第6話(江戸町奉行所にて2)

 幻翠の射るような視線に蛇ににらまれた蛙、という昔からの言い回しがぴったり当てはまる状態で、燈夜も駿平も指1本動かせず固まっていた。


「だいぶ薄くはなったが、儂は妖術師の家の血統でな、霊気ぐらいは見える」


 自分たちの背後に視線を移す幻翠を見て、霊気とはオーラのような意味だったかと思い出す。


「お前らは明らかに違う。この世の者じゃねえ」 


「――だから拉致ってきたのかよ」


 いつの間にか幻翠のすぐ脇に来ていた藤紫が口を挟む。


「まだ訳の分からぬことを言うか。お前らは庇護の元に置か」


 藤紫の説教を遮るように幻翠が声を上げる。


「御用改め(容疑者の取調べ)ってやつだろうが」


「あの世から来たってんじゃあ不法入国か、確か死罪に値するんじゃねぇか? そうだよな? 藤紫?」


 そう言って、幻翠が藤紫を見上げる。


「はあ、まあ」


 藤紫は面食らった様子だが調子を合わせる。


「不法ったって、自分の意志で来たんじゃねぇし。仕方ねぇだろ! なぁ?」


 駿平に同意を求められ、燈夜は深く頷いた。


「ほう。じゃあ、恩赦をやらねばな。しかしタダでというわけにはいかんなぁ」


 再び人をおちょくるような愉しげな顔に戻って、幻翠は続けた。


「隣国で物ノ怪もののけを退治したっていうお前らの仲間を連れてこい」


「仲間!?」


 意外な恩赦の条件に燈夜と駿平は思わずハモって返事をしてしまった。


 

 藤紫が説明をしてくれた。


 昔から物ノ怪やあやかしといった存在は人々に恐れられてきたが、それらは実態を伴わない生霊や死んだ人間の悪霊という目に見えないものだった。


 不可解な出来事とそれらの目に見えない存在は結びつけて考えられ、それ故にこの国では妖術が発展し、陰陽師や術師により物ノ怪、あやかしは鎮められてきた。


 しかし近年、新たな物怪が出没するようになった。


「その物ノ怪は目に見える。姿形がある。なのに妖術でも倒せねぇ。剣士にも斬れねぇ。そして人を殺しやがる」


 憎々しげに吐き捨てる様子から、既に多くの犠牲者が出ているのだろう。


「ところがだ、隣国でその物ノ怪を次から次へと退治したってやつがいてな、そいつの風貌ってぇか着物がお前らと同じだったらしい」


「――着物って、学制服……」


 正座する自分の下半身を見下ろして燈夜は呟いた。


「そんなの自分で連れてくればよくね?」


 駿平が面倒くさそうに不平を言う。


「儂みたいな偉いさんが簡単に江戸から出られるわけねぇだろ。それに『廃藩戻国』以降はそれぞれの国は完全に治外法権状態で、幕府だって各国のまつりごとに口出しできねぇ決まりなんだよ」


「ハイハンレイコク?」


 歴史では「廃藩置県」と習ったはずの単語である。


 ポカンとした表情のあの世の住人を見て、幻翠は藤紫を見上げ再び目で何か訴えた。


 藤紫は一つ小さなため息をついて、


「『廃藩戻国』というのは、成人男性がいなくなった世に対応するため、天下統一ではなく、それぞれの国主の裁量でまつりごとを行う事に改めたものである。


そして『互国不干渉の御定書』により、それぞれの政に口を出さないというのが各国間の大原則。日ノ本は今、『日本集合国』が正式名称となっている」


「江戸幕府はかろうじて残ってるが、とっくに大奥もねぇし、参勤交代も廃止。国共通の法度(法律)はあるにはあるがそれほど強い権限もねぇ。集合国のまとめ役程度のもんだな」


「幕府がそんな弱くなってんじゃ、戦とかあって危ねえんじゃねぇの?」


 駿平が鋭いところを突く。


「今のところは国同士の争いってのは聞かねぇな。女は男より出世欲ってぇのが薄いのか、天下を取ろうとするような国主が出てこないってのが幸いしてな。国の中では色々あるらしいがな」

 

 幻翠が強引に話題を戻す。


「まあ、多少の危険も伴うだろうが、死ぬ気でそいつ連れてこい。同じあの世の仲間ならなんとかなるだろう」


「簡単に言うなよ! 知らねぇ土地で人探しとか無茶ブリすぎだろ!」


「一応、案内役と用心棒は付けてやる。預かりものの剣士がいるんだが、まあ、ちょっと問題がある奴だが、腕は間違いねぇ」


 幻翠の口調から、この命令に断るという選択肢はないのだと悟った燈夜は、せめてもの交換条件をぶつけてみることにした。


「わかりました。お受けします。ただ、一つお願いがあります。兄を探してもらえませんか。兄もここに迷い込んだみたいなんです」


「顔は、僕と似ていて、もう少し背が高くて、首から背中に火傷の跡があります」


 ダメ元での懇願だったが、その必死な様子をじっと見下ろしていた幻翠からは意外にも希望を持てる答えが返ってきた。


「考えておこう。お前らの活躍次第だな」


「それでは明日の朝5つ、この奉行所の門前に来るように」


 藤紫の一方的な物言いに駿平が無駄な抵抗を見せる。


「来ねぇ、つったら?」


「――打首獄門」


 幻翠はそう言って美しく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る