がいるのだ、これこそピンチ、ミエルはさすがに躊躇する素振りを見せた。


「あのねミエルちゃん、ショーコちゃんには裏方で働いてもらうのよ。だからあなたのバニーガール姿を見せておきたいの。わかるわね、これも仕事なのよ」

「は、はい、わかりました」


 ミエルは簡単な間仕切りで仕切られただけのフィッティングエリアで衣装を身につけた。すべての衣類を脱いでシリコン製カップを股間にあてる。それがズレ落ちることがないよう網タイツ履いて位置を調整する。続いてボディースーツ、ステッチの工夫と生地の光沢のおかげで微妙な部分も気にならない仕上がりになっていた。そしてカフス、蝶ネクタイが一体となった襟付きのチョーカー、最後にうさぎの耳を模したカチューシャを着けてバニーガールの出来上がりだ。

 ミエルはピンヒールを器用に履きこなしながら間仕切りの陰から姿を見せた。一斉に上がるどよめき、中でも高英夫こうおひでおはあまりの出来のよさにぽかんと口を開けて立ち尽くすばかりだった。そして晶子、彼女も衣装の見事さ、そしてくやしいが彼のかわいさに言葉を失っていた。


「な、なによ、でもミエルは男、やっぱ変態女装Mおとこバニー男子だし」


 そう言いながらも晶子はミエルの変身ぶりを認めるのだった。


 続いてママが晶子に「あれを用意して頂戴」と命じる。そうか、そういうことか、彼女は興味本位でついて来たわけじゃなかったんだ。そう思いながらミエルもママの指示に従って一歩前に出た。


「それじゃあ簡単に説明するわね。これが小型マイク、カフスボタンの代わりに着けなさい。そしてこっちがカメラ、小さいけれど高解像度のスグレものよ」


 ママはテーブルに一対の超小型マイクと一つ小さなカメラを並べた。いずれも衣装に合わせて黒一色のデザイン、まさに黒い秘密兵器だった。


「カメラはチョーカーに仕込むこと、いいわね」


 高英夫こうひでおとミエルは興味津々でそれら一つ一つを手に取ってはいろいろな角度から眺めていた。


「それともうひとつ、これが肝心なのよ」


 ママは晶子にその肝心な何かを出すように命じる。出てきたのは手のひらに隠せるくらいの小さな黒い物体だった。二個あるそれを並べてママは説明を続けた。


「これはブースター、カメラとマイクの電波を増幅してくれるの。これがあれば建物の外からでも受信できるわ。バッテリーは充電式で一週間はもつからカジノのどこか適当な場所に仕込んでおきなさい。それを毎週交換すること、連中にバレないよううまくやって頂戴」


 あのカジノには目隠しのために大きな観葉植物、確かマンゴーの木とヤシの木があったはずだ、高英夫こうひでおは以前の記憶を手繰たぐりながらブースターの隠し場所を脳内でシミュレートしていた。


「そしてショーコちゃん、あなたはこのファブレットで映像と音声を受信して私のところに転送するのよ。簡単に言うならば中継ね。すべてのセッティングはできてるからあなたは受信感度のよさそうなところに立っていればいいわ」

「はい、わかりました」


 ファブレット、それはスマートフォン以上タブレット未満の大きさのデバイス、晶子はそれを手にして大きく頷いた。


「さてと、せっかくだからちょっと試してみようか」


 ママに言われるがまま、ヒデミがミエルの衣装にマイクとカメラを仕込む。晶子が受信のアイコンにタッチすると彼女が手にするファブレットに工房の様子が映し出された。


「これで準備は万全、あとは乗り込むだけよ。それと衣装を変えるときはデバイス類も乗せ換えることを忘れないでね。ミエルちゃんは理系女子リケジョだからそういうのは得意でしょ」

「はい、まかせてください」


 ミエルと晶子にママ、そして三人の男、もとい高英夫こうひでおに恭平、それにヒデミちゃんの六人が小さな工房で成功を確かめ合う。こうして歌舞伎町のデーモンこと大門啓介が率いる闇カジノへの潜入準備が整ったのだった。

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