第6話
昼休みのチャイムが鳴った。俺は唯のいる席に目をやると進が食べに行こうかと話しかけていた。浮かない顔で唯は視線をこちらに向けて来る。気づかれる前に正面を向き直り、購買に向かった。
昼休みの購買は学生で混雑していた。
「おばさん、これとこれもらうね」
俺はサンドイッチと焼きそばパンとコーヒー牛乳をふたつとってお金を置いた。
「いつもありがとね。今日は珍しいね、ふたつかい。優奈ちゃんと仲直りしたのかな」
俺はなにも言ってもいないのだが、優奈が気軽に返事をするから筒抜けである。
「ありがとうな、おばちゃん」
俺はそれだけ言うと逃げ出した。
「寒いわ、これは」
屋上のドアを少し開けると冷気が入ってきて、思わず身体が縮こまる。ちょうど真っ直ぐ先のベンチに優奈の姿が見えたので、扉を開いた。
「こっちこっち」
嬉しそうに優奈が手を振る。久しぶりに喋れて俺もテンションが上がる。唯も可愛いがやはり俺は幼馴染が好きだ。
「ほら、サンドイッチとコーヒー。どうせお前のことだから購買で買えねえと思ってな」
俺は手に下げた袋からサンドイッチとコーヒーを取り出して優奈に渡した。
「いつも、ありがと」
美味しそうにサンドイッチを食べる姿を見て、ふと気になった。
「お前、最近どうやって食べてたんだ」
「うーん、そだねえ」
優奈は空を見上げて、太陽に手を向けた。
「綺麗だねえ、青空。こうして空見てると悩み事なんて些細な事に思えてしまうわ」
「お前ごまかすなよ。どうせ飯抜いたんだろ」
「仕方がないじゃない。命綱の裕二と喧嘩したんだからさ」
「こんなことくらいしてやるから、俺を頼れよ」
「わかったよ。ありがとね」
嬉しそうに微笑んだ。カラオケの一件以来初めての笑顔だった。
「そういやさ、今日の用事ってなに?」
「あー、そうだった。実はね」
優奈は言いにくそうな表情をした。怒られた時のバツが悪そうな表情に似ていた。
「裕二に隠してたことがあるの」
屋上に呼んで話すのだから、重要な話なんだろうと思った。
「怒らない?」
「話を聞くまでわからないよ」
目の前の優奈は長いため息をついた。明らかに視線が泳いでいるのが見てとれた。
「本当はね。こんな事になるとは思わなかったんだよ。ごめんなさい」
思い切り頭を下げられる。
「結論から言われても意味がわからないだろ。順序だてて話して」
「唯から冬休み前にわたしたちふたりのグループラインに裕二を入れてくれと言われた。だから入れたって嘘をついたのね」
初めて聞いた話だった。それは流石にないだろう。
「最初は、大した話はなかった。ただ、裕二くんはどう、ってよく言ってたかな。あの娘機械音痴だからね。気づかなかったみたい」
唯は連絡先を聞かなかったのじゃなかった。もう連絡しているつもりだったのだ。
「昨日ね。グループラインに唯から連絡が来たんだよ。そこに書かれたことをどうにかして伝えないといけないと思ったのよ」
本当に申し訳なさそうにグループLINEを見せてきた。そこに書かれていたことは俺が知りたかった唯の本音だった。
(裕二くん、あまりなにも応えてくれないけれど、私の気持ち言うね。わたしね、裕二くんのことが誰よりも好き。喫茶店ではごめんね、後で冷静になって何も伝わってないと気づいたの。最後にわたしの気持ち伝えられて良かった。もし止めてくれるのならば、LINEしてね。わたし待ってるから)
これは流石に隠したらだめだろう。でも、隠していた事に理由があるはずだ、と思った。
「なぜ、優奈はこれを隠してたの」
「隠してたんじゃないよ」
「でも、本来ならLINEグループに入れないといけなかったよね。なんで、そうしなかったの」
優奈は、こっちを向いた。
「腹が立ってたのよ。あんな無茶苦茶な要求して、大和くんまで巻き込んで。本当、自分勝手で周りも見てなかったのが」
「唯ちゃん可愛かったからつい。それはごめん」
「もういいの。わたしも今は怒ってない。だからね。これは裕二が送ってあげて。間に合うかわからないけど……」
遠い空を見た。潤んだ瞳に滴が見えた。
「泣いてるの?」
「違う、違う、これは目にゴミが入っただけ」
慌てて優奈は右手で涙を拭った。
「それより、ね。進の悪い噂は裕二も知ってると思う。守れるのは裕二だけなんだよ」
俺は視線を空高く見上げた。この話がもう少し前だったら変わってたかもな。でもいまは……。ジンジンとした胸の痛みはまだあるが、先程ほどではなかった。
「優奈、ごめんよ。俺より大和が止めるべきだと思うんだ。俺にはそれに応えられる権利がない。だから、大和に譲る。今日の放課後大和とホテルの前で待ち伏せをする事にした。あいつ絶対来ると言ってたんだ。ホテルに入る前に大和に止めさせる」
目の前の優奈は驚いた表情で見ていた。
「だってさ、俺お前のこと好きだからさ」
長年言えなかったことが言えた。あまりにもあっけなかった。
「なにを言ってるの、私たち腐れ縁なだけで、好きとかないよ。あなたも勘違いしてるわ。会わなくなってせいせいしてるんだからね」
表情と言ってることが全く合ってなかった。
「まあ、いいや。それもあなたの人生か。でも、このままだとわたしのせいで付き合わなかった事になりそうだから、ちょっと貸してグループラインだけでも登録するからね」
目の前の優奈は、スマホを触りながら登録を進めた。暫くして、これでいいよ、と返してきた。
「わたしは裕二のこと何とも思ってないから。じゃあね」
泣きそうな顔で微笑んで、去って行く。校舎に入る瞬間、優奈は真剣な表情でもう一度こちらを向いた。
「さよなら、幸せにね」
何のことだったのだろう。
俺は結局、唯を大和に取られ、優奈への告白も失敗してしまうわけか。それでも、今日は大和のために放課後、ホテルに行こうと決心した。
「親友だしな」
優奈がいなくなった屋上は寒いだけの場所でしかなかった。慌てて俺も扉を開けて教室に駆け込んだ。
――――
何を言いたかったのでしょう。
裕二くんは安定の裕二くんですが、変わるのでしょうか。
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