8話 義史の相談事<4>

「俺はつーちゃんから聞いて、すぐに一之瀬いちのせさんに会おうと思ったんや。あれこれ悩んでいるより、本人に直接聞いてみたほうがエエやろ思うてな。それでつーちゃんに連絡を取ってもらったんや」

 連絡をとってすぐには会えないとのことで、二週間後に三人は義史よしふみの家で会うことになっていたが、当日の朝に電話があり一之瀬いちのせがどうしても来られないということで、急遽 義史よしふみ達が一之瀬いちのせの家を尋ねることになる。

「真面目にびっくりした。つーちゃんに聞いてはおったけど、写真で見せてもらった人と同一人物とは到底思えんかった。痩せこけてて、青白くて、幽霊言われても納得できるくらいやった」

「その時は私と会ったときよりひどくなっていて、ほんの数週間なのに、一体どうしたらこんなことになるのかと、驚きもそうですが、恐くもありました」 

 一之瀬いちのせ義史よしふみの家に来ることが出来なかったのは、それだけの体力がなかったからだった。

 仕事も少し前から休んでいるらしく、外出もしていないから家にはろくな食べ物がない。

「それからは、つーちゃんはほぼ毎日、俺は時々、様子を見に行くことになったんや」

「はじめのころは何も食べたくないだとか、必要ないっていうんですけど、絶対そんな事無いのは見れば分かりますし、無理やり食べさせてました。でも吐いてしまうので、ともかく重湯を少しずつ、大丈夫そうになってきたら徐々におかゆをと、時間をかけてようやく少し食事ができるようになってきたんです。ただ……」

 椿つばきが思い詰めたように瞳を伏せて、大きなため息をついた。

「歌が……」

「歌? さっき聞いたやつか」

「えぇ、必ず夕方頃に聞こえてくるんですよ。そして、それを聞くと美佳みかが異常なほど怯えるんです。だから日が翔り始めると美佳みかには耳栓をしていました。私もそれが一体何処から聴こえてくるのかと、不思議に思って窓から見てみたりするんですけど、誰かがいるわけでもないですし、外からは聞こえてきてない気がして。はっきり言って怖かったです。何処ともなく聞こえてくる歌なんて気持ち悪いでしょ?」

「そうやって大体三ヶ月位してちょっとではあるけど食べるようになったし、このままやっていったらエエ感じになるかもしれん思ってた時、あいつが来たんや」

「あいつ?」

「その日はつーちゃんに任せて、俺は買い出しに出ようと玄関を開けようしたんや。そしたら勝手に鍵が回って開いてな。驚いてたら例の彼氏とかいう男が入ってきたんや」

 男は清水真一しみずしんいちと言い、義史よしふみ真一しんいちを家に入れること無く、そのまま外に連れ出す。

「その時は彼氏やってわからんかったんやけど、勝手に人の家入ってくるとかありえんやろ? そやから連れ出してどういうことや問い詰めたら、彼氏が家に来たらアカンのか言いよってん。んで、また部屋行こうとしたから、すぐに止めた。何ていうか、会わせたらアカンような気がして。何より心配している様子もなかったんが男としてどうなんやと思ったんや」

 義史よしふみはアパートの階段下まで真一しんいちを連れ出し、そこでどういうことだと詰問した。

 彼女の家に毎日来ていたのか、あんな状態の彼女を見てなんとも思わないのか、医者の卵だと聞いているがおかしいと思うのが普通だろう、とにかく怒りに似た感情を持っていた義史よしふみ真一しんいちに休み無く言葉を浴びせる。

 しかし、真一は申し訳無さそうにするわけでも、逆ギレするわけでもなく、ただ、何が悪いのかわからないといったふうな表情を浮かべた。

 何を言われようと、何ともない表情を浮かべている真一しんいちに、義史よしふみは背筋が凍るような、そんな気持ちになった。

「ホンマ、真面目に怖かったわ。何も考えてへん感じがして、ゾッとしたで」

 義史よしふみが眉間に皺を寄せて、真一しんいちを見ろしていれば、真一しんいちは大きなため息をついた。

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