第4話(鮮やかな風)
お静と小夜は
燈夜は駿平と薪割りを交替したものの、初めての体験にうまく命中して割ることができず、駿平から斤の持ち方が悪いだの足の踏ん張り方がなってないだのと指摘されながら四苦八苦していたが既に筋肉が悲鳴を上げ始めていた。
「駿平くんは随分簡単にやってるように見えたんだけどな。見るのと実際やるのとじゃ全然違うね」
「『駿平』でいいぜ。まあ、ここ1ヶ月近く毎日やってるからな。そりゃ慣れんだろ」
「1ヶ月……こっちにいるの?」
「例の俺のこと拉致ったやつが寝てる隙に逃げ出したその日の夕方に、通りで腹減って座り込んでたらオバちゃんに拾われたから……その位になるな」
「1ヶ月で、もう本当の家族みたいに仲良くなってるんだね。羨ましいな」
先ほど目の当たりにした駿平とお静、小夜との砕けた雰囲気と比較して、半年経っても磯崎と上手に打ち解けられていない自分の不甲斐なさを燈夜は思い知らされた。
「俺、養護施設で育ってっから。揉まれてんだよ。オバちゃんも小夜との距離も職員のオッチャンや姉ちゃん達みたいな感覚でさ」
駿平は少しはにかんだ年相応の笑顔を見せた。
「お前はどのくらい? こっち来て」
「今日、だよ」
「あ? んなわけねーだろ、お前、2週間位前に番所の奴らに捕まってたじゃねーか」
そういえば、駿平が初めに声をかけてきた時点で自分を誰かと勘違いしていたことを燈夜は思い出した。
「それ、人違いじゃないかな」
「いや、この顔だったって。あ、でもお前、首に痣がねぇな。あれ? 背ももうちょいデカかったような……」
燈夜は痣という言葉に反応して、駿平の腕を掴んだ。
「痣? それは火傷の痕じゃなかった?」
急にそれまでと違う迫力で掴みかかられた駿平は気圧されて怯んだ。
「あ? ちょっと遠目だったし……火傷? だったとも言えるか……わかんねぇけど」
「どこ? どこで見たの?」
必至さに掴む指に力が込められていく。
「痛ぇよ、腕。この通りの先の番所の近くだよ。でも、もう居るわけねぇって、おい!」
燈夜は駿平の呼びかけを背中で聞きながら、考えるより先に走り出していた。
◆◆◆◆
夢中で走ってきた燈夜は、灯りの消えた家々の間で、どこが番所か検討がつかないまま乱れた息を整えながら歩を進めていたが、とうとう行き止まりになってしまった。
(当たり前だけど街灯もないし、月明かりだけじゃさすがによく見えないな)
先ほど駿平が語った人物は間違いなく兄、朔夜の特徴だった。兄もこっちに迷い込んだのか。
覚める夢だと高を括っていたはずが、段々と現実味を帯びてくる世界に、少し泣きそうな気持ちがせり上がってきた。
途方に暮れて引き返すべきかと迷い始めた時だった。
砂を擦る足音がして突如誰かに羽交い締めにされ、前につんのめる形で地面に倒された。頭を地面に押し付けられ口の中に砂が入る。
「こいつ馬鹿だなぁ。夜は出歩くなって御触れが出てんのに、わざわざ飛び込んで来てくれんだもんなぁ」
「こいつが着てんの、舶来物じゃねぇか?」
燈夜を押し倒した人物とは他にもう一人いるらしく、燈夜のズボンを脱がせようとベルトに手をかけ引っ張ってくる。
「や、め……」
声を出せば羽交い締めにしている方が首を締め上げてきた。
苦しさに意識を手放しそうになった瞬間、燈夜は風を感じた。それは例えるなら鮮やかな風とでも形容したくなるような疾風で、それと同時に苦しさと背中の重みから解放された。
風は今一度暗闇で光を放ちドサッという音とうめき声が聞こえた。
見上げれば長い髪を結わえた武士然とした影が刀をゆっくりと鞘に納めるところだった。
月明かりの逆光で顔はよく見えないが、その立ち姿だけでも相当に美しく、目を奪われ心まで持っていかれそうになるような初めて抱く不思議な感覚に燈夜は胸を押えた。
気付けばいつの間にか周りには御用提灯の灯りと複数の人の声がしていて、遠くから自分の名前を呼ぶ声が近付いてきた。
「おい、燈夜! 大丈夫か?」
駿平の声に呼びかけられ、体を起こされる。
「――うん、助けてもらったから」
そう言って振り返った時にはもう、美しい恩人は姿を消していて、自分を襲ったと思われる輩が捕縛され連行されていくところだった。
「本当に何やってんだよ。物ノ怪なんて信じてねぇけど、普通に夜盗とか追い剥ぎとかはいんだよ。バカが」
「ごめん……」
駿平の静止を聞かずに無謀にも危険に飛び込んだ形になった自分の間抜けぶりに燈夜はうなだれた。
「オラ、帰んぞ」
立ち上がった駿平と燈夜の周りを夜盗を縛り上げた役人と思しき連中が囲んだ。
「お前らにも来てもらおうか」
「あ? こっち被害者だぞ」
駿平の反論も無視して、助けてくれる側だとばかり思った連中は両腕を後に回してくる。
「話ならお奉行様に聞いてもらうんだな」
両手首に縄が食い込んだまま馬車の荷台のような所に放り込まれた。
これからどこに連れて行かれるのか、まず心配すべきそのことよりも、燈夜の意識は先ほど感じた鮮やかな風と美しい影にとらわれ、何度も反芻しては胸が高鳴るような苦しいような何とも言えない感覚に陥るのだった。
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