第18話 不義理の代償

 恭平に釘を刺されてすっかり小さくなってしまったミエルをよそに作戦会議は粛々と進んでいく。何をするにもまずは件のカジノがどこで開かれているかを突き止めること、当面のミッションはママと恭平が手分けしてそのための情報収集を続けることとなった。


「あの、ボクにも何かお手伝いできることがあれば……」

「あたしにもできることがあれば何でもやるし」


 二人がそう申し出るも「今回ばかりはあなたたちの出番はなさそうね」とママにあっさりとかわされてしまう。そんな彼らを恭平が気遣ってすかさずフォローした。


「ほらほら二人ともそんなにしょげないで。今はまだ時期尚早ってだけできっと役に立てるときが来るから、それまではいざというときに備えて道場でしっかりと鍛錬よ。そうそう、ショーコちゃんだっけ、あなたにも今度お稽古をつけてあげなきゃね」

「お願いします!」


 晶子が元気よく頭を下げる。こうして恭平の言葉に励まさながら二人は目の前に出された食後のコーヒーを味わうのだった。


 会議も一段落したそのときだった、突然のガサガサと葉が揺れる音にその場にいる一同の顔に緊張が走る。いの一番に席を立ったのは恭平だった。すると葉陰から顔を見せたのは緊縛師きんばくしを名乗る高英夫こうひでおだった。その場の誰よりも長身な彼がリーゼントに革ジャンのスタイルで挨拶する。


「久しぶりだな、恭平」

「コーちゃんこそ、元気してた?」

「ああ、なんとかな」


 彼ら二人は旧知の間柄だった。恭平との久々の再会に軽い挨拶を交わした高英夫は続いてママの顔を見るなり妙にかしこまって頭を下げた。


「その節はご迷惑をおかけしました。とんだ不義理をしてしまって、どうかお許しください」

「いいのよ、もう済んだことだし。そのうち何かの形でお返ししてくれればね。それよりよくここにいることがわかったわね」

「いえ、たまたまです。さっきオフィスに寄ったら誰もいなくて、ならばせっかくだし久々ついでに恭平の顔でも拝んでいこうか、なんて思ったわけです」


 ママとの会話に自分の名が出たことで恭平もそこに割って入る。


「あら、ついでなんてずいぶんな言い方じゃない。でもアタシも別に心配なんてしてなかったけどね。とにかくコーちゃん、そこに座りなさいな、すぐにコーヒーを用意してあげるから」


 高英夫こうひでおは「すまない」と言いながら恭平と入れ替わりで席に着く。目の前にはミエルと晶子の二人、彼にとって見覚えのある二人にも小さく会釈するとママへのお詫びと釈明のつもりで早速これまでの過去話を始めた。



 彼が芥野あくたの亜梨砂ありさと出会ったのが今から三年ほど前のこと、始めはぎこちなかったものの持ち前のセンスで次第に息の合った演技ができるようになった頃、彼はママが経営する店、パラダイスに自分たちを売り込んだ。


「それじゃ、ママとこーさんって面識があったんですか」


 コーヒーを飲みながらミエルが目を丸くする。高英夫は「まあな」と一言答えるとなおも話を続けた。

 不定期開催ではあるが彼らの緊縛ショーは好評でママも定期公演の契約をしようとしていた矢先のことだった、彼はよりよいギャラの下へとあっさりと鞍替えしてしまったのだ。移った先はダイモングループ、そして演じる場所は彼らが開帳する闇カジノだった。


 過去話が盛り上がりを見せ始めたタイミングで恭平がコーヒーを運んで来た。高英夫こうひでおのカップだけでなくその場の全員がお代わりできるようにと熱々のポットとともに。それをきっかけに今度はママが話を引き継ぐ。


「事件が起きたのはそこでだったわよね。趣向を変えて会場のお客様を縛ろうなんて考えたのはいいけど……」


 カジノでの公演は二人にとってかなりハードな内容だった。毎週金曜と土曜の夜にそれぞれ三ステージずつ、それも希望する客に亜梨砂を責めさせる趣向で、そのおかげで亜梨砂は公演のたびに疲弊していった。

 ついにある晩、亜梨砂は身体からだの不調を訴えた。苦肉の策で高英夫こうひでおが考えたのはミエルでそうしたように会場の客を縛り上げることだった。カジノには女性同伴の客も多くいる、そこで希望者を募るのだ。そしてその日、一人の男性客が手を挙げた。男は最近にしては珍しいボディーコンシャスなコーディネートが目立つ女性を連れていた。赤いドレスに赤いピンヒールのその姿は明らかに水商売、ややもすると風俗嬢を思わせた。

 演目は喝采とともに幕を閉じた。ところがそのとき露出の多い衣装だったのが災いして女性の身体からだに僅かな跡を残してしまった。そしてそれが後々厄介な問題に発展してしまう。

 女性は歌舞伎町を根城にするある組織の幹部組員の情婦、残された小さな傷跡から不貞行為が発覚してしまったのだ。女のみならずその情夫にも厳しい制裁が加えられ、当然の如く魔の手は高英夫こうひでおにも飛び火した。

 自分ひとりならまだしも亜梨砂を連れての逃避行には限界がある。そこで彼が泣きついたのはかつて世話になったパラダイスの経営者であるママだった、不義理を重々承知の上で。この新宿でヤリ手と評判のこの人ならばなんとかしてくれるだろう。彼はとにかく亜梨砂だけでも逃がそうと考えていた。

 そんな彼らをママは匿い、地方の温泉街にあるストリップ小屋まで紹介してくれたのだった。そして二人は緊縛ショーとストリップのドサ回りでこの三年間を食いつないできたのだった。


「あのときは女の情夫の身柄をこっちで先に押さえてね、それを交換条件にして交渉したのよ。もちろん迷惑料として多少の色もつけたけどね。あの手の連中はとにかくお金と面子、そのどちらも立てることができたからよかったけど、あんなのはもう二度とゴメンだわ」


 そう言いながらママは自分でコーヒーのお代わりを注ぐ。そして今一度高英夫こうひでおに厳しい目を向けて言った。


「ところでこう先生、あなたにはダイモンのカジノに伝手つてがあるのよね、それはまだ生きてるのかしら?」

「え、ええ。それで俺にも相談したいことが……」

「先生、立場ってものをわきまえて頂戴、今はこちらの要望が最優先なの」

「は、はい……」


 長身の高英夫こうひでおがママの気迫に押されてここにいる誰よりも小さく見えたことは言うまでもない。ママは容赦なく彼に命じた。


「あなた、もう一度ダイモンのカジノにつなぎをつけなさい。それが私への不義理の代償よ」

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