第6話 最後の国本

砦の最上階は狭く、数歩で端まで行けてしまう広さであった。


山の頂上にある砦からは闇夜の雲海と、ゾンビで溢れた地平線が見える。


「ルーク。楽しかったね」


私は夜風に吹かれながら、唯一輝くルークの瞳を見つめた。


「…」


いつものルークなら諦めるなとか、俺が守ると威勢良く言う所だが、さすがのルークも生き残れないと感じているのだろう。


「君を助けられなくてすまない…」


私は溢れて来た涙を堪えながら聞いた。


「ルーク。一つだけ聞かせて」


「ルークは今日が家で何をしていたの?」


ルークは怪訝な声で答える。


「現実の話か?それは君とゲームをしてたに決まってるだろう?」


私は続けて言った。


「あなたの本当の名前は?」


「どうした急に!国本一郎だよ、知っているだろ?」


「違うの」



「あなたのご両親は引っ越しをしたわ」


「国本一郎くんはもういないの」


「あなた、あなたは死んだの」


私は震える声を隠せない。



「あの日私に伝えたい事があるといって、国本くんは私を公園に呼び出したの」


《ルーク》は何も言えない。


「もうすぐ着くと連絡があったの」


「着いたら送るというメッセージが入力中のままになっていたの」


涙が溢れて来た。


「そのまま!そのまま!あなたは車に轢かれて死んだの!」



「お葬式の後、あなたのお母さんから携帯を預かったわ」


「わたし、国本くんが最後に送ろうとしたメッセージが知りたくて」


「携帯のパスワードを色々試したけど分からなかった」


《国本》は何も言えない。


「携帯のパスワードなんてゲームで使う訳じゃない」


「知らないあなたが答えられるとも思えない」


「でも、でもずっと一緒に居たあなたは!国本くんだった!」


「国本くんがいなくなっても、言葉も仕草も本当の国本くんがそこにいるようだった!」


「だからあなたなら、あなたならきっと…」



「本当に聞きたかったことを聞くね」


「あなたが使うパスワードを教えて」



……


………


《国本》はうつむいている。


「おねがい!国本くん消えないで」


《国本》の目に再び光が宿った。


「美佐、心配掛けてすまなかった。」


「く、国本くん…」


「いつかこんな日が来る事が分かっていた」


「でも聞いたら、答えたら、君が消えてしまう」


「この世界に君が来なくなったら自分が消えるより辛い」


「だから、意図的に答えないように、聞かれないようにしていた」


「でもそんなの俺らしく無いよな!」


「ごめんな、世界が終わるまで待たせてごめん」


「国本くん…」


「本当のパスワードは分からないが、俺ならこう付けるだろう」


《kunimotomisa》


「国本美佐。それって、国本くんと私の名前…」


ルークは苦笑をしながら答えた。

「人前では言わないが、あいつはこう言った言葉遊びが好きなんだよ」


私は机の引き出しにしまっていた携帯に、震える手で一文字ずつ、確実にパスワードを入力した。


美佐は最後の国本に合えただろうか。


それ以降、ルークの世界に美佐が戻って来る事は無かった。

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