第7話(帰り道)

 奉行所を出る前に、燈夜は駿平が来ているような作務衣を渡され着替えるように命じられ、着ていた制服のズボンとシャツは没収された。



 奉行所の外で解放されて、お静の店に帰る道中、駿平はイライラと小石を蹴って進んでいた。


「何が『霊気が見える』だよ。偉そうに命令しやがって、あ〜ムカつく」


「幻翠様? だったよね。綺麗な人だけど、見た目も声も男の人よりな感じなんだね」


「だろ? まんま男じゃね。――確かに美形だけどな」


「超子って、みんなそうなのかな?」


「さあな」


「しかも勝手に人の精……とか調べやがって。プライバシー侵害じゃねぇかよ」


 ひとしきり悪態をついた後、駿平が切り出す。


「まだ夢だって思うか?」

 

 昔のマンガやドラマで、夢か現実かの見極めに頬をつねる、というやり方をよく見かけたが、この世界で押し倒されたり、腕を縛られたりして感じた痛みは現実と何ら変わることなくリアルだった。


「まだよくわからないけど……」


 わからないけど何だろう。自分でも整理がつかなくて言葉を継げずにいると、駿平が聞いてきた。


「お前はさ、こっちに来たきっかけ何?」


 言ってしまうと、夢という可能性以外の仮説が立ってしまいそうで、一瞬躊躇するが下手な嘘もつけない。


「目の前で車がビルの1階に衝突する事故があって、多分その衝撃でビルの袖看板が外れて、落ちてきたんだけど、避けきれなくて目を瞑って……開けたら、もうこっちにいたんだ」


 駿平は驚いたように一重の大きな目をさらに見開いて、動揺を誤魔化すふうに少し笑った。


「はは……。マジでお前もかよ。俺らやっぱ、あっちで死んだのかもな。で、ここは死後の世界ってやつ? だいぶ想像してたのと違うけどな」


「随分違うよね。まさかの江戸時代が舞台だし。しかも2022年の」


「男は早死にするし、女が男になってるしな」


「同性婚当たり前設定だしね」 


「モノノケとかいるしな」


「化学の代わりに、陰陽師に妖術が発展」


「こんな死後の世界ねーわ」


 今度は二人で声を出して笑った。


 現代だったら、先生や学校の悪口を言って盛り上がる学生の下校姿といったところだろうか。


 考えてみたら、友人も作らず、そんな当たり前の関わりさえ避けてきた自分が、こんな風に笑ったのはいつぶりだろうと燈夜は思った。


 そして、こんな自分の懐に、いとも簡単に入ってきて、不快に思わせることなく距離をつめられる駿平の天性の才能を再確認する。


「だとしても、今度はこっちで死んだらどうなるんだろうな、俺ら」


 明日から赴くことになった隣国が安全だという保証はない。幻翠が言ったとおり危険が伴うのだとすれば、それは命に関わるレベルの危険かもしれない。


「てか、兄貴だったんだな。俺が見たの」


「特徴が一致してるし、そうだと思う」


「兄貴も死にかけてこっちに来たってことなのか?」


「わからないけど、あっちで半年前から行方不明になってて……ずっと探してたんだ」


「じゃあ、とっとと物怪ハンターとっ捕まえてこねぇとな」


 駿平がニヤッと笑いかけてくる。


「幻翠に兄貴、探してもらうんだろ」



◆◆◆◆



 夜の光景とは打って変わって、表店の通りは賑やかだった。人はたくさんいるが中年や高齢、成人以上の年齢の明らかな男性は見かけない。

 

 だいぶ歩いてきたが、この通りをまっすぐ行けばお静の店だ。


 燈夜は少し不安に思っていた事を口にした。


「僕も帰っていいのかな? お静さんのところ」


「あ? お前連れて帰らなかったら、あの親子に俺がボッコボコにされんぜ、間違いなく」


 そこへ進行方向から、大きな声が近付いてきた。


「あんた達、心配したじゃないか!」


 息を切らせながらこちらに走ってきたのは小夜で、息を整えながら、くるりと来た道の方へ向くと叫んだ。


「お母ちゃんいたよ〜。帰ってきた~」


 するとまだ5軒は先にある店の軒先に小柄な女性が出てきた。


「おう、オバちゃん、心配かけたな」


 近くまで来たところで、手を振る駿平の方へ近付いてきたお静は、興奮気味に早口で言う。

 

「本当にね。飛脚じゃなくて早馬で付け文なんか来るから何事かと思ったよ」


「付け文?」


 燈夜と駿平が同時に聞き返す。


「いつの間に上様から目をかけられてたんだい? ご指名で上意を賜るなんて名誉なことじゃないか!」


「上様?」


 再び声がハモる。


「上様って言ったら、徳川第33代将軍、徳川幻翠様だよ!」


「徳川!? 将軍って……あいつ、金さんじゃなかったのかよ」


「金さん? 何言ってんだい、この子は。まあ早く中にお入り、腹減っただろ」


 駿平の背中をバシッと叩いて店の中へ促して、お静は燈夜にもお帰りと手を広げる。


「燈夜も。疲れただろ。あら、あんた顔に傷なんてどうしたんだい?」


 鏡を見る機会がなかったので気付かなかったが、昨夜、夜盗に襲われ頰と顎を地面に打ち付けられた時のものだろう。


 咄嗟に夜盗の件は伏せておいた方がよいと判断し誤魔化す。


「夜道が暗くて石に躓いてしまって……」


 お静は心から驚いた顔をした。


「あんたらまさか夜目が効かないのかい? そりゃあ知らなくて、夜に薪割りなんかやらせたりして悪かったね」


 駿平がその話題に食いつく。


「オバちゃんたちは夜見えてんのかよ?」 


「当たり前だろ。まあ、昼と同じようにはいかないけど、暗くて蹴躓いたりしないさ」


 電気のない世界が人間の視力を進化させたのだろうか。今知った新たな設定は羨ましいかぎりだ。

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