第7話

「大和、大丈夫か」

 俺は目立たない木陰に隠れて、遠目にホテルをみた。今風のオシャレなデザインで白い壁に焦茶色と白のタイル、浮き出たようなステンレス製のホテル名。パッと見ただけならホテルとは気づかない。


 目の前の大和は、ふたりが来るのを待ち構えていた。今日は大和が主役で、俺は影から見守る役だ。放課後、学校から20分の距離にあるホテル。学校が終わると俺たちは走ってここまでやってきた。


 見逃すわけにはいかない。俺は固唾を飲んで見守る。優奈に振られ、唯も大和のものに……。


「堪んねえな」

 身体は正直なもので、優奈に振られてから胸の疼きが今までにないほど痛かった。


「人間の生存本能かなあ」

 時計の針に目を落とす。学校が終わって30分、そろそろ来てもおかしくない時間だ。唯が拒んでいるのであれば、もう少し遅くなるのかな。


「大和、誰も来ないか?」

 俺は視線の先の大和に携帯で連絡を取る。別にラインでも構わないのだが、暇なのだ。


「まだ、誰も来てない。でもさ、あまりホテル前にいるのも落ち着かないよ」

 それはそうだな。通り過ぎる人たちが大和の姿を不思議そうに見て行く。学生服だから余計に目立った。


「あっ、来たよ。早川さんが歩いて来る」

 俺の緊張が一気に高まる。やはり、落ちたのか。唯ならば拒むという期待は脆くも崩れ去った。


「で、どうだ。進はいるのか」

「それがさ、早川さんしかいない」

 なんだよそれは。俺は意味がわからなかった。確認しようと慌てて道に出た。俺に気づいた唯はこちらに向かって走ってきた。


「お待たせ」

 お昼までの憂鬱そうな表情が消え、今は笑顔だった。


「えと、なんの話? お待たせって、なんの話?」

「えー、裕二そんなこと言う?」

 唇を窄めて不満そうな表情をした。俺は全く意味がわからない。


「早川さん、こんにちは。カラオケボックスぶりだね」

「あぁ、南くん、お久しぶり。今日はどうしたのふたりで?」

「あっ、いやこれはなんでもないんだ」

 進とホテルに入るのを止めようと待っていたなんて言えるわけもなかった。何が起こってるんだ。


「で、どうしようか。わたしはあの日の続きをしてもいいよ」

「あの日の続きと言いますと」

「えー、それ女のわたしに言わせます?」

 目の前の唯は俺の目の前で恥ずかしそうに赤らめた。というか近い、近すぎる。


「俺、なんか唯にしたっけ……」

「だから、なぜそんなに冷たいんですか」

 冷たいと言われて慌てて取りつくろう。悲しい男のさがだ。


「いや、そんなことないんだけれど……」

 何が起こっているのかは分からないが、とりあえず否定をする。


「俺、お邪魔かな」

 目の前の大和が俺を睨みながらも、唯には笑顔で聞いた。


「ごめん。今日は裕二に用があるから。本当にごめんね」

「大丈夫、大丈夫」

 大和はホテルから離れていった。心なしか足取りがおぼつかないような。数分後、ラインの着信音が鳴る。


(俺はお前を許さないからな)

 一言だけ物騒なラインが入っていた。待ってくれよ、今の状況を飲み込めてないのは俺なんだよ、と叫びたい気分だった。


「で、どうします? わたしはあの日の続きしてもいいですよ」

 上目遣いで視線を向けて来る。シャンプーの匂いと女性独特の匂いが混ざった香りがして、不覚にもうずくまる。心より身体が正直だ。


「どうしたの?」

「あっ、分からなくていいから」

 刺激的な台詞を聞いたから、身体が反応したなんて言えるわけもなく。俺は話を整理したかったので。


「とりあえず、この前のファミレス行こうか」

 苦笑いしながら、なんとかこの台詞を伝えた。



「いらっしゃいませ。お二人様でよろしくでしょうか」

 俺と唯は窓際の席に案内された。浮かない表情だった昨日とは異なり、凄く元気だった。


「今日もドリンクバーでいいかな」

「うん、いいよ、わたしとって来るね。何飲むかな」

 俺はコーヒーと伝えた。なんなんだ、これは……。


 戻ってきた唯は嬉しそうに両手で、俺のコーヒーを差し出した。これでは彼女じゃないか。


 唯の携帯から着信音が鳴る。


「あー、ラインで送ったのに……」

 通話終了ボタンを押した。


「えーと、今のは進?」

「そう、本当に最低だったよ。肩をすぐに抱いて来るわ、いやらしいこと言って来るわ。ホテルには……、あっ、ごめんね。こんな話聞きたくないよね」

 目の前の唯は、慌てた表情で手を左右に振って、言ったことを取り消そうとする。


「いいよいいよ。で、別れたんだ」

 今の一連の流れを見て、唯は別れる決心をした事にホッと胸を撫で下ろす。良かった、間に合ってたんだ。その後の唯の言葉に耳を疑った。


「何を言ってるんですか。止めてくれたの裕二だよね」

 何を言ってるのか、全くわからない。そう言えば突然、彼氏に対する対応に変わったよな。俺の視線を気にしていたけれど今日一日唯から話かけられることはなかった。それが……。


「俺が止めた、何を……」

「もう、やめてくださいよ。ほら、これ裕二だよね」


 唯は自分のスマホの内容を俺に見せた。そう言えばグループラインに登録してくれてたんだ、と思った。その内容に目を疑った。


(唯ちゃん、ごめん。間に合うか分からないけど。俺も好き。今日、この前行ったホテルの前に俺いるから放課後来てくれないかな)


 時間は優奈と会ったちょうど2時間後になっていた。


「わたし、進にホテルに誘われてて、絶対行きたくなかったんだけど。裕二に裸見せたなら彼氏の俺にも見せろって半ば脅迫気味に言われててね。振られたしどうでもいいかな、って思ってた時にこれが届いたの。本当に嬉しかった。わたしの心届いたって本気で、本気で嬉しかった」


 嬉しそうに涙をハンカチで拭いながら話す唯。昼休み、優奈の最後に言った台詞が頭に浮かんだ。


「さよなら、幸せにね」


 まぢかよー、俺は頭を抱えた。犯人を間違えるわけがなかった。時間指定ラインかよ。おまえ、涙流してただろ、それでいいのかよ。



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