子ぎつね印の鍛冶屋さん

すずしろ ホワイト ラーディッシュ

第1話 子ぎつね印の鍛冶屋さん

 パルミエの街の片隅に、可愛らしい子ぎつね印の看板を掲げた、小さな鍛冶屋さんがありました。


 子ぎつね印の鍛冶屋さんは、普通の鍛冶屋ではありません。メイド姿の職人さんが鍛えたオーダーメイドの製品は、不思議な魅力で依頼主を笑顔にさせるのです。


 この鍛冶屋さんは、小さな店舗と小さな鍛冶場、そして居住スペースをこじんまりとまとめた一軒家となっていて、鍛冶職人の少女が住んでいます。


「今日は、フライパンを作りたい気分だわ」

「メイは気まぐれだよね」


 小さな鍛冶場で、メイが おもむろに今日の仕事を決めると、子ぎつね姿のイナリがたわいのない言葉を返しました。


 メイは若き鍛冶職人で、子ぎつね印の鍛冶屋『きつねや』を営んでいます。ショートカットにした藍色の髪は快活なイメージがありますが、いつもメイド服を着ているので、よくメイドと間違えられています。


 イナリは、メイが付けている職人の腕輪に宿る精霊です。手のひらサイズの子ぎつね姿で、いつもメイの鍛冶仕事を手伝ってくれる良き相棒です。


「ふふっ、フライパンが私を呼んでいるのよ」


 メイは、にっこり笑顔でそう言うと、鍛冶場の材料置き場から、切り分けておいた鉄のインゴットを取り出して、金床と呼ばれる作業台の上へと置きました。


「さぁ、始めるわよ! イナリ、材料を温めてちょうだい」

「わかった」


 メイがハンマー片手にイナリへ指示を出すと、イナリはインゴットの上へと飛び乗って、くるりと一回りしてから、ひょいっと飛び降りました。


 すると、インゴットの中心から魔法陣が展開されて、インゴットがみるみる赤熱してゆきました。


「うん、いい感じに温まったよ」

「ようし、いくわよ!」


 イナリの言葉でメイは作業を開始します。火箸と呼ばれるマジックハンドのような鍛冶用魔道具を使って材料を抑え、ハンマーで叩いてゆきます。


 メイの着ているメイド服と革手袋は、イナリ特製の耐火素材で出来ていて、メイが火傷を負うことはありません。


「ふんふんふ~ん♪」

 ガン、ガン、ガン、ガン……。


 メイが鼻歌交じりに愛用ハンマーでガンガン叩いていると、インゴットが、みるみるうちにフライパンの形に変わってゆきました。


「ふぅ、こんなものかしら」

「メイ、少し腕を上げたかい?」


「あら、わかる?」

「もちろんだよ。メイの物作りをいつも間近でみているからね」


 フライパンが出来上がり、メイとイナリは涼し気な顔で会話を交わします。


 鍛冶場なのに火の気が無いのは、腕輪の精霊であるイナリが不思議な魔法で材料を加熱してくれるからです。なので余計な熱が発生しないため、ここの鍛冶場は意外と涼しい環境なのです。


「さて、品質はどうかしら」


 メイが右腕に嵌めた腕輪にそっと触れると、腕輪から魔力線が伸びて、目の前に画面が現れました。メイは慣れた手つきで画面を操作し、フライパンを登録しました。


「う~ん、まだ並品質だわ。結構腕が上がったと思ったんだけど、残念だわ」

「ふふっ、地道に腕を磨いていけば、そのうち高品質のフライパンを作れるようになるよ」


 メイは、腕輪から現れた画面に自分の作った製品を登録すると、その製品の品質を画面で見ることが出来るのです。いわゆる鑑定というやつですが、自分の作ったものしか登録出来ないので、それ以外のものは鑑定できません。


「包丁なら高品質が打てるのになぁ」

「メイは、刃物を作るのが得意だからね」


「ふふっ、フライパンは奥が深いわ」

「楽しそうだね」


「さぁて、もう1つ作ったら、出かけるわよ」

「いつものところだね」


 メイはフライパンをもう1つ作ると、腕輪の画面に登録して出かけました。




 メイとイナリが向かったのは、近場にあるダンジョンです。

 さっそく、ゴブリンが数体現れました。


「シャキーン! フライパン二刀流よ!」

「がんばれー」


「とぉー!!」

 ガン、ガン、ガン、ガン……。


 メイは、両手にフライパンを持ち、効果音を口にしながら構えると、イナリの応援の中、あっという間にゴブリン共をフライパンで撲殺してしまいました。


「やっぱり、フライパンは奥が深いわ」

「どうしたの?急に」


 手にしたフライパンをじっと眺め、真剣な顔で呟くメイに、イナリが首を傾げて問いました。


「今更ながら、フライパンは魔物を撲殺するのに丁度いいって気付いたの。場合によっては盾にもなるのよ。すごいわね」


 新たな気付きを拳を握って力説するメイの様子を、いつものことだと微笑ましく見守るイナリなのでした。

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