6話 義史の相談事<2>

「はじめは大丈夫しか言ってくれなかったんですが、何度も聞くうちにぽろりと実はねって話始めて」

 一之瀬いちのせは最近、今まで住んでいたワンルームのアパートから、より職場に近く、広さもある二階建てのアパート「コーポモントゥ」の一室へ引っ越した。

 家賃は少し上がってしまうが、想定内であった上、部屋が一つ増えて、何より通勤時間が短縮できるのでいい物件に出会えたと思っていたという。

 ところが、住み始めて一ヶ月を過ぎた頃から家鳴りがするようになった。

 一之瀬いちのせはもともと実家が田舎であり、家鳴りは経験したことがある。気温差やいろんな要因でミシッと家が鳴るわけで、いまさらお化けだなどと怖がる年齢でもないし、それ自体に怯えるとかはなかった。

 ただ、そのうち天井裏までがうるさくなってきたという。

「アパート自体は下四部屋と上四部屋の八部屋で、美佳みかは二階への階段を上がってすぐ、向かって右から二番目の場所で。だから頻繁な家鳴りも、もしかしたら階段が近いからかもとか、天井も猫とかそういう小動物が屋根を走っているのかなって思ったって」

「あぁ、確かにそういうことは田舎ならありえるけどな」

 実際、唐十郎とうじゅうろうが住んでいるような田舎では、屋根裏にイタチのような小動物がやってきてバタバタと走り回ることは有るし、鳥が入ってくればコツコツという歩く音がする。

 一之瀬いちのせもはじめの頃はそういうこともあるだろうと、少し気にはなったものの特別調べるとか、管理会社に連絡するとかはしなかった。

「はじめこそ気にならなかったらしいんですけど、私に会った頃にはとても気になるんだと言ってたんです。天井や家鳴りが聞こえるのがどうも同じような時間帯で気になって仕方がないと。しかもその時間帯が夜寝る頃だから、寝不足にもなっているんだって言ってたんです。それに、最近では歌が聞こえてくるとも言ってて」

「歌?」

「えぇ、夕方頃に仕事が早く終わって帰ってくると、何処からともなく歌が聴こえてくるんだと。話をしている時もとても辛そうに見えたので、寝れないのは疲労が取れないし大変だから、ちゃんと管理会社に連絡するとかしたほうが良いよと、アドバイスして、美佳みかもわかったそうするって言って別れたんです」

 実際、一之瀬いちのせが管理会社に連絡を取ったかどうかはわからないという。

 そして、その一ヶ月後に一之瀬いちのせの方から椿つばきに連絡が入り、カフェで待ち合わせして会うことになった。

「様子は相変わらずで、でもまだ元気が残っているような感じがしました。私はてっきりこの前の話の続きかと思ったんですけど、全然違って、恋人ができたという話題だったんです」

 一之瀬いちのせは社交性があったこともあり、男女ともに交友関係は広かったが、特定の誰かと付き合うということは無く、いわゆる友達以上恋人未満な状態がほとんどだった。

 そんな彼女に恋人ができたという報告を受け、椿つばきは家鳴りのことなどすっかり頭から抜け落ちて、恋人の話題で盛り上がってしまう。

「年下で今は研修している最中だけど、そのうち実家の医院を継ぐんだと、医者の卵だと言ってました。写真も見せてもらって、身長も高く、俳優のようにイケメンで、話を聞く限り優しい人のような印象で、非の打ち所のない人物のようでした。とにかく美佳みかが楽しそうに幸せだと言うので、良かったねと盛り上がったんです。笑顔で元気そうに振る舞っていたのもあって、その時は体調について聞くことはなかったんですけど、今思うとやっぱりその時も疲れている風だったような気がするし、もっと体調のことを聞いていればと」

 少し伏せ目がちに言う椿つばきは、その時ちゃんと注意して見てあげて、体調のことなどを聞かなかったことを後悔しているといった。

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